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第1章・婚約破棄は自由の翼。
ヒロインはメインダンスを踊れない。
しおりを挟む公爵家の控え室で待つ事約30分。ようやく会場入りの呼び出しが来た。既に王家の皆さま方は、会場の上座で挨拶待ちをされている。招待客は身分の高い家から呼ばれ、順に王家の皆さま方に挨拶をして行く。つまり公爵家の我が家は1番先の入場となる。
本来なら私は皇太子様と共に、王族席に着席する。まだ婚約者では有るが、身分的には王家に準ずるのだ。つまり親に挨拶されちゃうんだよ。寂しいよね。
但し今回は違う。祝われる主役が皇太子様で有る為、私は皇太子様とセット扱い。つまり1番最後の入場となる。
「エリザベート。私達は行くわね。直ぐに皇太子様がエスコートにいらっしゃるわ。何も心配せずにお待ちなさいな。」
「はい。お母さま。」
何も心配はしてません。しかし直ぐに来なくて宜しいのです。メインの招待客の挨拶が終わるまでには、約1時間はかかります。この密室で2人きりは嫌!絶対に嫌!嫌なのよー!私でさえ解り得る皇太子様の変態加減。お母様はご存じないのだろうか?
因みに父は知っている。父は愛されてる証拠だと言う。しかも皇太子様は、私とで無ければ子作りは出来ぬ。他では男として役に立たない。だから私と結婚させろ!世継ぎが出来なくとも良いのか!とまで豪語したそうだ。この発言が王家では問題視されて、中々婚約を解消出来ないのよ。しかしこれは覆された。ついに尻尾を出したのよ。ローズマリーと出来たんじゃない。ウソつきめ…。
この世界はどうやらヤンデレ監禁が標準装備らしい。(微)付きだけど、ロジャースもそうらしいし。はっ!もしかして父もそうなの?だから皇太子様の味方をするの?母はそれで知らぬ振りをするの?
やだ。ついつい父の顔を見てしまう。
ふぅ。しかしどうにもならない。
*****
父と母。弟と妹が腕を組み。案内人に伴われ部屋を出て行く。後ろ姿を見送りため息をつく。考えても仕方がない。少し休もう。ソファーの背凭れにドリル頭を乗せ深く腰掛ける。足を投げ出す形になるが、1人だから大丈夫。皇太子様も流石に先触れ位は出すだろう。よし。少し寝よう。侍女にブランケットをかけて貰い、迎えが来るまで下がる様に声をかける。
「お嬢様!お願い起きて下さい!ヨダレが付いてます!お直しもせずに参加されるおつもりですか?」
眠い。煩いな。何を怒鳴ってるの?
「まだ時間は有る。お茶でも淹れてくれ。私はここで待たせて貰う。」
・・・・・。
「お嬢様!ヨダレです!皇太子様をお待たせ何て出来ません。ヨダレが垂れますよ!お願い起きてー!ヨダレの危機ですー!」
もう煩いな。ヨダレの危機って何よ。はうっ。ヨダレ?!パチリと覚醒した。目前にはキンキラな麗しいご尊顔。でもその顔はパス!何でアッカンベーしてるの?やだ!顔近付けないで!ズルズルと横にずれ逃げる。ソファーにドンされたまま、皇太子様も一緒にずれてくる。
「誰か!急ぎで支度するから熱いタオルを頂戴。後メイクを宜しく!皇太子様へお茶も忘れずにね!護衛の方々!皇太子様を椅子へ!では私は失礼致します!」
・・・・・。
チッ、逃げられたか…。
・・・・・。
こ…怖かったよ…。あの舌は何よ。まさかヨダレを舐めるつもりだったの?いーやー。きーもーいー。
「お嬢様…。だからヨダレの危機だと。私何度も起こしましたのに…。」
「やっぱりなの?」
最後なんて舌打ちされてましたよ。と、髪を手直ししながら侍女が言う。手際よく侍女は乱れた髪をセットし直し、化粧を直して行く。ヨダレ…。確かについてる…。
「はい。私達がお嬢様が起こしても、全く起きる気配がございません、すると皇太子様は、勝手に部屋に入られてしまいました。そして自分が見てるから、もう少し寝かしてやれと。そう言われてはお断りも出来ません。でも私達がお茶を用意してる間に何か紐の様な物を、お嬢様の体に巻き付けウンウン頷いてるんです。更には顔を舐めようと…。私達もう怖くて怖くて…。」
紐の様な物?何だろう?もしかしてメジャーとか?
「私が寝ちゃったからね。ごめんなさいね。」
「いえ。でも顔を舐められず良かったです。温タオルをご用意致しましたのに、己がヨダレを舐めとると、真剣なお顔で言われては…。最近は堂々と言われるので、我々もお止め出来ぬのです。」
相手は皇太子様だからね。侍女達は見て見ぬふりをしなくてはならない。例えそれが主人の私の意思に反していてもだ。特に堂々と宣言されてしまえば、婚約者でも有るので邪魔をする訳には行かない。つまり当人の防衛が大切なのよ。本人の意思は、人前なら一応尊重されるからね。でも一応って所が怖いのよ。つまり人前じゃなきゃ尊重されない訳。つまり密室で手込めにされたらお仕舞い。既成事実で結婚よ。高位貴族の男性なら、責任を取ると公にしてしまえば女性からは断れない。逆に知らぬ振りをされたら、泣き寝入りをするしかない。まあ貴族の女性は滅多に1人にはならないけどね。
「私が気を付けなくては駄目ね。既成事実を作られたら、即結婚よね。それだけ愛されて幸せだと父は言うけど、私には変態にしか見えないのよ。何故私には素敵な皇太子様の顔が出来ないのかしら?他国で美姫を虜にすると言う話術と笑顔とやらを、婚約者で有る私にも見せて欲しいわ。」
「お嬢様…。」
「ごめんね。忘れて。さあ出来上り!お直し有難う。行くわよ。」
「はい。」
*****
私の腕を取り、会場入りをする皇太子様。招待客からは拍手喝采。パーティー会場は大盛り上りしている。皇太子様と並び、私は玉座の前でご招待へのお礼とご挨拶を述べる。
指先にまで神経を張り巡らす。ここでの私は皇太子様の婚約者。例え不本意で有れ、周囲にそれを気付かれてはならない。それは私だけでなく家族への批判へと繋り、小娘1人を懐柔出来ぬ王家への嘲りと繋がるのだ。
貴族の女性なら、誰もが教育されている事。それは男性も同様だ。例え愛の無い政略結婚でも、互いに尊敬しあえる関係を築く。そう教育されている。しかし今日は、この場に相応しく無い者達がワンサカいる。
王も気付いているのだろう。だから無礼講何だよね?王が私を見てニヤニヤしている。私はご期待には添えません。攻略された息子に期待をしなさいな。あしからず。
「皆の者!これで役者は揃った。皇太子は無事に隣国の魔法大国との縁を結んで来た。これから我国にも、魔道具等が輸入される様になるだろう。実際に手にしてみたが、魔法とは本当に興味深い。我が国も便利になるだろう。魔法大国の大使殿が見本を展示して下さった。興味の有る者は見るが良い。ではダンスを始めるぞ。」
何それめちゃ興味有ります。あそこに見えるのは、もしかしなくても私に魔法を教えて下さった方ではありませんか。大使様だったのね。これは是非にも見学に行かねばなりません。しかも近くにはロジャースが居る。あそこが決戦場予定なのね。確かに何かと便利だわ。
しかしその前に義務を果たさねばならぬ。ファーストダンスだけでは済まないだろう。曲が流れ始めた。ファーストダンスはパートナーと。これが基本だ。2曲めからは、男性からのお誘いを待つ。女性から誘うのは駄目とは決まってはいない。但し今回の様に正式にパートナーを伴う席では、むやみやたらなお誘いはマナー違反となる。特に女性は、格下からのお誘いは御法度となる。
パートナーと続けて3曲踊る。これの意味は、私は本日はパートナー専用よ。他はパートナーの許す人としか踊りません。と言う意思表示。親戚や家族。友人等とは可能。
パートナーと最初の1曲のみ踊る。この場合は誰でもお誘い可能。但し、ダンスホールに立つ方のみ。歓談中や着席している者には声をかけてはならない。
勿論例外は有るが、これらは暗黙のルールである。
曲が始まり私と皇太子様が中央に踊り出す。続いて王家の方々も追随する。徐々に高位貴族から、ダンスの輪に加わり始める。やはりダンスにも序列が有るのよ。身分社会とはこう言う物なの。だからと身分で人を貶めて良い訳ではない。人間には各々の役割が与えられているのだから。
クルクル躍りながらお相手の顔を見る。皇太子様がモテモテなのは理解できる。麗しいご尊顔に見事なダンスステップ。これでニコリと微笑まれたなら、どこぞの女性も瞬殺だろう。現に今回の隣国でも、沢山のお嬢様方が悩殺されたそう。
今回隣国で噂された皇太子様の2つ名は、糖蜜の貴公子様だそう。甘いマスクと言葉で女性を喜ばせ、訪問には相手の好みの贈り物をかかさない。舞う様なダンスステップは、まるで華麗なる夜の蝶の様。蜜を吸われた女性はもう身を任せなすがまま。しかしどの花にも夢中にはならない。
ほー。そりゃ凄いね。そのテクを是非私に使用してみて欲しい。メロメロになってみたい。私も女性よ。甘い言葉も贈り物も欲しい。
しかしそこまで出来るなら、何故私を騙してくれないないの?別に変態でも体だけが好みでも構わない。もしかしたら女性の扱いも、1つの外交手段なのかもしれないわね。
なら私も騙してくれれば良い。一生夢を見せて見なさいよ。まあ夢だと思う時点で無駄ね。無い物強請りは止めましょう。外交手腕を尊敬して過ごしましょうか?
いつの間にか3曲目に突入していた。これはかなり体を密着させる曲。お嬢様方はこの曲を皇太子様と踊ると、殆どが惚れてしまうらしい。踊りによる密着が濃密で、頬にキスまでするそうだ。
私はされた事が無いけどね!
腰をしっかりホールドされ、抱き抱えられる様な姿勢。しかし互いに足はステップを踏んでいる。密着してあまり動かぬダンスは、バランス感覚が難しい。だからこそ初心者は男性に身を委ねてしまう。その方が楽だからね。でも私は大丈夫。寄り掛かる必要はない。と言うより、皇太子様自体が私から距離を取っている。体が密着すると逃げるのよ。そんなに嫌なの?ニコリともしないしムカつくわー。
・・・・・。
「私とのダンスでは笑えませんか?」
!?!?
「もしかして心から笑顔を向けられる方が別にいらっしゃる?」
「何故その様な…。」
「私も公爵家の娘として、皇太子様の婚約者としての努めは果たします。しかし私も女性ですよ?たまには私にも笑顔を見せて貰えませんか?互いに理解出来ぬままなら、子も不幸になります。」
「私には他に心から笑顔を向ける者など…。」
曲が終了した。私は皇太子様の腕から離れお辞儀をする。そのまま魔道具の展示して有る場所へ踵を返す。
「エリザベート。私はそなただけを…「エドワード様ー!次は私と踊りましょう!」…。」
突然の皇太子様への名前呼びにざわめく会場内。流石の3バカも口をパカンと開いていた。
「「「ローズマリー何を!」」」
「何ってエドワード様と踊りたいの!貴方達とは1曲ずつ踊ったから終わり!後ブライアンは何処?あ!マリエンヌと居る!悪役令嬢が引き留めてるから、私の所に来れないのね!そう言えばロジャースも居るのかしら?でも彼は商人だから無理よね?」
私はそそくさと魔道具の展示して有る場所へ避難する。皇太子様はどうするのだろう?しかし私が邪魔をして良い場面では無い。ここは皇太子様の采配任せが1番でしょう。
婚約者で有る私と3曲踊った皇太子様は、これ以上踊る必要は無い。
しかし例外は有る。今回のパーティーの主役は皇太子様。彼が望むならダンスを続ける事が出来る。
「失礼。貴方はどちらのご令嬢だろうか?私は私の婚約者としか踊らない。そう意思表示した筈だ。また名を呼ぶな。まだエリザベートにさえ呼ばれて無いのだ。誰かこの無礼者を下げろ!祝いの席にて殺生はせぬが、通常ならば不敬罪だ!パートナーは何をしている!さっさと消えねば摘まみ出すぞ!」
侯爵子息がローズマリーを宥めながら引き摺って行く。
「何でよ!私を可愛いって!愛してると言ってくれたじゃ無い。昨晩だってお城に呼んでくれた。僕の子を産んでくれと言ったわ。どうして?ねえ!エドワード様ー!」
・・・・・。
それが本当なら、確かに酷いのは皇太子様よね?
「おい。婚約者だろ?信じてやれよ。皇太子様が隣国から帰宅したのは、今日の昼過ぎだぞ。流石に昨晩は無理だ。」
ロジャースが後ろから声をかけてきた。ビックリ。背後に回らないでよ。
「皆の者すまない。どうやら妄想癖の有る娘の様だ。詫びと言えるか解らんが、私がダンスのお相手をしよう。但し今年デビュタントし、既に婚約者のいる者限定だ。確か8名程か?私の婚約者殿。暫し会場を騒がせた責任を取らせて貰えるか?」
皇太子様が私に話を振る。ならば見事捌いて見せましょう。
「では私もご一緒に、詫びてこの場を盛り上げましょう。皆さま初々しい婚約者様を、暫し皇太子様にお貸し下さいな。その間私が男性陣のダンスのお相手を致しましょう。これでお互い様ですわね?」
会場内に拍手が沸き上がる。皇太子様は国内では殆どダンスをしない。その皇太子様と踊れる子達は浮き足だっている。私も身分的に誘われる立場では無い。私とのダンスも、男性陣にはスティタスとなるだろう。
曲が始まった。会場に居た対象者は5名だった。私達は5人とそれぞれ1曲ずつ踊り、ラストはそれぞれのパートナーに戻り踊った。
騒ぎにならなくて良かったわ。
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