【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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28話ー会いに行く

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「せんせぇ~、首、どうしたの?」
 無垢な笑顔が聞いてくる。雄大は絆創膏を重ね張りした首に手を当てながら「虫に刺されて、痒くて掻いたら血が出ちゃったんだ」と返した。
 職場復帰した日、校長や同僚も含め、八人目となる質問にも初めて聞かれましたというふうに答えて廊下を歩く。

 あれから一週間と少し、首に出来た二つの痣はまだ薄っすらと残っている。翔からは一度の訪問と二度の連絡があった。雄大は居留守を使い、メッセージには返信していない。
 戸賀井からは連絡がない。雄大から何度メッセージを入れても、電話を掛けても出て貰えない。
 酷く傷付けたのだから、仕方がない。でも焦る。幻滅されて、見捨てられる未来は避けようがないと思わされる。けれど、例えそうなったとしても自分の気持ちだけは伝えたい。
 好きだと。
 最初から素直に伝えていれば良かった。教員という職業に誇りを持つばかりに教え子に手を出したという事実に縛られ過ぎた。
 彼はもう大人だ。保護者に手を引かれているわけでも、誰かにそうした方が良いと言われたわけでもなく自らの意思で雄大のことが好きだと言ってくれた。だから自分も伝えたい。
 彼の気持ちが冷めたとしても、遅すぎると言われても気持ちだけは届けたい。
 しかし、強い心持ちの一方でもう一人の自分が躊躇する。
 迷惑かな、迷惑だろうな。考えれば考えるほどに深みに嵌って一歩が出ない。合鍵を持っているのだから、返せと言われたわけではないのだから戸賀井と暮らしていたマンションを訪ねてみればいい。
 分かっているのだけれど、電話を掛けたりメッセージを入れてみたり様子を窺うことしか出来ていない。
 絶対に自分の想いを伝えたいという気持ちと、裏切られた相手に追いかけ回される彼の迷惑を考えろよという自分が数分刻みで入れ替わるように思考を奪っていく。
「先生、それどうしたの?」
 廊下で声を掛けられて、雄大は歩みを止めた。
 尋ねて来たのは六年生の女子で、確か一組の子だ。この子が四年の時に雄大はクラス担任をしていた。
 下級生の拙い喋り方ではなくて、上級生のしっかりとした声で首の絆創膏のことを聞かれたので、小さな子供に使うような噛み砕いた言い方はせず「虫に刺されて掻き壊しちゃってね」と笑う。
「そうなんだ。うちのママも同じ場所に絆創膏貼ってた」
「へえ。蚊も増える時期だしね」
「違う違う。うちのママのは虫刺されじゃないから」
 何故か女子生徒の母親も虫に刺されたのだと決め付けて話すと鼻で笑われてしまった。
「なんか知んないけど、隠し事してたみたい、パパに。喧嘩してたよ」
「……そうなんだ……大人も色々あるね」
 もしかしたらこの子の母親は雄大と同じ理由で絆創膏の下に秘密を隠していたのかもしれない。
 黙った生徒の横を他の生徒が通り過ぎて行く。廊下から教室の中へ目をやり時計を確認するともうすぐ休み時間が終わろうとしている。それでも女生徒は雄大のそばを離れようとしない。
 何か他に話したいことがあるのは確かで、雄大は声のトーンを落として、しかし穏やかに「どうした?」と問う。
 六年生の平均よりも身長の高い彼女は伸ばした黒髪を耳に掛けて、雄大を窺い見る。
 話しても良いものかと迷っているような目付きに、雄大は眉を下げて軽く笑みを作る。
「今話せないなら、あとでも良いよ。俺じゃなくても担任の先生でも良いから何かあるなら相談して。みんな、君の味方だからね」
 合っていた視線を一度廊下に落としてから女生徒はまたすぐに顔を上げる。先程までの迷うような瞳は何かを決断したみたいな強い目線に変わった。
「うちのパパとママ、β同士なんだけど、番じゃなくても仲が良くて、バース性に縛られずに自由で良いなって思ってたの。でも最近は二人共別の人と仲良くしてるみたいで喧嘩ばっかり……」
「……そっか……喧嘩したら嫌な気持ちになるってお父さんとお母さんに伝えたことはある?」
「ない。もう話す気も起きないよ。……私ももうすぐバース検査受けるのに、ママはαかΩだったらいいのにね、だって。βになったって運命の人には出会えないわよって、それパパのこと言ってるんだよね。……私、どのバース性も嫌だ」
 戸賀井と似たようなことを言う。口に出さないだけで、こういう悩みを抱えている子は多いのかもしれない。
 感受性豊かな時期にバース性というものに当て嵌められて、それに合った生き方を否応なしに求められる。いっそ何もかも放り出したい、バース性など知りたくもないと思うのは当然かもしれない。
 大人になってしまった雄大は自分にとって悪いこと――例えばαと思い込んでいたけれどΩだったという事実――すらそういうものだと諦めて受け入れてしまえるが、まだ年若ければこうはならなかっただろう。
 雄大は考える素振りも見せずに、笑顔を保ったままで女生徒と目を合わす。
「まず知っていて欲しいのは、君と君のご両親は別々の人間だってこと。だからどの第二の性になろうが、君の人生を生きれるのは君だけ。ご両親と同じになるってことはない。それともう一つ、バース検査は運命の人を探すためにするものではなくて、自分のためにするもの。バース性を知ることで自分を守れる」
 今の雄大はΩで、ヒートも安定していないためクラスを受け持つことは出来ない。だからこういうことは担任に任せるのが一番だということは分かっている。
 だけれど目の前に居る子が雄大を選んで話をしてくれたのならば、応えないという選択はない。
「君はβなら自由って言ったけど、どのバース性でも自由だよ。だからバース検査は安心して受けて大丈夫。大事なのは君が自由であることを君自身が知っておくこと。自分の心は自分だけのものだと知って、同じように他の人の心も大切にしなければならないと理解して接すること。そうすればかけがえのない人に出会えるよ。あと、君とご両親に必要なのは対話だね。言い争いではなく、冷静な話し合い」
 至極当然のように答えると女生徒はぽかんとした顔で雄大を見つめてくる。
 恐らく、回答など得られないと思っていたのだろう。
「俺の言ってること難しかったかな」
「ううん。分かる。私は私ってことだよね?」
「そう。周りに影響されることは勿論あるけど、見失わないで。簡単そうに見えて大人でも難しいことだけど、それさえ忘れなければ誰に頼ることもなく、君は自分で自分を幸せに出来る」
 大きな目に映った自分が見える。雄大は彼女に伝えながらも、自分に言い聞かせているようだと思う。
 自分を幸せにするために動けるのは自分だけ。
「……話せるかな、パパとママに。喧嘩しないでって。私の話、聞いてくれるかな」
「もし言い難いとかあれば先生が一緒に居てあげるよ。何なら先生の方からご両親に話をしてもいい」
「ううん。自分で頑張ってみる……出来なかったら……門村先生、力を貸してください」
 ペコッと頭を下げられた。礼のつもりでそうしているのだろうけど、感謝を伝えたいのはこちらの方だ。
 何でも知っているふうで生徒たちを救っているように見えて逆に雄大の方が救われている。
「……俺も頑張ってみようかな」
 呟くと、女生徒は顔を上げて首を傾げる。
 自分でも無意識のことで、何でもないよと慌てていると彼女を迎えに他の生徒がやって来た。手を振って別れ、雄大は決意をする。
 戸賀井に会いに行こうと。

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