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第2話 ねた魅
(1)物の怪祓い、承り
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あははは。うふふ。ゲラゲラ。こしょこしょ。くすくす。
幾人かの若い男女が、酒を酌み交わしている。
煮物に天ぷら、おでん、田楽、焼き魚、肴も盛りだくさん。
皆が楽しげで、憂いも屈託も感じられない。
……ただひとりを除いては。
宴は、延々と続いていくようにも思われた。
次々に運ばれる酒は、ちろりから猪口へとスイスイ注がれる。
注がれた酒は、クイクイと飲み干され、また猪口は満たされる。
ふわり、と微かな花の香りが場に漂う。
皆の目に映るのは、桃色のようでもあり、薄紅色のようでもある花びら。
心地よく酔わされたのは、酒か、それとも花びらか。
「ぐっ……。うぅ……。ゲポッ。ウゲェ……。かはっ!」
初めに苦しみ出したのは、スルスルと酒を飲み干していた若い男か。
それとも、舐めるように嗜んでいた若いおなごか。
その場にいた誰にも分からない。
「ぐぇ! ……たす、ブエッフッ、ゲフンッ、だれ、ゲフッ」
言葉にならぬうめき声と共に、バタバタと倒れていく。
男もおなごも、皆一様に苦悶の表情を浮かべている。
伸ばされた腕は、虚しく宙を掴む。
かきむしられた喉は、皮膚が裂け、血が滲む。
その口からは沢蟹のように、ぶくぶくと泡が吹き出す。
厠へ行っていて、難を逃れた男がひとり。
端正な顔立ちに、スラリとした体躯の二枚目。
戻ってみれば、先ほどまでの極楽はどこへやら。
目の間に広がる地獄絵図に、目を見開いて、恐れ慄くばかり。
「ヒィッ! なんだ、これは? こいつは、おめぇが?」
後ろから聞こえる声に振り向けば、後じさりする男の姿。
言われた意味が分からず、戸惑う二枚目の男。
直後に、怯えた顔を向けられた先が己だと気づく。
「ち、違ぇ! 俺ァ、やってねぇ! なぁ!」
後じさりする男に伸ばした二枚目の手は、ババッと払われる。
「ヒェッ! ひ、人殺しぃ! おた、お助けっ……」
二枚目の言葉は、男には届かない。
脱げた草履を放っぽり出して、男はワタワタと駆け出していく。
行き先は、番屋に違いない。
なす術もなく、その場に佇む二枚目。
己の陥った苦境の正体を知らぬままに。
*****
カチャン、カチャン。カチッ、カチッ。コンッ、コン。カラリ。
ある長屋から、心地よい音が響く。
藍色の着流し姿の男が、木で作られた台の前に座っている。
台の真ん中には穴が空いており、糸が通されている。
糸の先には、それを巻きつけた木の玉。
男が糸を器用に操ると、木玉がぶつかる軽やかな音が鳴る。
「巳之吉様……」
「お、おう。桔梗か。いつ戻ったんでぃ?」
「たった今にございます」
「おけえり。どうだったぃ?」
「ええ。構わぬとのことでした」
「そうか。良かった。これで、進むといいんだがなぁ」
「はい。……上手なものですね」
「ん? これかい? まぁ、手慰みみてぇなもんだがよ。
小せぇ頃に覚えたもんは、案外忘れねぇんだなァ」
「小さな頃に、このようなことを?」
「あぁ。うちは、糸屋でな。自分とこで組んだ紐も売ってたのよ。
だから、俺もきょうだいたちも組むのを覚えてよぅ」
「糸屋さん……」
「そうだよ。俺ァ、前の顔は、結構、二枚目でよ?
切れ長の、こう、スーッとした目でなぁ。
『糸屋の息子も目で殺す』なんて言われたもんよ」
いつの間にか長屋に現れた紫色の袴姿の男。
男は、足音もさせずにスススと巳之吉のそばに歩み寄る。
木の組台と木玉を興味深げに見て、その音に耳を澄ます。
巳之吉と呼ばれた藍色の着流し姿の男は、手を止めない。
複雑そうな手の動きをくり返していながら、口も動かす。
その動きに見惚れていた袴姿の男。
桔梗と呼ばれた、その男は思い出したように顔を上げる。
「看板には、この墨を使うと良いとのことでした」
「こりゃあ、綺麗な紫色だ。彩墨ってやつか」
「はい。その墨で書かれた字は、必要のある人にだけ見えるとか」
「ははぁん。そりゃあ、いい。おとっつぁん……じゃねぇ。
冥府のお役人様も気が利くじゃあねぇか」
四半時後、巳之吉の長屋の外に看板が打ちつけられる。
それには、輝くような美しい紫色の墨で、こう書かれていた。
『物の怪祓い。因果の糸、断ち切り承り』
*****
ガンガンッ! ドンドンッ! ドンドンドンッ!
その音からも伝わるほどの焦りを含んで、戸が叩かれる。
長屋の戸が、その勢いにガタガタと震える。
「へい、へい、へいっと! そんなに叩かなくとも聞こえてますよっと!」
巳之吉が、軽やかに戸を開ける。
開かれた戸の前で、握ったままのこぶしを構えている男がひとり。
見るからに具合が悪そうな顔は、土気色。
大粒の脂汗が、その額に浮かぶ。
大柄で四角い顔、艶のない髪に無精髭。
お世辞にもいい男とは言えない。
そんな男が、ぬぅっと立っていた。
その男を見た途端、桔梗の顔に緊張が走る。
巳之吉は、そんな桔梗の顔を見て、訪ねてきた男の目的を知る。
とりあえずは、中に引き入れて、事のわけを尋ねる。
「おまえさん、物の怪に取っ憑かれていなさるようだ。
さて、おまえさんに絡みついた因果の糸。
俺ァ、断ち切ることが出来るが、どうしやす?」
ブルブルと震える口で語った男は、巳之吉の言葉に頷く。
巳之吉と桔梗は、目を合わせると男から伸びる糸の行方を追った。
幾人かの若い男女が、酒を酌み交わしている。
煮物に天ぷら、おでん、田楽、焼き魚、肴も盛りだくさん。
皆が楽しげで、憂いも屈託も感じられない。
……ただひとりを除いては。
宴は、延々と続いていくようにも思われた。
次々に運ばれる酒は、ちろりから猪口へとスイスイ注がれる。
注がれた酒は、クイクイと飲み干され、また猪口は満たされる。
ふわり、と微かな花の香りが場に漂う。
皆の目に映るのは、桃色のようでもあり、薄紅色のようでもある花びら。
心地よく酔わされたのは、酒か、それとも花びらか。
「ぐっ……。うぅ……。ゲポッ。ウゲェ……。かはっ!」
初めに苦しみ出したのは、スルスルと酒を飲み干していた若い男か。
それとも、舐めるように嗜んでいた若いおなごか。
その場にいた誰にも分からない。
「ぐぇ! ……たす、ブエッフッ、ゲフンッ、だれ、ゲフッ」
言葉にならぬうめき声と共に、バタバタと倒れていく。
男もおなごも、皆一様に苦悶の表情を浮かべている。
伸ばされた腕は、虚しく宙を掴む。
かきむしられた喉は、皮膚が裂け、血が滲む。
その口からは沢蟹のように、ぶくぶくと泡が吹き出す。
厠へ行っていて、難を逃れた男がひとり。
端正な顔立ちに、スラリとした体躯の二枚目。
戻ってみれば、先ほどまでの極楽はどこへやら。
目の間に広がる地獄絵図に、目を見開いて、恐れ慄くばかり。
「ヒィッ! なんだ、これは? こいつは、おめぇが?」
後ろから聞こえる声に振り向けば、後じさりする男の姿。
言われた意味が分からず、戸惑う二枚目の男。
直後に、怯えた顔を向けられた先が己だと気づく。
「ち、違ぇ! 俺ァ、やってねぇ! なぁ!」
後じさりする男に伸ばした二枚目の手は、ババッと払われる。
「ヒェッ! ひ、人殺しぃ! おた、お助けっ……」
二枚目の言葉は、男には届かない。
脱げた草履を放っぽり出して、男はワタワタと駆け出していく。
行き先は、番屋に違いない。
なす術もなく、その場に佇む二枚目。
己の陥った苦境の正体を知らぬままに。
*****
カチャン、カチャン。カチッ、カチッ。コンッ、コン。カラリ。
ある長屋から、心地よい音が響く。
藍色の着流し姿の男が、木で作られた台の前に座っている。
台の真ん中には穴が空いており、糸が通されている。
糸の先には、それを巻きつけた木の玉。
男が糸を器用に操ると、木玉がぶつかる軽やかな音が鳴る。
「巳之吉様……」
「お、おう。桔梗か。いつ戻ったんでぃ?」
「たった今にございます」
「おけえり。どうだったぃ?」
「ええ。構わぬとのことでした」
「そうか。良かった。これで、進むといいんだがなぁ」
「はい。……上手なものですね」
「ん? これかい? まぁ、手慰みみてぇなもんだがよ。
小せぇ頃に覚えたもんは、案外忘れねぇんだなァ」
「小さな頃に、このようなことを?」
「あぁ。うちは、糸屋でな。自分とこで組んだ紐も売ってたのよ。
だから、俺もきょうだいたちも組むのを覚えてよぅ」
「糸屋さん……」
「そうだよ。俺ァ、前の顔は、結構、二枚目でよ?
切れ長の、こう、スーッとした目でなぁ。
『糸屋の息子も目で殺す』なんて言われたもんよ」
いつの間にか長屋に現れた紫色の袴姿の男。
男は、足音もさせずにスススと巳之吉のそばに歩み寄る。
木の組台と木玉を興味深げに見て、その音に耳を澄ます。
巳之吉と呼ばれた藍色の着流し姿の男は、手を止めない。
複雑そうな手の動きをくり返していながら、口も動かす。
その動きに見惚れていた袴姿の男。
桔梗と呼ばれた、その男は思い出したように顔を上げる。
「看板には、この墨を使うと良いとのことでした」
「こりゃあ、綺麗な紫色だ。彩墨ってやつか」
「はい。その墨で書かれた字は、必要のある人にだけ見えるとか」
「ははぁん。そりゃあ、いい。おとっつぁん……じゃねぇ。
冥府のお役人様も気が利くじゃあねぇか」
四半時後、巳之吉の長屋の外に看板が打ちつけられる。
それには、輝くような美しい紫色の墨で、こう書かれていた。
『物の怪祓い。因果の糸、断ち切り承り』
*****
ガンガンッ! ドンドンッ! ドンドンドンッ!
その音からも伝わるほどの焦りを含んで、戸が叩かれる。
長屋の戸が、その勢いにガタガタと震える。
「へい、へい、へいっと! そんなに叩かなくとも聞こえてますよっと!」
巳之吉が、軽やかに戸を開ける。
開かれた戸の前で、握ったままのこぶしを構えている男がひとり。
見るからに具合が悪そうな顔は、土気色。
大粒の脂汗が、その額に浮かぶ。
大柄で四角い顔、艶のない髪に無精髭。
お世辞にもいい男とは言えない。
そんな男が、ぬぅっと立っていた。
その男を見た途端、桔梗の顔に緊張が走る。
巳之吉は、そんな桔梗の顔を見て、訪ねてきた男の目的を知る。
とりあえずは、中に引き入れて、事のわけを尋ねる。
「おまえさん、物の怪に取っ憑かれていなさるようだ。
さて、おまえさんに絡みついた因果の糸。
俺ァ、断ち切ることが出来るが、どうしやす?」
ブルブルと震える口で語った男は、巳之吉の言葉に頷く。
巳之吉と桔梗は、目を合わせると男から伸びる糸の行方を追った。
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