17 / 35
17話ー告白③
しおりを挟む「ずっと門村先生に会いたいと思ってました」
衣服越しにピッタリと重なった二人の体は互いの呼吸の度に深くくっ付いたり、少し離れたりを繰り返す。
「門村先生から貰った言葉と一緒に生きてきたんです。進路を決める時、親父は自分の跡を継いで欲しいから経営を学べってしつこかったんですけど、俺は、自分ではどうしようも出来なくなって立ち止まってしまった人に門村先生のように寄り添いたいと医療の道に進みました。今はまだ研修医だけど、先生の隣に立っても恥ずかしくない人間になって、絶対にお礼を言いに行こうって思ってた」
雄大の顎まで流れた涙の粒は冷たくなって落ちようかどうしようか迷いながら顎先に掴まって小さく横に揺れる。
「会えたらすぐにでも、三津谷です、覚えてますかって言いたかった……でもまさかこんなふうに再会するとは思ってなくて。研修先をじいちゃんの跡を継いだ田口先生のところに決めて勤務し始めて少し経ってから、Ωと診断を受けたけどαの症状が出てるって患者さんが来院して、調べてみたら門村先生のカルテが出て来て……身内のミスでこうなってるのに呑気に挨拶なんてされても先生困るだろうなって」
戸賀井が雄大の体を解放する。熱くなりかけていた体は戸賀井の温もりを失い冷めていく。
「先生はもういいって言うかもしれないけど、じいちゃ……祖父の件は俺の医者人生全てをかけて償っていくつもりです」
「……犠牲になりたがっちゃ駄目だよ。君の人生は君のものだ。おじいさんのものでもないし、俺のものでもない。誤診があったのは間違いないけど、それ以上におじいさんは医者として沢山の人を救ってきたんだろう。君が医者という職業を志したってことはそんなおじいさんに少なからず憧れを抱いていたはずだし、だったら君はおじいさんのしたことを償うんじゃなくて、おじいさんがしてきたように困っている人を救ってあげて」
この手で、と戸賀井の手を掬い取る。筋張った男らしい手に目を落としながら、成長したな、などと親戚のおじさんのような考えをする。
この子は真っ直ぐなんだ。
縋り付けばきっと雄大の人生ごと背負ってしまう。そんなこと、させられるわけがない。
体が離れてしまったことに寂しさを覚えながら視線を上げて雄大は微笑む。
「俺は君のお陰でヒートを乗り越えられた。本当に感謝してる。もう一人でも大丈夫だから、君は君の人生に戻って」
三ヶ月してヒートが来なければ強い薬を使うと言われていた。でもヒートは来た。
だからもう戸賀井と同居する理由はない。
ぽかんとしていた戸賀井の口がぱくぱくと動いて、触れていた手を強く握り返される。
「まっ、待ってください、先生、あの、えっと……俺、自分のこと犠牲にしたりしないです。俺がしたいから、先生の人生に関わりたいから、そばに居たいから言ってます」
「……うん、でもね――」
「離れたくないんです。小学校の時みたいに知らない内に居なくなるとか……あの時は子供だったから何も出来なかったけど、今は違う。俺は大人で、αで、先生を守れます」
戸賀井の視線は一切ぶれずに雄大に刺さっている。
雄大は瞬きすら出来ない。心の内から湧いてくる感情を抑えるのに必死で息をするのもやっとだ。
これがΩの本能。αに、いや、戸賀井に守られたいと体の芯が震える。
「お、俺は、戸賀井くんに守って貰わなきゃいけないような存在じゃないよ。Ωだけど、男で、大人で、教師だし」
違う。こんなことを言いたいわけじゃない。もっと大事な、確かめなければならないことがある。
「……前にさ、戸賀井くんは好きな人以外には理性が働くって言ってたじゃない? でも、俺がヒートになった時に戸賀井くんもラットになってたよね。あれって、つまりさ――」
「ああ、あれは先生以外のΩには反応しないってことです」
「うん、うん……なんかそれは話の流れで分かったんだけど……遠回しな表現って受け取り方が人それぞれで曖昧だし……えーっと、単刀直入に聞くね。戸賀井くん、俺のことが好きなのかな? 間違ってたらごめんだけど、今、俺、告白されてる?」
何ということだろう。三十四の男が、「俺のこと好きなんじゃないの?」と聞く恥ずかしさ。
けれどはっきりさせなければ、思案のしようもない。
若い時なら勢いや自分勝手な解釈で突き進むことも出来たが、今の雄大はこれを確かめずして先に進めない。
大人歴が長くなるほど比例するように臆病度は上がっていく。
「……いっ……言って、なかったですか、俺。好きって言ってない? あれ、え、す、いません」
自覚がなかったのか、突然湯につけられた蛸みたいに戸賀井の顔が赤く染まっていく。
そうなのかそうじゃないのか、雄大はそれが聞きたいのだけれど、戸賀井は「あー」とか「うー」とか「失敗した」とか呟いている。
「違うなら違うって言ってくれないと、俺、永遠に恥ずかしいんだけど……」
「違うんです。ああっ、違うっていうのは、そういう違うじゃなくて……門村先生がじいちゃんの誤診でΩかもしれないって、クリニックの関係者数人だけに共有された時、俺もその中にいたんです。それで、俺みたいな研修医がしゃしゃり出ていい場面じゃないのは重々承知でお願いしたんです、門村先生と同居させてくださいって。俺のじいちゃんがしでかしたミスだから、俺にも治療に関わらせて欲しいって。勿論、その気持ちは嘘じゃないけど、下心がなかったかといえば……それも否定できません」
フーッと戸賀井が息を吐く。次に新しく空気を吸い込むと、緊張しているのか頬を強張らせながら下手に笑う。
「俺、門村先生が好きです。小学校の頃からずっと。子供の勘違いでもなんでもない、αだからΩに魅かれるとかそういう本能の話でもなく、俺の心が門村先生じゃなきゃ嫌だって言ってます」
だからそばに居させてください、と柔らかく言われてその言葉が胸の内を擽る。
どう返事をしよう。何と言えば大人の体面が保たれるだろうか。
考えても考えても答えは出ずに、雄大は湧き出る涙を溢さぬよう堪えながら戸賀井の手を握り返した。
579
あなたにおすすめの小説
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
変異型Ωは鉄壁の貞操
田中 乃那加
BL
変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。
男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。
もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。
奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。
だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。
ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。
それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。
当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。
抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
Ωの花嫁に指名されたけど、αのアイツは俺にだけ発情するらしい
春夜夢
BL
この世界では、生まれつき【α】【β】【Ω】という性の区分が存在する。
俺――緋月 透真(ひづき とうま)は、どれにも属さない“未分化体(ノンラベル)”。存在すら認められていないイレギュラーだった。
ひっそりと生きていたはずのある日、学園一のαで次期統領候補・天瀬 陽翔(あませ はると)に突然「俺の番になれ」と迫られ、なぜか正式なΩ候補に指名されてしまう。
「俺にだけ、お前の匂いがする」──それは、αにとって最大の禁忌だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる