因果の糸、断ち切り申す

クリヤ

文字の大きさ
22 / 29
第2話 ねた魅

(7)数多の蛇

しおりを挟む
 巳之吉と桔梗、ふたりは、またも放り出される。
 染みを見せ終えた紫色の繭のモヤモヤから、ポイッと放り出される。

 「ったくよぅ、危ねぇったら、ありゃしねぇ!」
 「巳之吉様、そろそろ慣れていただきませんと」
 「わ~かっちゃいるけどよ、つい文句が出ちまうんだよなぁ!」
 「えぇ、まぁ、仕方ありません。それも、あなたの性分ですから」
 「ははは。おめぇも俺のこと、分かってきたじゃァねぇか。
  しっかし、今度もひでぇもんだったなぁ……。
  あの半助ってぇ、二枚目はよぅ。濡れ衣じゃあねぇか」
 「そのようですね」
 「それにしても、人の噂ってのは怖ぇな。
  半助がよぅ、店のおなご連中に手をつけたって?
  そんな様子は無かったよなぁ?」
 「えぇ。専ら、長吉の世話ばかり焼いていたようです」
 「だよなぁ! お嬢さんとは話してたみてぇだったがよ?
  あれも、おめぇが言うみてぇに、付き合っちゃいねぇのかもな」
 「それは分かりませんが、人の噂が怖いのは、その通りかと」
 「なんだ、なんだ。また、あれかい? 人だった時分とやらの」
 「はい。散々聞きましたよ。
  根も葉もない噂話が、真のように語られている様を」
 「まぁ、俺も心当たりがなくも無ぇ。
  『嫌なやつだ、悪りぃやつだ』と聞かされていたやつに会ったらよ?
  とんでもねぇ! いいやつだったってこともあった」
 「噂というのは、まるで物の怪のようですね」
 「『体を持たねぇのに、人を誑かす』ってとこがか?
  あっはっは。桔梗、うめぇこと言うじゃねぇか。
  おっと、こうしちゃいられねぇ! お出ましなすったぜ!」

 巳之吉の言葉に、桔梗が振り向けば、後ろは蛇に囲まれていた。
 真っ黒な体で、金色に輝くまなこが、ギラギラとこちらを見つめる。
 体全体に、青白い鬼火のような炎をまとう。
 チロチロとのぞく長い舌は、紅のように鮮やかな赤色をしている。
 その大きさは、手のひらほど。
 一匹であれば、その辺りでよく見かける蛇と変わりない。
 蛇など、毒さえ持っていなければ、怖いものでもない。
 けれど、目の前の蛇たちの姿は、怖ろしく見える。
 なにせ、数が尋常ではない。
 百、いや、数百にも見える数の蛇が、とぐろを巻いている。

 「うへぇ! 俺ァ、蛇は苦手じゃあねぇけどよ。この数は、いけねぇや」
 「そうですね。全てを始末するとなると、多少の手間が掛かります」
 「いや、そういうことじゃァなくてよ。なんでなんだろうなァ。
  おんなじものが集まると、途端に気持ち悪りぃと思うのはよ?
  そうだ、逃げちまおうぜ! こいつらは無視して、糸を探せばよ?」
 「そう、うまくいくでしょうか?」
 「まぁ、やってみようぜ。三十六計逃げるに如かずって言うだろ?」

 言うなり、巳之吉は着物をからげると、蛇のいないほうに走り出す。
 桔梗も、そのあとに続く。
 桔梗の袴の裾は、全く乱れる様子はない。
 草履を履いた足だけが、スススと動く。

 「どちらに逃げるというのです?」
 「さっきよぅ、蛇どもの後ろっかわに、チラリと見えたのよ。
  紫のボゥッとした光がなぁ! だからよ、ぐるっと回れば。
  蛇どもを倒さなくとも、糸に辿り着けるんじゃねぇか?」

 意気揚々と走り出した巳之吉だったが、あっさりと立ち止まる。
 紫色の霧のようなものに包まれた繭の中。
 どちらが前か後ろかも、すぐに見失ってしまう。
 挙げ句、振り向けば、大量の蛇との間は、少しも縮まってはいない。

 「こりゃ、まずい。蛇どもの後ろっかわが、どこか分からねぇ」
 「この紫色の霧は、物の怪の出す瘴気のようなもの。
  簡単に逃してはくれないと思われます」
 「そうなのかよ? ちくしょう! めんどくせぇが、仕方ねぇ!
  一匹ずつ、どうにかしてくしかねぇ!」
 「どうやるのです?」
 「子どもの頃にやった遊び通りに、やりゃあいい!」

 そう言い放つと、巳之吉は蛇の頭を目掛けて、グシャリと足を踏みおろす。
 それから、尻尾のほうを掴んだかと思うと、己の頭の上でブンブンと振り回す。
 そうして、くたりとなった蛇を、今度は地面にバシバシと叩きつける。
 すると、蛇は、その姿がサラサラと砂のように砕けていく。
 風もないというのに、砂になった蛇は、どこかへと消えていった。

 「ほら、どうでぃ! ざっと、こんなもんよ!」
 「確かに、始末は出来るようですが……」

 桔梗の言葉を聞いているのか、いないのか。
 巳之吉は、手近な蛇を捕まえては、グシャリ。
 それから、ブンブン、バシバシ。……サラサラサラサラ。
 というのをくり返している。

 ところが、この巳之吉の動きに蛇たちも黙ってはいない。
 シュー、シーッ、シューッ、シューッ!
 蛇たちが一斉に、威嚇するような音を出し始める。
 しかし、巳之吉は、それには気づかない。
 蛇を始末することに躍起になっていて、頭に血がのぼっているようだ。

 やがて、蛇たちは、鎌首をもたげた。
 かと思うと、巳之吉目掛けて、一斉に飛び掛かる。
 羽があるわけでも、脚があるわけでもないというのに。
 まさに、飛ぶようにして、蛇たちは巳之吉に咬み掛かる。

 バサバサリッ、ドサドサリッ!
 頭と胴体に分かれた蛇が、己の周りにバラバラと落ちて。
 ようやく巳之吉は、我に返る。

 「うぉっ! なんだ、こりゃあ!」
 「巳之吉様、お下がりを。一匹ずつでは、手に負えませぬ」

 バラバラになった蛇は、桔梗が斬り伏せたものだった。
 いつものように腰から抜かれた篠笛は、長巻へと変げする。
 薙刀のようにも見えるが、よく見れば柄の長い刀。
 己の身の丈よりも大きなそれを、桔梗は軽々と扱っている。
 飛び掛かってくる蛇を、足を後ろに引きながら、左右に薙ぐ。
 巳之吉を己の背に庇うようにして、次々襲いくる蛇を薙ぐ。

 頭が胴から斬り離された蛇は、しばらく、のたうち回る。
 が、すぐに砂のようにサラサラと消えてゆく。

 「こりゃあ、たまげた! おめぇさん、やっぱりすげぇや!」
 「……油断なさらぬよう。数は、力ですゆえ」

 桔梗の言葉に反応するように、蛇たちはジリジリと近づいてくる。
 その数は、すでにかなりの蛇を始末したはずだというのに。
 一向に減ったようには思えない数だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

夜鳴き蕎麦徒然草子

いわん
歴史・時代
日本橋の袂、湯気の向こうに映る江戸の人間模様。 文化四年、江戸。夜の静寂に包まれた日本橋で、一台の夜鳴き蕎麦屋「清吉」に灯がともる。 店主は、寡黙な職人。茹で上げる蕎麦の音と出汁の香りに誘われ、今夜も暖簾をくぐる者たちがいた。 愚痴をこぼす同心、ささやかな祝いを分かち合う老夫婦、故郷を懐かしむ上方者、そして袖口に不穏な汚れをつけた訳ありの男……。 店主は何も聞かず、ただ淡々と蕎麦を差し出す。 冬の夜から春一番が吹く頃まで。 風鈴の音とともに流れる、切なくも温かい十の物語。 一日の終わりに、江戸の粋を味わう「蕎麦」の人情連作短編。 2026/01/23、全10話。完結しました。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...