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紅茶の香りと沈黙
18話 冷たい決断、熱い誓い sideレオニス
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レオニスはソファに身を預け、目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは――まだ屋敷に来たばかりの、あの小さく怯えたルシアンの姿だった。
自分は、あの子の何を見ていたのだろうか。
どうして、あんなにも距離を置いてしまったのだろう。
━━━━
重苦しい空気の中、レオニスは深く息をつき、母親の言葉を聞いていた。
「カレドール家のためよ。彼の家との繋がりが、今後の地盤をより強固にしてくれるわ」
その言葉は、もう何度目か分からない。
母はいつだって、息子の意思より己の利益を優先するのだ。
「私は――もう家庭がある。レティーナがいる。ユリウスも。
なぜ、今さら“側室”など必要だというのです」
そう訴えても、母の顔色は微動だにしなかった。
「決まった話よ。彼は男のオメガ。正式に迎えれば、文句を言える者などいないわ」
レオニスは、無力感と怒りと――そして、ひどく苦い同情を感じていた。
男のオメガ――貴族社会では希少で、正妻になることはほとんどない。
さらに、結婚が破談になれば、実家に戻ることさえ難しく、社会的地位も失われる。
それを、貴族として育ったレオニス自身が最もよく知っていた。
(そんな理不尽な社会で、わざわざ彼を側室として迎え入れる決定をする母の気が知れない……)
こんな理不尽なことを、母は平然と進めてしまったのだ。
「縁談を破棄するわけにはいかない……?
……ふざけるな」
言いたい気持ちは山ほどあった。
だが、背後にいる“政敵”たちの動きや、家門の圧力――
現実はそれを許さなかった。
(……せめて、せめて彼が“ここに来る”ときに、不安にならないようにだけはしよう)
そう誓って、レオニスは席を立った。
幼い頃、社交界で何度かルシアン・ベネルクを見かけたことがあった。
いつも隅にいて、落ち着かない様子だった。
男のオメガは珍しく、噂にされやすい立場だ。
あのときのことを覚えているのは、単にその場で目に入ったからに過ぎない。
それでも、今度は自分がその子と関わることになる――そう思うと、黙ってはいられなかった。
馬車の扉が開くと、庭の向こうからユリウスが駆けてくるのが見えた。
小さな足で一生懸命に走り、満面の笑みで父に飛びつく。
「おかえりなさい、おとうさま!」
「……ただいま、ユリウス」
この小さな命と、その笑顔を守りたくて、レオニスはこの屋敷を支えている。
それだけは、絶対に変わらない事実だった。
玄関先でレティーナが微笑みながら立っていた。
夫の顔を見て、そっと手を差し伸べる。
「……お疲れさま。あの話、決まってしまったの?」
レオニスは頷くしかなかった。
夜、ユリウスを寝かしつけた後。
いつもより重い空気が、二人の寝室を包んでいた。
「側室を迎えることになる。……男のオメガだ」
レティーナは目を伏せながらも頷いた。
「私にも、ある程度話は届いていたわ。
ただ……その方の意思は?」
「――ない。母が勝手に進めた話だ。彼の家も断れる立場ではない」
「……酷い話ね」
「それでも、君の体にも影響があるかもしれない。
だから、事前に伝えておきたかった」
しばしの沈黙。
やがてレティーナはゆっくり顔を上げた。
「心配しているのは体じゃないわ。あなたが、その方とどう向き合うか――それだけ。」
レオニスは目を見開き、少し言葉を失った。
レティーナは続ける。
「その方のお家のことは、社交界の噂で聞いたことがあるの。
男のオメガは使えないものと……」
「その方は、きっと家に捨てられるように送り込まれてくるのでしょう?
なら、あなたが“最初の味方”になってあげて。
……私は、同じオメガとしてそれを望んでいるわ」
レオニスは、強く頷くことができなかった。
それほどまでに――まだレティーナ以外の誰かを受け入れる覚悟ができていなかった。
瞼の裏に浮かぶのは――まだ屋敷に来たばかりの、あの小さく怯えたルシアンの姿だった。
自分は、あの子の何を見ていたのだろうか。
どうして、あんなにも距離を置いてしまったのだろう。
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重苦しい空気の中、レオニスは深く息をつき、母親の言葉を聞いていた。
「カレドール家のためよ。彼の家との繋がりが、今後の地盤をより強固にしてくれるわ」
その言葉は、もう何度目か分からない。
母はいつだって、息子の意思より己の利益を優先するのだ。
「私は――もう家庭がある。レティーナがいる。ユリウスも。
なぜ、今さら“側室”など必要だというのです」
そう訴えても、母の顔色は微動だにしなかった。
「決まった話よ。彼は男のオメガ。正式に迎えれば、文句を言える者などいないわ」
レオニスは、無力感と怒りと――そして、ひどく苦い同情を感じていた。
男のオメガ――貴族社会では希少で、正妻になることはほとんどない。
さらに、結婚が破談になれば、実家に戻ることさえ難しく、社会的地位も失われる。
それを、貴族として育ったレオニス自身が最もよく知っていた。
(そんな理不尽な社会で、わざわざ彼を側室として迎え入れる決定をする母の気が知れない……)
こんな理不尽なことを、母は平然と進めてしまったのだ。
「縁談を破棄するわけにはいかない……?
……ふざけるな」
言いたい気持ちは山ほどあった。
だが、背後にいる“政敵”たちの動きや、家門の圧力――
現実はそれを許さなかった。
(……せめて、せめて彼が“ここに来る”ときに、不安にならないようにだけはしよう)
そう誓って、レオニスは席を立った。
幼い頃、社交界で何度かルシアン・ベネルクを見かけたことがあった。
いつも隅にいて、落ち着かない様子だった。
男のオメガは珍しく、噂にされやすい立場だ。
あのときのことを覚えているのは、単にその場で目に入ったからに過ぎない。
それでも、今度は自分がその子と関わることになる――そう思うと、黙ってはいられなかった。
馬車の扉が開くと、庭の向こうからユリウスが駆けてくるのが見えた。
小さな足で一生懸命に走り、満面の笑みで父に飛びつく。
「おかえりなさい、おとうさま!」
「……ただいま、ユリウス」
この小さな命と、その笑顔を守りたくて、レオニスはこの屋敷を支えている。
それだけは、絶対に変わらない事実だった。
玄関先でレティーナが微笑みながら立っていた。
夫の顔を見て、そっと手を差し伸べる。
「……お疲れさま。あの話、決まってしまったの?」
レオニスは頷くしかなかった。
夜、ユリウスを寝かしつけた後。
いつもより重い空気が、二人の寝室を包んでいた。
「側室を迎えることになる。……男のオメガだ」
レティーナは目を伏せながらも頷いた。
「私にも、ある程度話は届いていたわ。
ただ……その方の意思は?」
「――ない。母が勝手に進めた話だ。彼の家も断れる立場ではない」
「……酷い話ね」
「それでも、君の体にも影響があるかもしれない。
だから、事前に伝えておきたかった」
しばしの沈黙。
やがてレティーナはゆっくり顔を上げた。
「心配しているのは体じゃないわ。あなたが、その方とどう向き合うか――それだけ。」
レオニスは目を見開き、少し言葉を失った。
レティーナは続ける。
「その方のお家のことは、社交界の噂で聞いたことがあるの。
男のオメガは使えないものと……」
「その方は、きっと家に捨てられるように送り込まれてくるのでしょう?
なら、あなたが“最初の味方”になってあげて。
……私は、同じオメガとしてそれを望んでいるわ」
レオニスは、強く頷くことができなかった。
それほどまでに――まだレティーナ以外の誰かを受け入れる覚悟ができていなかった。
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