【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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1話ーかつてαだった男①

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「大変、申し訳ございませんでした」
 練習してきたのかというぐらい綺麗にハモった謝罪の言葉。一斉に下げられた頭が三つ。
 門村雄大かどむらゆうだい、三十四歳、α。目の前に並ぶ後頭部を見ながら途方に暮れた。

 今朝、スマホのアラームではなく母親からの着信で目が覚めた。雄大は一人暮らしをしているが、実家も同じ市内にある。盆や正月どころか、毎週末顔を出しては母の手料理をタッパーに詰めて持ち帰る雄大にとって親からの電話は珍しいことだった。緊急事態以外有り得ない。じいちゃんかばあちゃんに何かあったか、と予想するも、どちらも既に他界していることを思い出して寝起きでぼんやりとした頭を振って、鳴り続けるスマホをタップした。
『雄大、あんた今日暇?』
 緊急性の高い声色をしているが、話の内容は実にありふれたもので雄大は「暇なわけない。今日平日だよ? 今から仕事」と萎えた声で答えた。
『病院の先生が話したいって』
「病院? 父さんの?」
 自分が年を重ねたように、当然のことながら親も年を取っている。結婚をして子供がいれば、両親は外見通りに「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼ばれる年齢だ。加齢に伴う病気の一つや二つもあるだろう。母が言っているのはそういう話だろうと雄大は尋ねたが、電話口の向こうで「違う」と返された。
「え、じゃあ母さん?」
 先程父のことを口にした時にはそう心配もしていなかったが、母親の身に何か起きたとなれば話は別だ。男子は母に弱い。雄大も例外ではなく、腹に掛かっていた布団を剥いで、ベッドから起き上がると母の話をじっくり聞こうと体勢を整えた。だが、これも違った。
『あんたのことで話がしたいって』
「俺?」
 寝起きにしては高い声が出た。
「何で俺? てかどこの病院の話? 俺、病院なんてかかりつけのクリニック以外行ってないよ」
『あんたのバース検査した病院よ。昨日の夜電話があってね――』
 ――雄大さんはご在宅でしょうか
 ――大切なお知らせがありご連絡をいたしました
 とのことだったが、どのような用件か尋ねても「個人情報」という名の盾を前面に押し出され聞き出せなかったそうだ。「バース検査をした時は雄大も未成年だったんだから、その時のことなら親の私に教えてくれたっていいじゃないね」愚痴を零しつつも、病院からの連絡ということで早い方が良いだろうと早朝に連絡を寄越したのだと母は言う。
 新手の詐欺とか金銭の要求はされなかったかと聞いたが、直接病院に来てくれても良いって言ってたぐらいだから違うでしょ~と緊張感の解けた間延びした声が耳に届く。
「分かった。じゃあ今日中に病院に電話入れとくよ」
 通話を切って、小さく息を吐いた。人が持つ第二の性を調べるバース検査をしたのはもう二十年ほど前のことだ。その病院が今更何の用があって連絡をしてきたのだろう。気にはなるが、父や母の身に何かあっての電話でなくて良かったと雄大はベッドに座ったままで大きく上半身を伸ばした。
 そのあとは朝の準備に追われて、母とのやり取りなどすっかり忘れて小学校教諭という職務に専念した。
 次に病院のことを思い出したのは放課後。まだ学校に残っている児童に帰るよう声を掛けながら職員室に向かうと同僚らの声が聞こえて来た。
「私もあの病院でバース検査して貰いましたよ」
「この辺なら一番大きい病院だしね」
 雄大が職員室のドアを閉めると「門村先生も知ってますよね」と声を掛けられた。
「え、なんでしょう?」
「みつたにクリニックの話です」
「みつたにクリニックは知ってますけど」
 その名前を聞いて、今朝の母の声が耳の奥で蘇る。雄大がバース検査を行った病院が今話題に上がったみつたにクリニックで、昨日実家に連絡が来ていて折り返しをしなければいけないのだった。思い出させてくれてありがとうと心の中で同僚らに礼を言う。
「今は校内である毎年度の健康診断に組み込まれてますけど、俺たちの時代は自分たちで病院行ってバース検査しろって言われてましたからね」
 人類の性別に男女以外の第二の性が発見されて数十年。国はα、β、Ωの人口比率を把握するためと、Ωのフェロモンによって性暴力の被害者と加害者を生まぬよう抑制剤等での治療を適切に行うために第二の性の診断を義務付けた。子供たちは皆、二次性徴に掛かる年代にバース検査を受ける。男子は十歳から十三歳、女子は八歳から十二歳。雄大は十一の頃にみつたにクリニックでバース検査を受け、αと診断された。
 思い出している内に電話を済ませておこうと、自分の机の引き出しの中に入れておいたスマホを取り出す。話の途中ではあったが、同僚らに断りを入れて、その場を離れる。
 周囲と距離を取ってからネットで「みつたにクリニック」と検索を掛けると画面上に関連する情報がずらりと並ぶ。ニュースが幾つも出ているが、碌に見もせずに電話番号を探し出すと迷わずにタップした。
「……出ないな」
 何度鳴らしても出ない。陽も傾きかけているというのに、そんなに忙しいのだろうか。一度切ってから、再び発信ボタンを押す。今度は数コールののちに若い女性が出てくれた。
『はい、みつたにクリニックでございます』
「あ、私門村と申しますが」
『すいません、バース検査の件でしたらお答え出来ません』
 は? と眉を寄せる。バース検査の件とは? 何のことか分からないが、電話の向こうに居る彼女がとても疲れているのは声色から伝わってくる。
「あの、バース検査のことではなく、昨日そちらからお電話頂いて折り返しをしたのですが」
「えっ、あ、あー……すいません、マスコミの方かと思いまして。もう一度お名前宜しいでしょうか」
「ええ、門村雄大と申します」
「少々お待ちください」
 覇気のない声で告げられて、次に聞こえて来たのは保留音。ゆったりとしたクラシックは耳に優しい。だが、一分待ち、二分待ち、カップラーメンが出来上がる分数までくると、僅かに焦れてくる。こんなに待たせるなら、一度電話口に出て、「折り返すから電話番号を教えて!」と言って貰える方が有難い。あと三十秒待って無駄なようならこの電話は切ってしまおうと心に決めた瞬間、クラシック音が歪に途切れて「もしもし!」と大きな声が聞こえた。雄大は反射的に耳元からスマホを離す。すると向こうから何度も「もしもし!? もしもし!?」と確認を取られてしまう。同僚の目も気になり、またすぐにスマホを耳元に戻すと相手方には見えないというのに雄大は律儀に相槌を打って「はい」と返事をした。
「門村さん? 門村、雄大さんですか?」
「はい」
 二度、確認を取られた。若い男の声だった。
「すいません、今、先生に代わります」
 あなたが先生じゃないのかとツッコミそうになるのを必死に抑えて雄大は大人しく待つ。もうクラシック音に切り替わることはなく、また別の男が電話口に出た。
 ――お電話代わりました。私、田口たぐちと申します。門村さん、至急お会いしてお伝えしたいことがあります。
 物凄く早口だった。そんなに急ぎの用件ならば、この電話でお伺いしますと告げたけれど、どうしても会って話がしたいと譲らない。ならばこちらから訪ねても良いが、今すぐに退勤出来るわけもなく、遅くなっても構わないかと聞くと、それなら我々が出向きますのでと返ってきた。
「え、家にですか」
『ご実家にお伺いいたします』
「実家は困ります」
 視線に気付くと先程の同僚が雄大を見ている。これ以上長話をしては、次の噂話のネタにされてしまう。
「住所を言いますので実家ではなくそちらにお願いします」
 思わずそう言ってしまった。一人暮らしの家に来て欲しいと。やっぱり詐欺なのではないかと考えつつ、いやでも電話番号は病院の公式サイトに載っていたものだし、という気持ちがせめぎ合う。結局住所と大体の帰宅時間を伝えて電話を切った。
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