この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと沈黙

20話 香りに癒されて sideレオニス

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ようやく母の件がひと段落し、久しぶりに屋敷へ戻ると、レティーナが柔らかく微笑んで迎えてくれた。

「おかえりなさい、レオニス。お疲れさま」

その穏やかな声に、ほっと胸をなでおろす。

けれど、次に告げられた言葉が胸に小さな棘のように突き刺さった。

「今日ね、ルシアン様と少しお茶をご一緒したの。でも……笑顔が、とても少なかったの」

顔を上げると、レティーナが静かに視線を落としている。

「ずっと不安そうで……“自分はこの家にいていいのか”って、謝られてしまったわ」

――なんてことだ。

あれほど気を配ったつもりだった。
自然の多い別館を用意し、使用人の出入りも最小限にした――つもりだった。

――“つもり”だけでは、何も伝わっていなかった。

「……別館からも、出ないそうよ。きっと、自分には“出る資格がない”と思っているのね」

レティーナの言葉が、胸に重くのしかかる。

彼が笑えなかったのは、安心していなかったからだ。

「レオニス。ちゃんと、彼に言葉をかけてあげて。きちんと話してあげて」

その一言が、背中を押した。

「……ありがとう、レティーナ。今から彼のところへ行ってくる」

そう告げるものの、廊下を進む足取りはどこか重い。

(今さら、どんな顔をして会えばいい……?)

別館の扉が見えてくる。
胸の奥で、謝りたい気持ちだけが膨らんでいく。

ノックする指先が、わずかに震えているのが自分でもわかった。

「どうぞ」

返事とともに、ドアが静かに開かれる。

ルシアンは驚いたように私を見つめた。
無理もない。不意に訪ねてくれば、当然の反応だ。

「……少し、いいか。部屋に……上がらせてくれないか」

ようやく絞り出した言葉。
彼は黙って頷き、私を招き入れてくれた。

静かに差し出された紅茶の湯気を見つめながら、何を話せばいいのか、言葉を探す。

「……今日は、どんなふうに過ごしていた?」

自分でも呆れるほど、取り繕った問いだった。

(なぜ、こんなことしか言えない……)

ルシアンはそっと頭を下げた。

「……レティーナ様と、お茶をさせていただきました」

そのとき、彼の表情がわずかに和らいだように見えた。

(……よかった)

「……そうか。楽しかったか?」

カップに目を落としながら、静かに問いかける。

「さっき、妻から君のことを聞いた」

「……こんな場所に閉じ込めるつもりはなかった。ここでは自由に過ごしていいと、メイドたちにもそう伝えていた……つもりだった」

「でも……どうやら、まるで伝わっていなかった。……すまなかった」

その言葉が口をついて出た瞬間、ほんの少しルシアンとの距離が縮まった気がした。

彼は戸惑いながら、そっと俯いた。

「……そうなんですね」

掠れた声が返る。
その震えが、胸を締めつけた。

私はその姿を見つめ、できる限り優しい声で続けた。

「これからは、好きな時に外に出て構わない。別館にこもる必要はない」

「何かしたいことがあれば、遠慮なくメイドに伝えてくれ」

ルシアンは、小さく頷いた。

(……よかった)

ほんのわずかでも、彼の気持ちが和らいでくれたなら、それだけで救われるような気がした。

だが次の瞬間、彼の顔に一瞬だけ影が差す。
まるで――「なぜ、もっと早く言ってくれなかったのか」と言われているようで、胸が痛む。

(……きちんと話そう)

「……言い訳にしかならないが」

「君が来た日、母の問題で急きょ城へ呼び出された。顔を合わせたのは一瞬で、すぐに出なければならなかった」

「それからの日々も政務に追われ、屋敷に戻る余裕がなかった」

「……だから、君の暮らしがそんなにも不自由になっていたことに、まったく気づけなかった」

俯きながら静かに続ける。

「今日、ようやく帰ってきて……妻から全部聞かされた」

「これもただの言い訳だ。本当に……すまなかった」

どれだけ謝っても、足りない気がした。

(君はずっと一人で、不安を抱えていたのに……)

言葉にできない感情が胸を満たしていく。

それでも、こうしてルシアンと静かに向き合えたことが、何より嬉しかった。

わずかでも、誤解が解けたのなら。

言葉は慎重で、表情もまだ固い。
それでも、心の距離がほんの少し近づいた気がした。

そして、不意に思い出す――彼の香り。

あたたかくて、やさしくて、どこか懐かしい。

(……やはり、好きな匂いだ)

張りつめていた神経が、ふっと緩む。
癒される――自然と胸に広がる感覚だった。

――はっ。

(……いけない。もう、こんな時間か)

話し込んでいたせいで、時間の感覚が曖昧になっていた。

私は立ち上がり、ルシアンに静かに声をかけた。
「……もう行く。無理はしなくていい」

ルシアンは小さく頷き、まだ座ったままこちらを見つめている。
その背中に、温かさが残ったまま別館を後にした。

外に出ると、夜の気配が静かに広がっていた。
冷たい風が頬を撫で、辺りは薄暗くなっている。
小さく息をつきながら、私は呟いた。
「……急がないと」

庭を通り、本館へ向かう足取りを早める。
レティーナとユリウスが、もう食事を待っているのだ。
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