【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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【番外編】戸賀井 圭を知る男

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※14話、バース性告知ミスをしたのが戸賀井の祖父であることを雄大が知った頃のお話です
※雄大の前では子供っぽくならないように気を付けてる戸賀井ですが長年の友人の前では年相応です





「おい、もうすぐ八時半だぞ、帰れよ」
 バーカウンターの端っこに成人男性の平均身長をゆうに超えた男が身を小さくして項垂れている。
 その男、戸賀井圭に声を掛けたのは友人でこのバーの店主でもある田畑楓たばたかえでだ。
「どんな顔して帰ればいいか分かんねぇ……お代わりくれ」
 バーなのに戸賀井が頼んでいるのはカレーのお代わりで、ふざけんなもう帰れよという目つきをしながらも田畑は戸賀井から差し出された皿を受け取る。
「てかさ、もうすぐ店開けんだけど! 居られると邪魔なんだけど!」
「……んなこと言ったってどんな顔して帰ればいいか分かんねぇんだもん」
 それはさっきも聞いた。
 そうじゃなくて、辛気臭い空気を纏った男が居ると店の雰囲気が暗くなるだろうが! と強い口調で返すと戸賀井は「どうせこの店薄暗いじゃん」と照明の話をしてくる。田畑はもう無視してやろうと皿に白飯を乗せていく。
 大皿の真ん中に土手を作るみたいに白米を盛り付け、左右に味の違う二種類のルーを流し入れる。田畑の作るカレーは人気メニューで、戸賀井のように酒ではなくカレーを求めてやってくる客も多い。
 愛想なく無言で戸賀井に皿を渡すと、戸賀井は「ありがとう」と小さく言って受け取る。それから大きな溜息。スプーンで白飯の土手を崩してルーを混ぜながら「ダメだ。先生に嫌われた」と嘆く。
 それを見て田畑も、はぁぁ、とわざとらしく息を吐く。新鮮味のない憂いの声に飽き飽きする。
 
 仕事終わりの戸賀井が連絡もなしに開店前に姿を現し夕飯を食わせろと要求してきて、挙句の果てに「先生に嫌われたかも。いや絶対嫌われたわ」を繰り返す。同じ台詞を延々と聞かされて、まるで自分が「先生」に嫌われた気分になる。
「だから最初から言ってりゃ良かったじゃん。三津谷ですって」
 このやり取りも今日だけで三回以上はしている。
 無視してやろうと思っていたのに、ついつい構って答えてやると戸賀井は恨めしそうな目を向けてくる。この視線も四回以上は食らっている。
 
 戸賀井と田畑、二人の付き合いは古く、小学生時代まで遡る。
 一、二年時は同じクラス。男子を集めて背の順で並ぶと二人は一番前と二番目。三、四年の時は別クラスに分かれ、五、六年時にまた同じクラスになって、やはり整列では前から数えて一番目と二番目を二人が固めた。
 一年から四年の間は互いに存在を認識していただけで大した絡みはなかった。
 五年に進級し、同級生らの目まぐるしい成長をよそに緩やかにしか身長が伸びない田畑に「お前ずっとチビだな」と投げかけた戸賀井の言葉で漸く交流が始まった。ちなみにこの時田畑は、こいつは鏡を見たことがないのかと呆れ「お前もな」と笑った。
 この小さな切っ掛けで、子供だった二人は急速に友情を深めた。
 第二次性徴を迎え、戸賀井がα、田畑がΩであることが判明しても二人の友情が変わることはなかった。
 戸賀井はΩのフェロモンに惑わされることがなく、田畑も戸賀井を恋愛対象として見ていないからだ。
 親友がαだなんて、周りに言っても理解はされない。実際他の友人らも本当に何もないのかと関係を疑ってくる。だが、真実何もないのだから、ないと言う以外説明のしようがない。
 まぁ、信じてくれる者だけが分かってくれれば良い。というか戸賀井と自分だけが理解していれば他は関係ないとも思える。
 
 このようにバース性を超えた付き合いをしている戸賀井のことなら、彼の親よりも詳しいと田畑は自負していた。けれど最近になってそれは自惚れであったと判明した。
 同じ小学校に通ったのだから、戸賀井が「先生」と呼ぶ門村雄大のことも何となくは覚えている。でも戸賀井が雄大に想いを寄せていたことは知らなかった。
 そもそもこれまで自分たちの恋愛観を語り合うことがなかった。
 αの中でも特別容姿が優れているのにそれを使って爛れた恋愛をしない、戸賀井のそういうところも気に入っていたが、まさか恋愛観を語れぬ理由が年の差があり過ぎて進展しようのない恋をしていたからだったとは驚いた。
 
 最初に雄大の話をされた時、「教育実習で来た先生覚えてる? 門村先生って言うんだけど」と切り出されて薄ぼんやりとしか思い出せなかった。
 職員室前にある謎の巨石の周りで鬼ごっこをした、と説明されて、ああそんなこともしたっけ、程度だった。
 その、教育実習で一ヶ月そこらしか一緒に居なかった――戸賀井にしてみれば途中入院生活もあったのでもっと短い――教員のことが好きだった。というか今も好き、と聞いた時、ちょっとだけ友人のことが怖くなった。
 幾ら何でも片思いの年数が長すぎる。同級生で中高も一緒で、というのとは訳が違う。六年時以降は会ってすらいなかった相手を今も想っているという、純愛を超えて執念に近い恋心を知り少しばかりゾッとした。
 勿論、田畑は素直な性格をしているので「お前やべぇな」「イカれてる」とは伝えたが、戸賀井も自覚があるのか「っすよね~」と返ってくるだけだった。
 
 雄大との関係について田畑が知っていることは、つい最近再会した、門村先生は戸賀井のことを忘れているっぽい、戸賀井は今も門村先生のことが好き、門村先生はめちゃくちゃ可愛い(戸賀井談)、事情があって一緒に暮らしている、ということぐらいだ。
 雄大と再会して以降、戸賀井は店に来る度にこれらの話を一方的に語り、何処で再会したのか、何で一緒に暮らしているのか、何故教え子であることを伝えられないのか、という田畑の疑問には答えず、自分が満足するまで話をしたらさっさと雄大の待つ家へと帰った。
 
 今日もそんな感じでやって来たのだと思っていたが、話を聞いてみるといつもと様子が違う。「自分が三津谷であることが知られた」「今さらあの時の教え子ですなんて言えない」「先生に嫌われる」と話の前後を明かさぬまま、ただただ落ち込んでいる。
 しょうがないから分かる範囲で最もらしく「最初から三津谷だって打ち明けてればよかったんだ」「むしろ知られて良かったじゃん」と返すと戸賀井は苦々しい表情を浮かべる。
 そうして会話のキャッチボールとは呼べないこれらを繰り返して今に至る。
 
「早く帰って門村先生と思い出話しろよ~」
「……」
「思い出して貰うには言わなきゃなんねぇことだろ。先生のこと好きなんだよな? 自分のもんにしたいんじゃねぇのかよ。αのくせにビビッてんじゃねぇよ。ガッといって、ガッと押し倒してフェロモン浴びせて発情期に持ち込めよ。んで、先生のうなじ噛んじまえ……ってあれ、先生ってΩだっけ? え、αだったっけ? ま、バース性とかどうでも良いや。事情は全然分からんけど、話すチャンスが巡って来たってことで当たって砕けろよ。玉砕したらそん時改めて来い。慰めてやっから」
 うじうじ悩んでないで好きなら雄大本人に想いをぶつければいい。良くも悪くも、結果はぶつかった先にしかないのだから。
 田畑が捲し立てたあと、戸賀井が、はーっと長い息を吐いた。また繰り返しかと思えたが、今度はそうではなかった。
「カレー美味かった。帰るわ」
 荷物を持って立ち上がった戸賀井は吹っ切れた表情をしていた。また一つ知らぬ顔が増えた。でもこれもまた彼との友情が厚くなった証拠と思えば悪くない。
「次は門村先生連れて来いよ」
 田畑が声を掛けると愛すべき友人は本日初となる笑顔を見せた。
 
 
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