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紅茶の香りと沈黙
4話 はじめての優しさ、そして予感
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いつも一人だった。
別館の扉を叩くのは、決まった時間に食事を運んでくるメイドだけ。
誰かが話しかけてくることも、声をかけられることもない。
——実家にいた頃の孤独とは、また違っていた。
あの頃は疎まれ、冷たい視線を向けられていた。
けれど今は、まるで最初からこの世に存在していないかのように、誰からも顧みられない。
時折、屋敷の奥から子どもの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
そのたびに、胸の奥がじくりと疼いた。
そんな夜は、特に眠れなかった。
「男のオメガは、子を産む以外に価値はない」
そう言われ続けてきた。
それなのに、今の自分には、子どもも、愛される妻の席もすでに埋まっている相手しか与えられていない。
——私には、何の役割もないのではないか。
誰にも必要とされないこの日々は、いったいいつまで続くのだろう。
朝が来ても、何も変わらない。
日が暮れても、誰の気配もしない。
そんなある日だった。
部屋に昼食を運んできたメイド長のハンナが、トレーを置いたあと、いつもとは違う気配でルシアンに向き直った。
「ルシアン様……もし、お暇を持て余していらっしゃるようでしたら」
「よければ、手芸など、部屋でできるものをご用意いたしますが……いかがでしょう」
思いがけない気遣いに、ルシアンは一瞬言葉を失った。
その目に映るハンナの表情は、どこか申し訳なさそうで、けれどほんの少しだけ、温かかった。
「……お願いします」
そう口にすると、久しぶりに自分の声が誰かに届いたような気がした。
ハンナは優しかった。
手芸に不慣れなルシアンにも丁寧に寄り添い、
「これはこうするのですよ」と微笑みながら教えてくれる。
少しでもうまくできれば、
「お上手ですわ」と、まるで小さな子どもに言うような柔らかな声で褒めてくれた。
メイド長として日々忙しいはずの彼女が、こうして時間を割いてくれることは、ルシアンにとって何よりの救いだった。
ハンナに教わった刺繍や編み物をしながら、ルシアンは少しずつ、落ち着いて日々を過ごすようになっていた。
そんな静かな午後のことだった。
廊下に小走りの足音が響いたかと思うと、別館の扉が控えめに叩かれた。
現れたのは、まだ若いメイドで、息を整えながら一通の手紙を差し出した。
「ルシアン様……こちら、奥様からのお手紙です」
「……奥様?」
不意に告げられたその言葉に、ルシアンの指先がかすかに震えた。
封を切り、手紙を広げると、丁寧な筆跡が目に飛び込んできた。
⸻
突然のお手紙、どうかご容赦くださいませ。
私、レオニスの妻、レティーナと申します。
ぜひ一度、ルシアン様とお話をしたく、このように筆を取らせていただきました。
明後日のティータイム、ご一緒いただけませんでしょうか。
⸻
読み終えた瞬間、ルシアンの顔から血の気が引いた。
——ああ、きっと「この家から出ていってほしい」と言われるのだ。
いや、それとも遠回しに嫌味を言われるのか。
自分がこの家にいることが迷惑だと、そう告げられるのでは……。
悪い想像ばかりが次々と浮かび、ルシアンの胸を冷たい不安が締めつける。
落ち着いていたはずの日々が、音を立てて崩れていくようだった。
別館の扉を叩くのは、決まった時間に食事を運んでくるメイドだけ。
誰かが話しかけてくることも、声をかけられることもない。
——実家にいた頃の孤独とは、また違っていた。
あの頃は疎まれ、冷たい視線を向けられていた。
けれど今は、まるで最初からこの世に存在していないかのように、誰からも顧みられない。
時折、屋敷の奥から子どもの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
そのたびに、胸の奥がじくりと疼いた。
そんな夜は、特に眠れなかった。
「男のオメガは、子を産む以外に価値はない」
そう言われ続けてきた。
それなのに、今の自分には、子どもも、愛される妻の席もすでに埋まっている相手しか与えられていない。
——私には、何の役割もないのではないか。
誰にも必要とされないこの日々は、いったいいつまで続くのだろう。
朝が来ても、何も変わらない。
日が暮れても、誰の気配もしない。
そんなある日だった。
部屋に昼食を運んできたメイド長のハンナが、トレーを置いたあと、いつもとは違う気配でルシアンに向き直った。
「ルシアン様……もし、お暇を持て余していらっしゃるようでしたら」
「よければ、手芸など、部屋でできるものをご用意いたしますが……いかがでしょう」
思いがけない気遣いに、ルシアンは一瞬言葉を失った。
その目に映るハンナの表情は、どこか申し訳なさそうで、けれどほんの少しだけ、温かかった。
「……お願いします」
そう口にすると、久しぶりに自分の声が誰かに届いたような気がした。
ハンナは優しかった。
手芸に不慣れなルシアンにも丁寧に寄り添い、
「これはこうするのですよ」と微笑みながら教えてくれる。
少しでもうまくできれば、
「お上手ですわ」と、まるで小さな子どもに言うような柔らかな声で褒めてくれた。
メイド長として日々忙しいはずの彼女が、こうして時間を割いてくれることは、ルシアンにとって何よりの救いだった。
ハンナに教わった刺繍や編み物をしながら、ルシアンは少しずつ、落ち着いて日々を過ごすようになっていた。
そんな静かな午後のことだった。
廊下に小走りの足音が響いたかと思うと、別館の扉が控えめに叩かれた。
現れたのは、まだ若いメイドで、息を整えながら一通の手紙を差し出した。
「ルシアン様……こちら、奥様からのお手紙です」
「……奥様?」
不意に告げられたその言葉に、ルシアンの指先がかすかに震えた。
封を切り、手紙を広げると、丁寧な筆跡が目に飛び込んできた。
⸻
突然のお手紙、どうかご容赦くださいませ。
私、レオニスの妻、レティーナと申します。
ぜひ一度、ルシアン様とお話をしたく、このように筆を取らせていただきました。
明後日のティータイム、ご一緒いただけませんでしょうか。
⸻
読み終えた瞬間、ルシアンの顔から血の気が引いた。
——ああ、きっと「この家から出ていってほしい」と言われるのだ。
いや、それとも遠回しに嫌味を言われるのか。
自分がこの家にいることが迷惑だと、そう告げられるのでは……。
悪い想像ばかりが次々と浮かび、ルシアンの胸を冷たい不安が締めつける。
落ち着いていたはずの日々が、音を立てて崩れていくようだった。
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