因果の糸、断ち切り申す

クリヤ

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第1話 しがみつ鬼

(2)糸の話

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 長屋の板の間には、ざっと見ても七、八体のむくろが転がっている。
 ほとんどが、小さな子ども。
 中には、生まれたばかりにも見える赤ん坊の姿もあった。
 男に一番近い場所には、おなごのむくろがひとつ。
 滅多刺しにされたらしいおなごの血は、土間へと流れ出している。

 「おまえさん、そこに転がっている仏さんたちゃ、お身内かい?」
 「……身内。そう。みんな、あっしと血が繋がっている……」
 「その人は、おまえさんの……おっかさんかい?」
 「おっかさん……? おっかさんは、とっくに、いやしませんよ。
  おとっつぁんが、あの世に逝っちまった時にね。
  一緒に連れてっちまったに違ぇねぇんです」
 「じゃあ、その仏さんは誰なんだい?」
 「これは……、これは。ただのおなご。
  色に狂った、ひとりのおなごでございましょう……」

 巳之吉が男に声を掛けると、普通に返事を返してくる。
 まるで、何事も起きてはいないかのように。

 「おまえさん、このままじゃあ、地獄行きだよ」
 「ははは。それは、覚悟の上でさぁ。
  これまでだって、生き地獄ってぇやつだったんですよぉ。
  今更、この身がどうなろうと構やしねぇんです」

 諦めたように、乾いた笑いで応える男に巳之吉は言う。

 「おまえさんを、ここまで追い詰めた因果の糸。
  その糸を断ち切ることが出来るがァ、どうしやす?」
 「因果の……糸?」
 「そう。俺ァ、おまえさんに絡みついた因果の糸が見えるのさ。
  その糸に操られて、人は誤っちまう。
  糸を絡みつかせているのは、物の怪さね。
  物の怪は、人が苦しむ時に出す邪気が好物でさぁ。
  取り憑かれちまった人は、悪いほう悪いほうへと行っちまう」
 「……それじゃあ、おっかさんも、物の怪のせいで……?」
 「そういうこった。
  初めっから、悪いおっかさんじゃあ無かったはずだぁ」
 「あぁ、あぁ……。そうだ。
  あっしが小せぇ頃なんかは、おとっつぁんと三人。
  花見に行って、団子を食わせてもらった……。
  夏にゃあ、大川の花火を見に行ったりしたっけなぁ」
 「おまえさんの姿を見るになぁ。
  おっかさんも大層綺麗な、おなごだったに違ぇねぇ」
 「そう……。そうだった。
  おっかさんは、小町娘と言われて……。
  嫁にと望まれたのは、ひとりふたりじゃねぇと……。
  おっかさんは、あっしの自慢のおっかさんだったのに……。
  あぁ! おっかさん!
  あっしは、あっしは。なんてことをっ!」

 子どもの頃を思い浮かべて穏やかな表情だった男が、突然、頭を抱える。
 それから、己の手のひらにぬるりとついた血を見て慌て出す。

 「ヒィーッ! あっしは、こんなこと望んじゃあ……。
  たす、けて。た、助けておくんなせぇ!」
 「ようやく、今のおまえさんに気づきなすったかい?
  おまえさんたちに取り憑いた物の怪はねぇ。
  最後に、おまえさんの魂を食わんと狙ってやがる。
  その前に、その因果の糸を断ち切ってやれば、魂は救われる」
 「お頼み申す。どうか、どうにか……。
  この子らも、この子らの魂も救ってやらねぇと……」

 男が辺りを見回して、そこここに転がる子どものむくろを指し示す。
 子どもたちは、母親とは違い、ほとんど乱れた様子は無い。
 何も知らずに見れば、眠っているようにも見える。
 けれど、よくよく見やれば。
 子らの首は、一文字に、ぱっくりと切り裂かれているのが分かる。

 「あぁ、哀れなこった。
  けれど、子らには情けを感じらぁ。
  この子らは、己が死んだことにも気づいちゃいねぇだろう。
  兄、いや、父親としての最後の情けかい?」
 「ああぁぁぁ! 言いたくねぇ! それだけはっ」
 「構わねぇ。因果の糸を辿れば、全てを見ることが出来らぁ。
  おまえさんは、な~んにも言わなくていい」
 「ああ、あぁ。頼む、頼みますよぉ。
  その因果の糸とやら、切っちまってくだせぇ!」
 「承知。けどなぁ、ひとつだけ知っといてくんな」

 因果の糸を断ち切れば、今、起きている惨劇は消えてなくなる。
 糸に巻き込まれた人の魂も救われる。
 けれど、糸に絡みついているのは悪い思い出だけでは無い。
 確かに幸せだった過去さえも。
 もしかしたら、今を生きている自分さえも消え失せてしまう。

 「それでも、構わねぇかい?
  団子も花火も無かったことになるかも知れねぇが」
 「……構わねぇ。今のあっしには、どうせ何も無ぇんだから」

 男の言葉に頷くと、巳之吉は桔梗に向かって目配せをする。
 すると桔梗は、腰に指していた篠笛を静かに引き抜いた。
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