【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

文字の大きさ
51 / 55

51

しおりを挟む

 
「春鈴! 朝だよっ! 水を貯めといとくれ」
「うぃ……」
 龍の里から戻った翌日。
 それまでとなにも変わらないように、美羽蘭の声で起きた春鈴はそのままノソノソときがあって、目をしぱしぱさせながら着替えると土間の方へとフラフラ蛇行しながら歩いていく。
「んー……眠い……」
「――ちゃんと目を開けて歩け?」
 ほとんど目を開けずにふらふらと歩いていく春鈴に、長椅子で寛いでいた蒼嵐が呆れたように声をかけた。
「んー……」
「ああ、春鈴起きたんだね? おはよう、水は私が入れておくから顔洗っておいで」
 土間から庭に続く入り口からひょっこりと顔をのぞかせた紫釉が春鈴に優しく声をかける。
 顔を泥で汚しながらカゴいっぱいの野菜を抱え、その周りに花すら舞っていそうなほど上機嫌な様子だ。
「むぅ……」
 春鈴はこくりと頷くと、再び居間を通って洗面所へとフラフラ歩いて行く。
「――ありゃ、まだ寝ぼけてますねー……」
 浩宇も自分の長椅子に座りながら呆れたように言うと、
「髪が気の毒なことに……」
 優炎もため息混じりに肩をすくめた。
「ほっほっ どれどれ、じじが梳いてやろうかのぉ?」
 橙実が笑いをこらえながら楽しそうに春鈴に話かけ、
「……んー?」
 ようやく春鈴は違和感を覚えるのだった。
 居間の入り口でピタリと止まった春鈴は首をかしげながら目をこすり、今の中を振り返ると、しょぼくれた目を必死に凝らした。
「――寝ぼけてないで、しゃんとおし!」
「ぅい! ……――あれ? なんで⁉︎」
 台所からかけられた美羽蘭の言葉にピシッと姿勢を正す春鈴。
 そこでようやく居間にいる人物たちに気がついたようで、目を丸く見開きながら驚いていた。
「――春鈴がこちらに戻ったならば、我々が来るしかあるまい?」
 蒼嵐は言外に「当たり前だろう?」というような態度で肩をすくめる。
「……はい?」
「美味しい朝ごはん食べないと、結局仕事が滞るんだよねー……絶対逃げられて迎えに来なきゃいけなくなるし……」
 蒼嵐の後ろに場所を移動しながら浩宇が、大きく背伸びをしながら言った。
「それに我々とて、うまい飯にはありつきたいからな……」
 優炎も困ったように笑いながら続ける。
「――美羽蘭、食材があるならば四十人前の食事を朝昼晩と頼みたい。 うちの料理人たちならば雑用として差し出せる」
「――ふむ?」
 蒼嵐の言葉に、美羽蘭は目を細めながら考えこむ。
「みんな力持ちだよ! 細かい作業は苦手だけど、大鍋いっぱいの魚も一瞬ですり身にしてくれるの!」
 美羽蘭よりも交渉能力に劣る春鈴だったが、この取引が“お得”だということくらいは分かっていた。
「なるほど? ならよこしとくれ」
「助かる」
 蒼嵐はホッとしたように胸をなで下ろす。
 春鈴の料理に慣れてしまった者は自分たちだけではないのだ。
 そんな状況で自分たちだけが毎日ここで食事をとっていれば、確実に部下たちに恨まれるであろうことを確信していたのだ――
 
「美羽蘭! 水貯め終わったよ!」
 蒼嵐がホッと息を胸をなでおろしていると、土間のほうから溌剌とした紫釉の声が美羽蘭に向けられた。
「じゃあ次は裏庭の洗濯用たらいにも頼もうかね」
「任せてくれ!」
 スキップでもしだしそうなほど軽い足取りで裏庭へと移動する紫釉。
「……なんか紫釉様……元気だね?」
 そんな背中を見つめながら首をかしげる春鈴。
「――腹が減ったから早めに食事にしてくれ」
 春鈴の質問には答えず、蒼嵐はそう告げると再びごろりと横になった。
「はーい」
 そんな蒼嵐の態度に慣れている春鈴は、何の疑問も感じずにそう答えると、祖母の手伝いをするべくパタパタと小走りで土間へと下りていくのだった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...