1 / 49
紅茶の香りと沈黙
1話 曇り空の向こうに
しおりを挟む
ルシアンは、ベネルク伯爵家の出身である。
だが、オメガとして生まれたことで、その立場は幼い頃から脅かされ、冷たい目を向けられていた。
父には「跡を継げぬ者に価値はない」と言い放たれ、母からは「男のオメガでは、良い縁談など望めない」と、ため息混じりに告げられた。
——家にいても、彼の居場所などどこにもなかった。
いま、こうして馬車に揺られているのは、数日前に母から「良い縁談が決まった」と告げられたのがきっかけだ。
その相手の名を聞いたとき、ルシアンの胸はわずかに波立った。
相手は——レオニス・カレドール。
幼い頃、社交界の場で何度か見たことがあり、助けて貰った事がある。
ほんのひとときだったが、その優しさに触れた記憶は、今も胸の奥に残っている。
だが、彼にはすでに愛する相手がいたはずだ。
数年前に結婚し、子にも恵まれたと聞いている。
それなのに、なぜこの縁談が成立したのか——。
そう疑問に思ったのも束の間のことだった。
廊下の陰から、両親が話しているのを偶然耳にしてしまったのだ。
「大金を積んだ甲斐があった」
「側室の線でまとまりそうよ」
……そんな言葉が、否応なく鼓膜を打った。
彼は、カレドール公爵家の現当主。
相手があのレオニスであることに違いはない。——だが、これは縁談ではない。
売買だ。
大金と引き換えに、利用価値のない男のオメガを手放す。
父も母も、いつだって見ているのは金と体裁ばかりだった。
「いい家に嫁げ」
「男のオメガには価値がない」
そう繰り返されてきた言葉が、今なお胸を締めつける。
馬車の車輪が泥道をとどろかせ、揺れが一段と大きくなる。
その振動に、ルシアンはそっと目を伏せた。
……昔から、ずっと孤独だった。
今も、馬車の窓にもたれながら、重たげな曇り空をぼんやりと見上げている。
車輪の揺れに合わせてカーテンがかすかに揺れ、窓の外には、濁った空と色を失った森が流れていく。
小さくため息をつき、白い指先が、膝の上でぎゅっと組まれた。
だが、オメガとして生まれたことで、その立場は幼い頃から脅かされ、冷たい目を向けられていた。
父には「跡を継げぬ者に価値はない」と言い放たれ、母からは「男のオメガでは、良い縁談など望めない」と、ため息混じりに告げられた。
——家にいても、彼の居場所などどこにもなかった。
いま、こうして馬車に揺られているのは、数日前に母から「良い縁談が決まった」と告げられたのがきっかけだ。
その相手の名を聞いたとき、ルシアンの胸はわずかに波立った。
相手は——レオニス・カレドール。
幼い頃、社交界の場で何度か見たことがあり、助けて貰った事がある。
ほんのひとときだったが、その優しさに触れた記憶は、今も胸の奥に残っている。
だが、彼にはすでに愛する相手がいたはずだ。
数年前に結婚し、子にも恵まれたと聞いている。
それなのに、なぜこの縁談が成立したのか——。
そう疑問に思ったのも束の間のことだった。
廊下の陰から、両親が話しているのを偶然耳にしてしまったのだ。
「大金を積んだ甲斐があった」
「側室の線でまとまりそうよ」
……そんな言葉が、否応なく鼓膜を打った。
彼は、カレドール公爵家の現当主。
相手があのレオニスであることに違いはない。——だが、これは縁談ではない。
売買だ。
大金と引き換えに、利用価値のない男のオメガを手放す。
父も母も、いつだって見ているのは金と体裁ばかりだった。
「いい家に嫁げ」
「男のオメガには価値がない」
そう繰り返されてきた言葉が、今なお胸を締めつける。
馬車の車輪が泥道をとどろかせ、揺れが一段と大きくなる。
その振動に、ルシアンはそっと目を伏せた。
……昔から、ずっと孤独だった。
今も、馬車の窓にもたれながら、重たげな曇り空をぼんやりと見上げている。
車輪の揺れに合わせてカーテンがかすかに揺れ、窓の外には、濁った空と色を失った森が流れていく。
小さくため息をつき、白い指先が、膝の上でぎゅっと組まれた。
36
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
無自覚オメガとオメガ嫌いの上司
蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。
ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、
ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。
そして、なぜか課長にキスされてしまい…??
無自覚オメガ→小国直樹(24)
オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ
第一部・完
お読みいただき、ありがとうございました。
第二部
白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。
プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。
相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。
第三部
入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。
第四部
入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。
直樹が取引先のアルファに目をつけられて……
※続きもいずれ更新します。お待ちください。
直樹のイラスト、描いてもらいました。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
異世界からきた青年医師に恋する剣士の こじらせ片想い〜紫になるまで〜
素麺えす
BL
「俺以外の誰かに恋なんてしないで⋯⋯」
「この世界で、ずっと貴方を守るから⋯俺だけをその青で癒して」
《犬系甘々剣士×猫系クーデレ医師》
気ままに旅する赤髪の剣士ロティルカレアは、異世界からやってきたという医師の青年カヤミと治療院で出会う。
あまり愛想のないカヤミだが、治療等をしてもらい関わっていく中で、たまに見せてくれる表情や優しさに惹かれ、ロティルは恋におちてしまった⋯⋯!
好き過ぎて片想いを拗らせ 一喜一憂する日々。それでも2人の距離は少しづつ縮まり⋯⋯
赤髪×青髪=紫 その過程を描くボーイズラブコメです。
○じっくり恋愛中心(後々 絡みアリ)
○旅や剣や薬草、異種族等は出てきますが、日常メインで冒険ファンタジーではないです。
魔王もいません⋯(敵対人間は有り)
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる