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第2話 ねた魅
(2)初めての客
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「物の怪祓い屋を始めてみちゃ、いけねぇかなぁ?」
そう言い出したのは、巳之吉。
長屋の板の間にゴロリと横になっている。
己の頭の後ろに組まれた両の手のひらは、枕代わり。
脚は伸ばされて、足首のあたりで右を左に乗っけている。
「祓い屋……ですか?」
巳之吉のそばで、袴姿で正座をしているのは桔梗。
板の間だというのに、その姿勢から微動だにしない。
巳之吉の言葉に、困惑の色を浮かべた言葉を返す。
「おうよ。当たり前だがよ?
おまえさんの笛は、ちっとも鳴らねぇだろ?」
「それは、そうです。糸を断たねばならぬようなこと。
そうそうあっては、困りますゆえ」
「まぁ、そうだよなぁ。だけどよ? 笛に呼ばれねぇにしてもだ。
切って欲しい因果の糸ってのもあるんじゃねぇかなぁ。
そう思ってな」
「そこまでして、魂を救いたいと?」
「それもある。俺ァ、早くあの世に行きてぇ。
あいつが、ひとりぽっちで待ってるかと思うとよ?
すまねぇ気持ちになるのよ」
「そう……ですか」
「けどな、それだけじゃあねぇぜ。俺ァ、この世じゃ気づかなかったがよぅ。
今にすりゃ、もし、やり直せてたらってなことは、山ほどあらァ。
だからよぅ。俺がいる間だけでも、助けられるやつァ、助けてぇのよ」
「そんなに、真面目なおかただとは……」
「はははっ! 前は、そんなこと無かったぜ?
放蕩息子を地で行くような暮らしだったしなァ!
親きょうだいを恨んでもいた。俺をこうしたのは、やつらだってなぁ!」
「今は、違うのですか?」
「う~ん。正直言うと、恨みは消えねぇ。けどな。
俺ァ、俺の宝もんを見つけちまったのよ
見つけたと同時に、無くしちまったんだがよぅ。愚かしいことにな。
だがよ? もし、無くすんじゃなくて、生かす道があったら……。
あの時の俺ァ、どうしていただろうなぁって思うのよ」
「……なるほど」
「まぁ、あとは単に、暇ってこともあんだけどな! はははっ」
真面目な話をした己を誤魔化すように、巳之吉が笑う。
桔梗は、そんな巳之吉には分からぬように、そっと唇を噛む。
「それでは冥府へ行き、許しを得て参りましょう」
「そうか。すまねぇな。宜しく頼まァ!
妖かしは、あっちとこっちを行き来出来て羨ましいねぇ」
巳之吉の最後の言葉には答えずに、桔梗はスゥッと消える。
冥府の役人に、物の怪祓い屋を開く許しをもらうために。
*****
物の怪祓い屋の初めての客は、いかつい男だった。
土気色の顔に、血走ったまなこがギラギラと光る。
ボサボサになって艶を失った髪には、白いものがポツリポツリ。
大きな体躯を縮こませ、その肩は落とされている。
何かを背負っているかのような背中のせいで、腰がやや曲がる。
巳之吉が差し出した縁が欠けた湯呑の水を、男はグビグビ飲み干す。
ぷは~っと飲み干した湯呑を床にトンッと置くと、男は口を開いた。
「俺ァ、やっちゃあいけねぇことをやっちまった。
だけど、だけど、俺ァ、そんなつもりは無くって……。
ちょいと……痛い目をみせてやりたかっただけなんだ。
あいつが、調子に乗ってるからよぅ……」
「相手のほうが悪りぃってことかい?」
「あぁ、そうだ。俺ァ、出来の悪いあいつの面倒を見てやって。
それなのに、あいつときたら、俺を立てる気もねぇ」
「そうなのかい?」
「あぁ! だから、つい……。客の噂話を真に受けちまって。
だけど、全部、物の怪のせいなんじゃないかって思うのよ。
あの看板を見た途端に、俺ァ、ピンときたのさ。
俺は悪くねぇ。物の怪のせいに違ぇねぇってな」
「ふぅん……。確かに。
おめぇさんには、蛇みてぇな物の怪が張りついてらぁ」
「やっぱり! やっぱりそうかい! だろう?
あんなことが起こっちまったのは、俺のせいじゃあ無ぇんだ」
ブルブルと震えながらも、必死の形相で巳之吉にすがろうとする男。
巳之吉は、男が伸ばしてきた手をふいっと避ける。
それから、口を開いた。
「おまえさん、物の怪に取っ憑かれていなさるようだ。
さて、おまえさんに絡みついた因果の糸。
俺ァ、断ち切ることが出来るが、どうしやす?」
巳之吉の言葉に、男のまなこに明るい光が宿る。
両の手のひらをこすりながら、男は言う。
「おう、おう! 断ち切っちまってくれよ。
そしたら、俺のこの、気持ち悪りぃのも消えるんだろ?」
「そうだねぇ。けどな。
糸を断っちまえば、その糸に絡みついていた幸せも消えるぜ?」
「幸せだァ? そんなもの、あった覚えは無ぇ。
だから、構いやしねぇ。糸でもなんでも切っちまってくれ」
「……承知」
巳之吉は、そう言うと傍らで話を聞いていた桔梗に目配せをする。
桔梗は、いつものように静かに頷く。
そして、腰に指していた篠笛を引き抜く。
慣れた様子で構えられた篠笛は、妙なる調べを奏でだす。
ピョーロロロ。ピィーーー。
笛の音が流れ出すと、辺りが清浄になったように感じる。
いかつい男も、毒気が抜かれたような顔で、その音を聞いている。
ズルリ、ズルル。
笛の音に導かれるように、糸が男の体から離れだす。
ぐるぐると巻きつき、引き剥がしても剥がれそうにも無かった糸。
その糸が、今は、自らの意思のように男から離れる。
そして、やはり、その場に留まると繭を作り始めた。
紫色のモヤモヤとした繭は、あっという間に人の背丈ほどの大きさになる。
それは、ボワッと怪しげな光を中から発している。
「それじゃあ、行くとするぜ。いいか、桔梗?」
巳之吉がスタスタと繭の中に入っていく。
桔梗は巳之吉の言葉に頷いて、笛を吹きながら、あとを追う。
ふたりの姿は、繭玉の中へと消えていった。
そう言い出したのは、巳之吉。
長屋の板の間にゴロリと横になっている。
己の頭の後ろに組まれた両の手のひらは、枕代わり。
脚は伸ばされて、足首のあたりで右を左に乗っけている。
「祓い屋……ですか?」
巳之吉のそばで、袴姿で正座をしているのは桔梗。
板の間だというのに、その姿勢から微動だにしない。
巳之吉の言葉に、困惑の色を浮かべた言葉を返す。
「おうよ。当たり前だがよ?
おまえさんの笛は、ちっとも鳴らねぇだろ?」
「それは、そうです。糸を断たねばならぬようなこと。
そうそうあっては、困りますゆえ」
「まぁ、そうだよなぁ。だけどよ? 笛に呼ばれねぇにしてもだ。
切って欲しい因果の糸ってのもあるんじゃねぇかなぁ。
そう思ってな」
「そこまでして、魂を救いたいと?」
「それもある。俺ァ、早くあの世に行きてぇ。
あいつが、ひとりぽっちで待ってるかと思うとよ?
すまねぇ気持ちになるのよ」
「そう……ですか」
「けどな、それだけじゃあねぇぜ。俺ァ、この世じゃ気づかなかったがよぅ。
今にすりゃ、もし、やり直せてたらってなことは、山ほどあらァ。
だからよぅ。俺がいる間だけでも、助けられるやつァ、助けてぇのよ」
「そんなに、真面目なおかただとは……」
「はははっ! 前は、そんなこと無かったぜ?
放蕩息子を地で行くような暮らしだったしなァ!
親きょうだいを恨んでもいた。俺をこうしたのは、やつらだってなぁ!」
「今は、違うのですか?」
「う~ん。正直言うと、恨みは消えねぇ。けどな。
俺ァ、俺の宝もんを見つけちまったのよ
見つけたと同時に、無くしちまったんだがよぅ。愚かしいことにな。
だがよ? もし、無くすんじゃなくて、生かす道があったら……。
あの時の俺ァ、どうしていただろうなぁって思うのよ」
「……なるほど」
「まぁ、あとは単に、暇ってこともあんだけどな! はははっ」
真面目な話をした己を誤魔化すように、巳之吉が笑う。
桔梗は、そんな巳之吉には分からぬように、そっと唇を噛む。
「それでは冥府へ行き、許しを得て参りましょう」
「そうか。すまねぇな。宜しく頼まァ!
妖かしは、あっちとこっちを行き来出来て羨ましいねぇ」
巳之吉の最後の言葉には答えずに、桔梗はスゥッと消える。
冥府の役人に、物の怪祓い屋を開く許しをもらうために。
*****
物の怪祓い屋の初めての客は、いかつい男だった。
土気色の顔に、血走ったまなこがギラギラと光る。
ボサボサになって艶を失った髪には、白いものがポツリポツリ。
大きな体躯を縮こませ、その肩は落とされている。
何かを背負っているかのような背中のせいで、腰がやや曲がる。
巳之吉が差し出した縁が欠けた湯呑の水を、男はグビグビ飲み干す。
ぷは~っと飲み干した湯呑を床にトンッと置くと、男は口を開いた。
「俺ァ、やっちゃあいけねぇことをやっちまった。
だけど、だけど、俺ァ、そんなつもりは無くって……。
ちょいと……痛い目をみせてやりたかっただけなんだ。
あいつが、調子に乗ってるからよぅ……」
「相手のほうが悪りぃってことかい?」
「あぁ、そうだ。俺ァ、出来の悪いあいつの面倒を見てやって。
それなのに、あいつときたら、俺を立てる気もねぇ」
「そうなのかい?」
「あぁ! だから、つい……。客の噂話を真に受けちまって。
だけど、全部、物の怪のせいなんじゃないかって思うのよ。
あの看板を見た途端に、俺ァ、ピンときたのさ。
俺は悪くねぇ。物の怪のせいに違ぇねぇってな」
「ふぅん……。確かに。
おめぇさんには、蛇みてぇな物の怪が張りついてらぁ」
「やっぱり! やっぱりそうかい! だろう?
あんなことが起こっちまったのは、俺のせいじゃあ無ぇんだ」
ブルブルと震えながらも、必死の形相で巳之吉にすがろうとする男。
巳之吉は、男が伸ばしてきた手をふいっと避ける。
それから、口を開いた。
「おまえさん、物の怪に取っ憑かれていなさるようだ。
さて、おまえさんに絡みついた因果の糸。
俺ァ、断ち切ることが出来るが、どうしやす?」
巳之吉の言葉に、男のまなこに明るい光が宿る。
両の手のひらをこすりながら、男は言う。
「おう、おう! 断ち切っちまってくれよ。
そしたら、俺のこの、気持ち悪りぃのも消えるんだろ?」
「そうだねぇ。けどな。
糸を断っちまえば、その糸に絡みついていた幸せも消えるぜ?」
「幸せだァ? そんなもの、あった覚えは無ぇ。
だから、構いやしねぇ。糸でもなんでも切っちまってくれ」
「……承知」
巳之吉は、そう言うと傍らで話を聞いていた桔梗に目配せをする。
桔梗は、いつものように静かに頷く。
そして、腰に指していた篠笛を引き抜く。
慣れた様子で構えられた篠笛は、妙なる調べを奏でだす。
ピョーロロロ。ピィーーー。
笛の音が流れ出すと、辺りが清浄になったように感じる。
いかつい男も、毒気が抜かれたような顔で、その音を聞いている。
ズルリ、ズルル。
笛の音に導かれるように、糸が男の体から離れだす。
ぐるぐると巻きつき、引き剥がしても剥がれそうにも無かった糸。
その糸が、今は、自らの意思のように男から離れる。
そして、やはり、その場に留まると繭を作り始めた。
紫色のモヤモヤとした繭は、あっという間に人の背丈ほどの大きさになる。
それは、ボワッと怪しげな光を中から発している。
「それじゃあ、行くとするぜ。いいか、桔梗?」
巳之吉がスタスタと繭の中に入っていく。
桔梗は巳之吉の言葉に頷いて、笛を吹きながら、あとを追う。
ふたりの姿は、繭玉の中へと消えていった。
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