ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第二章 動き出す狂気【過去 宝田羽衣】

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 谷のことを置いて逃げるのは無責任だろうか。いいや、谷には忠告したのだ。焚き付けたことは認めるが、しかしやめておいたほうがいいと忠告もした。それなのに、格好をつけたくて先に進んだのは谷である。

「悪くないよね。私は――悪くないよね?」

 誰に問うでもなく、そして自分に言い聞かせるかのごとく呟く羽衣。だって、谷のいいところが見たかったのだもの。弱々しい女子を彼の前で演じてみたかったのだもの。あわよくば――なんてことも考えていた。羽衣にとってミノタウロスの森は、遊園地のお化け屋敷と同じ。アトラクションにすぎなかった。そのアトラクションで人が行方不明になったのだ。一緒にいた人間が、助けを求めるべく、先にお化け屋敷を出るのは当然のことだ。

 まだ森の入口であり、山肌に沿っていながらも、そこまで急斜面にはなっていない。けれども、三歩目を踏みしめた時、羽衣は嫌な予感を抱いた。たまたまなのであろうが、羽衣が足を踏み出した先がぬかるんでいたらしい。踏み出した足が前方へと放り出される。もちろん、残された足でバランスを取らねばならないわけだが、そうも簡単にバランスなんて取れやしない。結果、そのまま仰向けになる形で羽衣は宙に舞った。

 覚悟はしていたが、それなりの衝撃が体に走る。ミノタウロスの森は危ないから入ってはいけない。それは、別にオカルトじみた理由とか、そんなものではなく、単純に地形が入り組んでいるからなのか。斜面が多く、羽衣のように転んでしまう人が多発するからなのか。その理由が物理的なものに由縁してしまうのはガッカリであるが、なんだかそのような気がしてきた。

 地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬だけだか息ができなくなった。呼吸ができるようになると、慌てて大量の空気を吸い込む。怪我はしていても打撲程度なのであろうが、ペンライトも放り投げてしまったせいで、辺りは真っ暗だ。

 頭では分かっている。冷静に起き上がって、斜面を下のほうに向かえば、ミノタウロスの森を出ることができる。分かってはいるが、目の前に広がる鬱蒼とした木々に、立ち上がることさえできない。

 もういっそこと、このままでいてやろうか。そうすれば、後から来たみんなが見つけてくれることだろう。そんなことを考え始めた時、またしても茂みが激しく揺れる音が聞こえた。起き上がれないと思っていたが、その音に半身を反射的に起こした羽衣。少し向こうに転がっているペンライトの明かりを見つける。
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