この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと沈黙

19話 君のための場所 sideレオニス

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レティーナには、最初に「彼の味方になってあげて」と頼まれていた。
だが――そんな心の準備はできていなかった。
愛する妻がいる。最愛のレティーナと息子のユリウス。
そこに新たに“側室”が来るという現実に、どう向き合えばいいのか、まだ答えは出せずにいた。

しかも彼――ルシアンが本館で生活することになれば、私やレティーナ、ユリウスと接することになる。
その環境は彼にとっても辛いものになるのではないかと考えた。

ならば――別館を用意すべきだろう。

少し小さめの離れにして、落ち着いて過ごせるように。
そんなことを考えていると、そばにいたセバスが口を開いた。

「旦那様がいつもお疲れの折、息を吐いておられるのは、緑の中でお一人になられている時でございました。
でしたら、そうした安らぎの場をイメージして別館を整えるのはいかがでしょう。
嫁いで来られる方にとっても、落ち着ける場所になるかと存じます」

なるほど、と私は静かに頷いた。
草木の匂い、風の音、木漏れ日の揺らぎ――緑に囲まれていると、心まで軽くなる気がする。

ならば、草花を豊かに植え、自然の中で身を置ける静かな別館にしよう。
彼は喜んでくれるだろうか。少しでも笑顔を見せてくれるだろうか。

まだ会ったこともない彼の安らぎを願う自分――それも、アルファとしての本能なのだろうか。

その日、私は仕事を休み、セバスと共に自ら彼を出迎えるつもりだった。
レティーナも「あなたがいないと、きっと彼は緊張や不安になると思うわ」と言い、私もそうだと頷いた。
少しでも彼が安心できるよう、メイドたちにも静かに対応するよう指示していた。

だが――その大事な日に、母がやらかした。
他の貴族との問題処理で、朝から私は後始末に追われる羽目になった。

ああ、なぜよりによってこの日なのか――。
この時の私はまだ知らなかった。
その“すれ違い”が、後にどれほどの痛みと悔恨を生むことになるのかを。

ようやく母の騒動をひとまず片付け、屋敷に戻れたのは夕餉の時刻を少し過ぎた頃だった。

(遅くなってしまった……)

彼は、不安になってはいないだろうか――。
そう思いながら、ノックの手を焦るように打ち、扉を開けた。

通されたのは、本館の客間の一室。
初対面で話すには少し堅い場所かもしれない。

「失礼する」

言いながらも、頭の中は混乱していた。
(セバスかハンナを連れてくればよかった……)
二人とも夕食の支度で忙しいだろうと遠慮したが、こういう時こそ誰かがいてくれた方がよかった。

目の前にいたのは、美しい青年だった。
繊細で、儚げな空気を纏い、心地よい甘い香りが漂う。
胸がざわつき、理性では抑えきれない衝動が静かに波打った。

私が言葉を発せずにいると、彼の方から戸惑いながら一歩前へ進み、深く頭を下げた。

「……本日より、お世話になります。ルシアン・ベネルクと申します」

誠実で控えめな挨拶だった。
私は軽く息を吐き、慎重に口を開く。

「この縁談は、母が一方的に決めたものだ。
 私には既に妻がいる。息子もいる」

ルシアンは微動だにせず、ただじっと私の言葉を聞いていた。

「断ることも考えたが、君の家からの条件提示、そして母の強引さで、私の意志は通らなかった」

私は心の中で呟いた――
(君をどうこうしたいわけではない。こんな縁談に巻き込まれてしまった君に、申し訳ないと思っている)

「私は妻を愛している。家庭を乱すつもりはない。
 ただ、君は正式に“嫁いできた”以上、発情期の対応を求められれば応じるつもりだ」

(拒絶するつもりはない。必要なら誠実に応える。それがせめてもの礼儀だ)

「妻や息子にオメガのフェロモンの影響が及んでは困る。
 君には屋敷の離れ、別館に滞在してもらう」

(妻もオメガだ。君と接して互いの本能に振り回されれば、辛い思いをするだろう)
(息子もまだ幼い。フェロモンにさらすには早すぎる)

だからこそ、緑豊かで静かな別館を整えた。
少しでも彼が安心して過ごせるよう――それだけは配慮したつもりだった。

ルシアンは静かに頷き、その仕草に私は安堵した。

「……あとは執事のセバスに聞いてくれ」

時間がない。
また母が何かやらかす前に、早く戻らねば――。

私はため息を一つ、重く吐き、廊下へ向かった。
すれ違いざま、控えていたセバスに声をかける。

「……セバス。ルシアンのことを頼む。私はまた母のところへ戻る」

背を向けたままそう言い、重い足取りで政務と母の混乱の渦へと戻っていった。
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