【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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33話ー 番 *

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 心臓ってこんなに速く動くんだ。
 何度目か分からない絶頂を迎えて、少しだけ眠っていた雄大は胸の痛みで目を覚ました。
 体はもうずっとソファーの上にあって、戸賀井の香りで胸の痛みを楽にしようとするが、段々と匂いが薄くなっているようで鼻を擦り付けても漸く嗅げる程度にしか残っていない。
「……はぁ、はぁー……」
 諦めて、和らぐまで痛みをやり過ごそうと仰向けに姿勢を戻す。部屋の天井はこんなに遠かっただろうか。それとも自分自身がソファーごと地に沈んでいるんだろうか。
 萎えたままで反応しなくなった陰茎は放っておいて、雄大は後ろの穴に指を入れて浅い位置に引っ掛ける。
「ぁ、はっ、あぁ」
 何度達しても未だに中は熱く、蕩けた体液で指が溶かされそうだ。
「あ、うぅ」
 指を動かすと届かないほど奥が締まって、そうすると下腹からキューッと何かがせり上がって来て、胸元辺りが締め付けられる。
「んぅっ、いたっ、ぁ」
 快楽はあるのに、胸の痛みが邪魔して絶頂まで辿り着けない。ドクドクと脈打つ心臓の速さに体がついていけなくなってあっけなく死んでしまいそうだ。Ωは番を見つけなければ早死にするというのは本当だったのだと思わせるほど、自分の近くには死がぴたりと寄り添っているように感じる。
 でももうそれでも良い気がしてきた。
 戸賀井に見捨てられて、戸賀井と番になれないなら生きている意味などない。自分の命のために戸賀井以外と番う道も残されているというのにそこに希望が見いだせない。戸賀井の居ない未来など必要ない。
 ああ、でも、生徒は心配だ。
 ほら、廊下で悩みを打ち明けてくれた六年の女生徒。彼女は大丈夫だったろうか。ヒートを迎えたせいで休みを取らなくてはならないから、その間に話を聞いて欲しくて職員室を訪ねてきたりはしないだろうか。頼りにしたい時に教師が学校に居ないなんて、情けない。
 細やかな痛みを刻んでいた胸は、今ズキン、ズキンと大きく痛み出している。
「ふ、うぅ……っ」
 Tシャツの上から胸を押さえて横に寝返るとぐるんと丸くなる。息を詰めたら余計苦しいから喉元を震わせながらでも深呼吸をする。
 痛い。苦しい。助けて欲しい。
 でも、知らない誰かじゃなくて、戸賀井が良い。
「と、が、とがい、くん」
 名前を呼ぶと少しだけ痛みが和らぐ。苦痛からではない涙が零れてソファーの生地に吸収されていく。
「ふっ、うっ、うぅー……」
 呼吸を乱したくないのに泣き出したら止まらなくなって、口からも大量の息が吐き出される。ふっ、ふっ、と過換気気味になりながら体を小刻みに震わせているとリビングの向こうからガチャンと音がする。
「え」
 気のせいだろうか。いや、はっきりと聞こえた。
 涙の線をくっきりと残したまま、雄大は起き上がってリビングのドアを見る。静かだ。やはり何か聞き間違いをしたのだと思った次の瞬間、トン、と足音らしき音が聞こえた。
 不安により心臓の痛みは誤魔化されて、雄大は急いで、といっても素早くは動けないので気持ち的に目一杯の速さで床に散らばった衣服を掻き集め、ソファーの陰に隠れる。成人男性がこんなところに隠れたとて体ははみ出しているし、すぐに見つかってしまうだろう。
 翔だろうか。彼以外心当たりが無さ過ぎて怯えながらも服を着込む気力まではないから、脱ぎ散らかしたシャツやスラックスを下半身に掛けてしのぐしかない。
 リビングのドアが開いて、雄大はギュウッと強く目を瞑る。
「……先生? 門村先生?」
「……え?」
 聞き覚えのある声に雄大は瞑っていた目を開き、まるで主人を待っていた犬のようにソファーの陰から飛び出る。
 何処にこんな力が残っていたのか自分でも分からないが、四つん這いから立ち上がり二本の足で床を踏み締めて目の前に現れた戸賀井に飛び付く。
「ああっ、なんで、戸賀井くん、戸賀井くん」
「うあっ……匂い、すごいですね、先生」
 Tシャツしか纏っていない間抜けな姿で戸賀井に抱き付いて、背中側に回した腕でぎゅうぎゅうと締め上げる。近くで香りを嗅げば、胸を突き刺すような痛みが嘘のように消えていく。
 嬉しい。顔を見ることが叶った。会いに来てくれた。だけど戸賀井からは抱き締め返してくれない。
「……もしかして……薬、持って来てくれたの?」
「あ、そうなんですけど、そうじゃなくて」
「薬は? ないの?」
「すいません、クリニックに寄ってる時間が惜しくて、抑制剤はありません。いや、でも、俺が? 抑制剤? みたいな」
「は、ハハ、なにそれ」
「あとで沢山謝りますから……酷いことはしないので、門村先生、触っても良いですか」
「どんなふうでも良いよ。君に触られるだけで、嬉しい」
 甘えるように戸賀井の胸元に顔を寄せると大粒の涙がTシャツに吸い込まれて濡れていく。これこそあとで戸賀井に謝らなければと考えていたら、漸く、抱き締め返してくれた。

「はっ、ぁ、はや、ぅ、はやく、戸賀井くん」
 チュッ、チュッ、とリップ音を響かせながら背伸びをして戸賀井の唇にキスを繰り返す。戸賀井も返してくれながら、Tシャツに手を掛けるが雄大が引っ付くせいで脱ぎにくいのか若干手間取りながら上半身裸になった。
「んー……門村先生の匂い、甘い。くらくらする」
「はっ、あー、俺も、戸賀井くんの匂い堪らない。もう勃たないかと思ったのに、また勃った」
「何回ぐらいした?」
「分かんない」
 返事と共に戸賀井の腕を引いて床にしゃがみ込むとキスをする。分厚い舌は生温かい。
「ふ、っ……熱いね」
 戸賀井が笑う。ヒート中はどこもかしこも熱を持っていて、雄大の舌も勿論熱いからそれのことを言っているのだろう。
「ベッド行こ、先生」
「ソファーが良い」
「ええ? なんで。狭いよ」
 キスをして間近で戸賀井の匂いを胸一杯に嗅ぐと、酩酊したようになって雄大はいやいやと首を横に振る。
「にお、ぉ、においっ、戸賀井くんの、っ、付いてるから、ソファーに」
 頬を撫でられ、耳の穴を指で掻き回されただけで喘いでしまう。
「俺ならここにいるでしょ」
 いっぱい嗅いでいいよ、と戸賀井に抱き抱えられて雄大の体は浮き上がり足の底は床から離れる。
 ベッドに優しく寝かされて、シーツに沈むと我が家のベッドはこんなに寝心地が良かったのかと感嘆の息を漏らす。ずっとソファーに居たからそう思うのかもしれない。
「は、ぁ、ぁ、ん、戸賀井くん、っ、も、ゆび、いい、ゆび、いらない」
「ぐちょぐちょ、すぐ入りそう」
「うん、すぐ入るよ。だから挿れて、腹の奥が、きゅってして苦し、い、はやく、んあっ、あっ」
 雄大は精一杯誘うような文句で戸賀井に言う。腰元が緩められたズボンと下着が引き下ろされて、雄大のΩの匂いに反応しはちきれんばかりに膨張した陰茎が現れ、それが戸賀井の手によって尻の穴に擦り付けられる。
「う、ゔぅ……はやく、とが、ぁ……っ、圭くん、奥、きて」
 これはあとで思い出して絶対に恥ずかしくなるやつだと承知の上で戸賀井の名を呼ぶ。
「な、名前、ずるいですよ、先生」
「んっ、あ、あー……っ、入っ、あ、んんう」
「はぁー……締まる、やばい、中、ぐずぐず」
 締まっているのではなくて戸賀井のものが大きいからではないかと思うが、それを口出す暇がない。雄大は戸賀井が中に入ってきた悦びが脳まで伝わって、抗う間もなく達してしまう。
「ん、ぐ、うっ、あ、あ、いっ、ぐ、イクッ、あ、いくぅ、っ」
「ぁ、出てない……もう精子出ない?」
「ふ、あ、あ、っ、わか、ん、ない、い、ぁ、あ、また、くるっ、ゔゔ」
 びしょびしょに濡れた陰茎に触れられ、先端を強く刺激されると射精感とは違う感覚がせり上がってくる。
「あー、漏れちゃ、漏れちゃう、出る、けいくん、出ちゃう」
 これにも抵抗は出来ずに雄大は亀頭から透明の液体を噴出させる。戸賀井は治まるのを待ってはくれず、緩々と腰を使い始める。
「……突く度に噴いてる、可愛い……雄大さん、可愛い」
 甘い声色と共にぶわっと匂いが拡がる。
 戸賀井の香りに包まれながら、恐ろしい程の快楽を身に受けて腰が逃げそうになるが、彼に両足をがっちり抱え込まれて雄大は逃げ場を失う。
 緩慢な動きから徐々に激しくなって、バチュッ、バチュッ、と強い音を伴い戸賀井の腰が打ち付けられる。
 触れられもしていない前からは、揺さ振られる度に体液が飛び散って着ている意味がないほどに雄大のTシャツを濡らす。
「は、あ、はぁ、はっ……あ、う~~っ、イクッ、あ、っ、イクイクッ」
 背を弓なりに反らせると太腿が自分の意思に反して痙攣し始める。これまでにないほどの絶頂感に息が止まりそうになって、戸賀井の指が唇をこじ開けてくれたことで酸欠状態を脱した。
「んああっ、止まんな、ぁ、っ、あ、あ、あ、また、またっ、は、ぁ」
「おれも、イキそ、っ」
 一層激しく奥を突かれて、戸賀井の腰の動きがピタッと止まる。彼が、はっ、と熱の籠った息を漏らした瞬間に中で精液が放たれて雄大はそれでまた達してしまう。
 反った腰をしっかりと持たれ、これ以上入らないという更に先まで侵入しようと戸賀井の腰が擦り付けられる。
 視界にチカチカと火花が散る。瞬きもしていないのにシャッターを押すみたいに視界が白くなったり黒くなったり切り替わって、限界を感じる。
「……雄大さん、好きです。離れたくない」
 上半身にズシッと重みが掛かって、耳元で掠れた声がする。全身が面白いぐらいに震えて、雄大は何とか動かせる片腕を戸賀井の背中に持って行って撫でながら「おれも」と返す。
「好き。圭くんのこと、好き。もう、絶対に離れない」
 戸賀井が甘えて頬を寄せて来る。肌を擽る髪の毛からも甘い香りが漂って、その内に僅かに濡れた感触がして近距離に居る戸賀井に視線を定めると長い睫毛の先に涙の粒が見えた。
「……圭くん、泣いてる?」
「泣いてないです。大人なので泣かないです」
「ははっ、可愛い」
「可愛くないです。可愛いのは雄大さんの方です」
 本人が泣いてないというなら、泣いていないということにしてやろうとその涙を引き受けるようにして雄大の方が目の端から涙を零して戸賀井の唇にキスをする。
 瞼を閉じ掛けながら唇をくっ付けあうと、目を開けるのが何だか億劫になる。
「雄大さん、眠い? 一回寝ようか」
 眠いというよりも、疲れによって意識が引っ張られていく感じだ。
 でもまだ、したいこと、して欲しいことが残っている。
「……うしろ」
「うしろ?」
 雄大は目を擦りながらコクコクと頷いて、「うつ伏せになりたい」と戸賀井に言う。
「雄大さん、うつ伏せ寝する人でしたっけ」
 でもまぁ処理はしやすいか、などと一人で話しながら戸賀井は腰を引き、雄大の要望を聞き入れて体を腹這いの状態にしてくれた。
 ウトウトと頭が上下に揺れる。ベッドが軋む音で、ハッと瞼を持ち上げ、雄大は横を向き目の端に戸賀井の姿を認めると口を開く。
「挿れて、圭くん」
「え……俺もしたいけど、また起きてからにしましょう」
「挿れて、うなじ、噛んでよ」
 これをしなければ、安心して眠ることが出来ない。
「目が覚めた時、君の番になってたい」
 後ろからの返事はない。けれど、言葉で確かめる必要はなく戸賀井が尻の少し下に跨って来て、中が再び開かれる。
「はっ、あっ、噛ん、で、圭くん、っ」
「雄大さんっ、雄大さん」
 背中が重たくなる。覆い被さってくる戸賀井とシーツに挟まれた体は何よりも幸せで、首元に舌が当たり、それがうなじに移動してくるとゾクゾクと昂ぶりが増してくる。
 
 歯が、食い込んでくる。
 雄大の神経は首の後ろに集中していて、戸賀井の歯の動きと共に皮膚が寄っていくと「あっ」と声が漏れる。
 痛みはなく、少しの痺れが体中に拡がって歓喜に震えた。
「圭くん……好き、好きだよ」
 おぼろげな意識の中で戸賀井への気持ちを繰り返し伝えて、幸福感に満たされたまま雄大は眠りに落ちた。


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