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◇
――さらに次の日の早朝。
朝食作りのために厨房へやってきた春鈴は、いつもの賑わいとは違うざわめきを感じ取っていた。
「おはよー。 なんかあった?」
厨房の前の廊下で中の様子をうかがっている、すっかり顔見知りとなった龍族に話しかける。
厨房に出入りし始めてからずっと、簡単な料理のやり方などを龍族たちに教えていた春鈴は、すっかりここの一員扱いを受けていた。
「はよっすー。 なんか今日分の食材が全然届いてねーんだと」
「……え、大問題じゃない?」
「いま、料理長や配達係の責任者がどうにか食材を確保できねぇか、手あたり次第に連絡とってる」
そんな話をしていると、厨房の中から一人の龍人が出てきた。
手を上げ挨拶をしながら春鈴たちのほうへやってくる。
「おはようさん」
「おう。 どんな感じだ?」
「返事待ちだが……――うちだって特別なことがない限り、余分な食材なんて注文しねぇ……ましてや緑春祭が近いこの時期は、どこも余裕はねぇよ……」
「……つまり?」
「……俺ら、朝飯抜きかもなぁ……」
「うわぁ……」
「え、でもちょっとくらい……小麦粉や乾麺だって少しは残ってるし……量は少なくなるかもだけど……」
ご飯抜き、という単語に、春鈴は眉を寄せながら言い募る。
不慮の事故があったとはいえ、朝食を用意しておいて、それを食べられないのはイヤだった。
「そうは言っても蒼嵐様にはちゃんと食ってもらいてぇだろ?」
「まぁ……?」
(ここは蒼嵐の離宮――つまりはここで一番偉いのは蒼嵐……さすがにひもじい思いはさせたくないよねぇ……?)
「それに次に優先すんのは護衛職や役人だ。 ここがつぶれると蒼嵐様に迷惑がかかる」
「あー……」
(うすうすそんな気がしてたけど……ココの人たち蒼嵐に対して過保護過ぎない……? なに、みんなの弟的存在なの⁇)
そこまで考えた春鈴は、ようやく牙爪市場のことを思い出した。
「――あ」
「……どうした?」
「あのさ? この山の麓の村で観光客目当てに市が開かれてるの。 すっごく大きな市で、食べ物も材料から料理までそりゃたくさん売ってるんだけど……」
「食材……」
「料理……」
春鈴の話に、龍族たちは顔を見合わせる。
「そこで買ってきて問題ないなら、まだ朝ごはん間に合うよね?」
(……最悪、私たちのご飯だけでも買ってこよう? ご飯は作るけど食べられないとか簡単な拷問だって!)
「ちょ、ちょっと待っとけ……!」
「今聞いてくる‼︎」
そう言いながら、料理長の名前を呼びながら厨房の中に駆け込んでいく2人。
(――なんとしてもそれで良いって言わせて! 私だってひもじいのはイヤ‼︎)
「……それで今朝の朝食はこうなったわけか」
離宮の庭園に並ぶ、沢山の料理が並んだテーブルと料理人たち。
そしてそこに一列に並び料理を受け取っている、ここで働く龍族たち。
事情を聴いた蒼嵐はそんな光景を眺めながら呟いた。
買い出しに行き、朝食を作る材料はなんとか目途がたったのだが、それに時間を使ってしまったため、いつものように食堂で注文を受けていたのでは、皆の職務にさわりが出る時間となってしまったのだ。
そこで春鈴のアイデアで、比較的簡単に出来る料理を大鍋で作り、注文を受ける手間も省き、作ったそばから配っていく形式に変えたのだ。
場所が庭になったのは、現在進行形で届き続ける食材たちをすぐに受け取り調理できるように。
そして食事を待っている龍族たちをきちんと並ばせておくための場所が必要だったのだ。
――本来ならば、蒼嵐たちの分だけは部屋に運ぶことになっていたのだが、庭園でワイワイと並んだり食べたりしている者たちに、蒼嵐が気が付き事情をたずね、そう言う事情ならば……とみなと同じように庭園で食べることに決めたから、だった。
浩宇などはもうすでになじんでいて、瞳を輝かせながら楽しそうに庭園の様子を眺めていた。
「お粥と饂飩のおかわりは自由でーす! 茶卵と揚げパンは五個まで! おかずのお代わりはありませーん」
列をさばきながら、大きな声で説明していく春鈴。
心なしかやけに生き生きとして見えるのは、商売人の血が疼いているからなのかもしれない。
「――こんな朝食も楽しいですけど……――まずいっすねぇ?」
「明らかに狙われています……」
「狙いは俺かそれとも……」
蒼嵐たちが顔を突き合わせ、龍族にも聞き取れないほどの小声でささやき合っていると、背中から何者かに話しかけられた。
「それに答えを出すことに何の意味がある?」
「っ! 橙実様!」
浩宇は文字通り飛び上がるほど驚き、優炎は反射的に蒼嵐を後ろ手に庇っていた。
「――本日は朝食もですか?」
蒼嵐はすました顔で優炎を退けると、橙実に向かい軽く頭を下げた。
それに習うように優炎と浩宇は、バツが悪そうに頭をかきながら橙実に向かって頭を下げた。
「ほっほ、ずいぶんと賑やかな……と来てみれば、なんとも楽しそうにみなが集まっているでなぁ。 それに――春鈴の茶卵を食べる機会は逃せまいて」
そう胸を張る橙実だったが、その言葉とは裏腹に、全ての料理を食べ尽くすまでこの庭園から出る予定は無かった。
春鈴が手を貸していない料理も多かったのだが、蒼嵐の離宮の料理人たちの料理は人間仕込みであり、大変に美味であるという噂が実しやかにささやかれていた。
――それはあながち間違いではなく、料理人たちは春鈴に教わった簡単な料理を作れるようになっており、毎回のように助言しながら共に料理をしていたので、難しくともめんどうくさくとも省いてはいけない工程を、きちんと把握していた。
そのため龍族の中でも指折りの料理人たちになっていたのだった。
橙実は長いひげを撫で付けながら、クルクルとよく動きまわる春鈴に目を向ける。
「――狙いがそなたであった場合、春鈴は狙い目じゃろう? 大切に大切にしている稀布の織り手。 部屋まで与えて保護している。 ……では春鈴が狙いならばどうだ? 一番の邪魔者はそなたよな、何せ最大の後ろ盾じゃ」
「――答えを出すことに意味は意味などない……」
橙実の言葉を蒼嵐は重々しく繰り返した。
「さっきからそう言うとるじゃろ――しかし食材が届かんのは問題じゃな……わしの食いぶちが無くなってしまう」
「……これまでも自由にお食事なさっていたように見えましたが……?」
蒼嵐は目を細めながらチクリと刺すように言葉をかけた。
「固いことを言うでないわ。 ――食料の確保と管理は私に任せてそなたは自分の周りを固めるが良いわ」
「――お気遣い感謝いたします……」
その気持ちを伝えるためにゆっくりと頭を下げる蒼嵐。
相手の姿が見えてこない今回の騒動、すでに当主を退いているとはいえ、王族ともつながりのある、名門、朱家の前当主が力をかしてくれるというのは、素直にありがたかった。
「気にするでない。 ――これでわしも大手振って飯が食えると言うものよ! うちの者の分の土産も頼まなくてはな!」
そう大きな声で言い放ちながら、カラカラと楽しそうな笑い声をあげた。
「――実は橙実様の自作自演だったりして……」
その姿を見ていた浩宇は、ニヤリと笑いながら優炎に囁きかけた。
「――何か、言ったかの……?」
その言葉に耳ざとく反応した橙実は、瞬きをするよりも素早く動き、浩宇の顔先でニコリと微笑んでいた。
「っ⁉︎ いいえ何もっ⁉︎」
ブワリと鱗を逆立てた浩宇は、橙実から発せられるご老体とは思えない威圧に、直立不動で答えることしかできなかった。
そんな浩宇を見て、苦笑いで肩をすくめている蒼嵐と、呆れた様子で首を振っている優炎。
――トラブルに見舞われながらも、それなりに愉快な朝食になったようだったーー
――さらに次の日の早朝。
朝食作りのために厨房へやってきた春鈴は、いつもの賑わいとは違うざわめきを感じ取っていた。
「おはよー。 なんかあった?」
厨房の前の廊下で中の様子をうかがっている、すっかり顔見知りとなった龍族に話しかける。
厨房に出入りし始めてからずっと、簡単な料理のやり方などを龍族たちに教えていた春鈴は、すっかりここの一員扱いを受けていた。
「はよっすー。 なんか今日分の食材が全然届いてねーんだと」
「……え、大問題じゃない?」
「いま、料理長や配達係の責任者がどうにか食材を確保できねぇか、手あたり次第に連絡とってる」
そんな話をしていると、厨房の中から一人の龍人が出てきた。
手を上げ挨拶をしながら春鈴たちのほうへやってくる。
「おはようさん」
「おう。 どんな感じだ?」
「返事待ちだが……――うちだって特別なことがない限り、余分な食材なんて注文しねぇ……ましてや緑春祭が近いこの時期は、どこも余裕はねぇよ……」
「……つまり?」
「……俺ら、朝飯抜きかもなぁ……」
「うわぁ……」
「え、でもちょっとくらい……小麦粉や乾麺だって少しは残ってるし……量は少なくなるかもだけど……」
ご飯抜き、という単語に、春鈴は眉を寄せながら言い募る。
不慮の事故があったとはいえ、朝食を用意しておいて、それを食べられないのはイヤだった。
「そうは言っても蒼嵐様にはちゃんと食ってもらいてぇだろ?」
「まぁ……?」
(ここは蒼嵐の離宮――つまりはここで一番偉いのは蒼嵐……さすがにひもじい思いはさせたくないよねぇ……?)
「それに次に優先すんのは護衛職や役人だ。 ここがつぶれると蒼嵐様に迷惑がかかる」
「あー……」
(うすうすそんな気がしてたけど……ココの人たち蒼嵐に対して過保護過ぎない……? なに、みんなの弟的存在なの⁇)
そこまで考えた春鈴は、ようやく牙爪市場のことを思い出した。
「――あ」
「……どうした?」
「あのさ? この山の麓の村で観光客目当てに市が開かれてるの。 すっごく大きな市で、食べ物も材料から料理までそりゃたくさん売ってるんだけど……」
「食材……」
「料理……」
春鈴の話に、龍族たちは顔を見合わせる。
「そこで買ってきて問題ないなら、まだ朝ごはん間に合うよね?」
(……最悪、私たちのご飯だけでも買ってこよう? ご飯は作るけど食べられないとか簡単な拷問だって!)
「ちょ、ちょっと待っとけ……!」
「今聞いてくる‼︎」
そう言いながら、料理長の名前を呼びながら厨房の中に駆け込んでいく2人。
(――なんとしてもそれで良いって言わせて! 私だってひもじいのはイヤ‼︎)
「……それで今朝の朝食はこうなったわけか」
離宮の庭園に並ぶ、沢山の料理が並んだテーブルと料理人たち。
そしてそこに一列に並び料理を受け取っている、ここで働く龍族たち。
事情を聴いた蒼嵐はそんな光景を眺めながら呟いた。
買い出しに行き、朝食を作る材料はなんとか目途がたったのだが、それに時間を使ってしまったため、いつものように食堂で注文を受けていたのでは、皆の職務にさわりが出る時間となってしまったのだ。
そこで春鈴のアイデアで、比較的簡単に出来る料理を大鍋で作り、注文を受ける手間も省き、作ったそばから配っていく形式に変えたのだ。
場所が庭になったのは、現在進行形で届き続ける食材たちをすぐに受け取り調理できるように。
そして食事を待っている龍族たちをきちんと並ばせておくための場所が必要だったのだ。
――本来ならば、蒼嵐たちの分だけは部屋に運ぶことになっていたのだが、庭園でワイワイと並んだり食べたりしている者たちに、蒼嵐が気が付き事情をたずね、そう言う事情ならば……とみなと同じように庭園で食べることに決めたから、だった。
浩宇などはもうすでになじんでいて、瞳を輝かせながら楽しそうに庭園の様子を眺めていた。
「お粥と饂飩のおかわりは自由でーす! 茶卵と揚げパンは五個まで! おかずのお代わりはありませーん」
列をさばきながら、大きな声で説明していく春鈴。
心なしかやけに生き生きとして見えるのは、商売人の血が疼いているからなのかもしれない。
「――こんな朝食も楽しいですけど……――まずいっすねぇ?」
「明らかに狙われています……」
「狙いは俺かそれとも……」
蒼嵐たちが顔を突き合わせ、龍族にも聞き取れないほどの小声でささやき合っていると、背中から何者かに話しかけられた。
「それに答えを出すことに何の意味がある?」
「っ! 橙実様!」
浩宇は文字通り飛び上がるほど驚き、優炎は反射的に蒼嵐を後ろ手に庇っていた。
「――本日は朝食もですか?」
蒼嵐はすました顔で優炎を退けると、橙実に向かい軽く頭を下げた。
それに習うように優炎と浩宇は、バツが悪そうに頭をかきながら橙実に向かって頭を下げた。
「ほっほ、ずいぶんと賑やかな……と来てみれば、なんとも楽しそうにみなが集まっているでなぁ。 それに――春鈴の茶卵を食べる機会は逃せまいて」
そう胸を張る橙実だったが、その言葉とは裏腹に、全ての料理を食べ尽くすまでこの庭園から出る予定は無かった。
春鈴が手を貸していない料理も多かったのだが、蒼嵐の離宮の料理人たちの料理は人間仕込みであり、大変に美味であるという噂が実しやかにささやかれていた。
――それはあながち間違いではなく、料理人たちは春鈴に教わった簡単な料理を作れるようになっており、毎回のように助言しながら共に料理をしていたので、難しくともめんどうくさくとも省いてはいけない工程を、きちんと把握していた。
そのため龍族の中でも指折りの料理人たちになっていたのだった。
橙実は長いひげを撫で付けながら、クルクルとよく動きまわる春鈴に目を向ける。
「――狙いがそなたであった場合、春鈴は狙い目じゃろう? 大切に大切にしている稀布の織り手。 部屋まで与えて保護している。 ……では春鈴が狙いならばどうだ? 一番の邪魔者はそなたよな、何せ最大の後ろ盾じゃ」
「――答えを出すことに意味は意味などない……」
橙実の言葉を蒼嵐は重々しく繰り返した。
「さっきからそう言うとるじゃろ――しかし食材が届かんのは問題じゃな……わしの食いぶちが無くなってしまう」
「……これまでも自由にお食事なさっていたように見えましたが……?」
蒼嵐は目を細めながらチクリと刺すように言葉をかけた。
「固いことを言うでないわ。 ――食料の確保と管理は私に任せてそなたは自分の周りを固めるが良いわ」
「――お気遣い感謝いたします……」
その気持ちを伝えるためにゆっくりと頭を下げる蒼嵐。
相手の姿が見えてこない今回の騒動、すでに当主を退いているとはいえ、王族ともつながりのある、名門、朱家の前当主が力をかしてくれるというのは、素直にありがたかった。
「気にするでない。 ――これでわしも大手振って飯が食えると言うものよ! うちの者の分の土産も頼まなくてはな!」
そう大きな声で言い放ちながら、カラカラと楽しそうな笑い声をあげた。
「――実は橙実様の自作自演だったりして……」
その姿を見ていた浩宇は、ニヤリと笑いながら優炎に囁きかけた。
「――何か、言ったかの……?」
その言葉に耳ざとく反応した橙実は、瞬きをするよりも素早く動き、浩宇の顔先でニコリと微笑んでいた。
「っ⁉︎ いいえ何もっ⁉︎」
ブワリと鱗を逆立てた浩宇は、橙実から発せられるご老体とは思えない威圧に、直立不動で答えることしかできなかった。
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