47 / 49
紅茶の香りと決意
13話 橙の灯のもとで
しおりを挟む
食事が終わる頃、アレクの迎えが屋敷へとやって来た。
「俺はレオニスの家に泊まる!」
そう言い張る彼を、執事たちが慣れた手つきで半ば引きずるように連れていく。
「……あいつはいつもああなんだ。済まないな」
レオニスが苦笑混じりに息を吐くと、ルシアンは小さく首を振った。
「いえ、とても明るくて……素敵な方でした」
その隣で、ユリウスとユリルクが楽しそうに手を振る。
「バイバーイ!」
「次は泊まっていってもいいですよー!」
無邪気な声に、ルシアンは思わず笑みをこぼした。
レオニスも肩の力を抜いたように、微かに微笑む。
「さて――子供たちはお風呂に入って寝る準備をしなさい」
二人が「はーい」と元気に返事をし、ハンナに手を引かれて浴室へ消えていく。
残された静寂の中、レオニスがふと声を落とした。
「ルシアン。……少し話をしよう」
静かな響きに、ルシアンは姿勢を正した。
「はい」
二人は書斎へと向かう。
夜の屋敷には、控えめな足音だけが響いていた。
━━
扉が閉じられると、外の音が遠ざかる。
暖炉の火がぱちりと弾け、橙の光が室内を優しく染めた。
レオニスは机のそばに立ち、黙ったままルシアンを見つめる。
その沈黙に、ルシアンの鼓動が静かに速まる。
「……アレクの話を聞いていただろう」
「はい。社交界に出席を、という話でしたよね」
「そうだ」
レオニスは腕を組み、視線をわずかに逸らした。
「私は君と共に出席したいと考えている。だが、この国にはまだ“男のオメガ”への偏見が残っている。君をそんな場に立たせることに、迷いがある」
彼は一度言葉を切り、静かに息を整えた。
「だから――君自身の意志を聞かせてほしい」
ルシアンは一瞬だけ視線を落とし、胸の前で手を重ねる。
橙の灯が指先を淡く照らし、長い影を壁に落とした。
「……私のような者が、男のオメガで、第2夫人という立場で……その場に立っていいのか、少し不安です」
小さくため息を吐きながら、ルシアンは目を伏せる。
「……ですが、以前レオニス様が仰ってくださいました――“君は俺の妻であり、愛する人だ”と」
その言葉を口にすると、胸の奥が温かくなる。
ルシアンはゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「ですから……もし、レオニス様が望まれるのなら、私は傍にいたいと思います」
レオニスの瞳がわずかに揺れ、静かに細められる。
「……ルシアン」
レオニスの瞳が静かに揺れ、穏やかな息が零れた。
「……ありがとう。無理をしていないか?」
「無理なんてしていません。私がここにいるのは、レオニス様の隣だからです」
その言葉に、レオニスはそっとルシアンの頬へ手を伸ばした。
橙の光が二人を包み、夜の静寂が柔らかく降りていく。
━━
レオニスはルシアンの頬に触れたまま、微笑み、静かに唇を寄せた。
「……君がそう言ってくれて、本当に嬉しい。ありがとう」
柔らかな声が落ちる。
ルシアンは少し頬を染め、視線を逸らした。
やがてレオニスは静かに口を開いた。
「――もうひとつ、話しておきたいことがある」
炎の影が揺れ、彼の瞳に深い影を落とす。
「アレクが、隣国の王子に恋をしたらしい」
唐突な告白に、ルシアンが小さく目を見開く。
「その王子は……男のオメガだそうだ」
レオニスは机の縁に指を添え、低く続けた。
「この国では、まだ偏見が根強い。
だが私は、公爵家の当主として、その価値観を変えたい。
“男のオメガを正妻として迎え、堂々と隣に立たせる”姿を示すことで」
ルシアンは静かに耳を傾けていた。
暖炉の音だけが、ふたりの間を満たす。
「これは、私個人の願いでもある」
レオニスの声が、静かに柔らかく響く。
「君を――誰よりも愛し、誇りに思っている。
ルシアン。私は、君を正式に第1夫人、正妻として迎えたい」
ルシアンは息を呑んだ。
レオニスは続ける。
「母はまだ君を認めていないが、必ず説得する。君を守ると誓う」
その言葉に、ルシアンの瞳が静かに潤んだ。
「私は……とても嬉しいです。
ですが……レティーナ様は、よろしいのですか?」
部屋の空気がわずかに揺れ、レオニスは短く目を伏せた。
「……彼女はこの世界にもういないが、心の中ではずっと共にある。
そして――君のことも、愛している。
年甲斐もなく、君に恋をしているんだ」
レオニスは少し照れたように笑い、肩をすくめた。
「……こんな優柔不断な男は、嫌かい?」
ルシアンは目を瞬かせ、やがてふっと柔らかく微笑んだ。
「……いいえ。
もし、ここでレティーナ様を蔑ろにしていたら……
きっと私は、レオニス様のことを嫌いになっていたと思います」
ふたりの間に、静かな火の音だけが響く。
その夜、書斎には、未来を照らす穏やかな誓いの灯がともっていた。
「俺はレオニスの家に泊まる!」
そう言い張る彼を、執事たちが慣れた手つきで半ば引きずるように連れていく。
「……あいつはいつもああなんだ。済まないな」
レオニスが苦笑混じりに息を吐くと、ルシアンは小さく首を振った。
「いえ、とても明るくて……素敵な方でした」
その隣で、ユリウスとユリルクが楽しそうに手を振る。
「バイバーイ!」
「次は泊まっていってもいいですよー!」
無邪気な声に、ルシアンは思わず笑みをこぼした。
レオニスも肩の力を抜いたように、微かに微笑む。
「さて――子供たちはお風呂に入って寝る準備をしなさい」
二人が「はーい」と元気に返事をし、ハンナに手を引かれて浴室へ消えていく。
残された静寂の中、レオニスがふと声を落とした。
「ルシアン。……少し話をしよう」
静かな響きに、ルシアンは姿勢を正した。
「はい」
二人は書斎へと向かう。
夜の屋敷には、控えめな足音だけが響いていた。
━━
扉が閉じられると、外の音が遠ざかる。
暖炉の火がぱちりと弾け、橙の光が室内を優しく染めた。
レオニスは机のそばに立ち、黙ったままルシアンを見つめる。
その沈黙に、ルシアンの鼓動が静かに速まる。
「……アレクの話を聞いていただろう」
「はい。社交界に出席を、という話でしたよね」
「そうだ」
レオニスは腕を組み、視線をわずかに逸らした。
「私は君と共に出席したいと考えている。だが、この国にはまだ“男のオメガ”への偏見が残っている。君をそんな場に立たせることに、迷いがある」
彼は一度言葉を切り、静かに息を整えた。
「だから――君自身の意志を聞かせてほしい」
ルシアンは一瞬だけ視線を落とし、胸の前で手を重ねる。
橙の灯が指先を淡く照らし、長い影を壁に落とした。
「……私のような者が、男のオメガで、第2夫人という立場で……その場に立っていいのか、少し不安です」
小さくため息を吐きながら、ルシアンは目を伏せる。
「……ですが、以前レオニス様が仰ってくださいました――“君は俺の妻であり、愛する人だ”と」
その言葉を口にすると、胸の奥が温かくなる。
ルシアンはゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「ですから……もし、レオニス様が望まれるのなら、私は傍にいたいと思います」
レオニスの瞳がわずかに揺れ、静かに細められる。
「……ルシアン」
レオニスの瞳が静かに揺れ、穏やかな息が零れた。
「……ありがとう。無理をしていないか?」
「無理なんてしていません。私がここにいるのは、レオニス様の隣だからです」
その言葉に、レオニスはそっとルシアンの頬へ手を伸ばした。
橙の光が二人を包み、夜の静寂が柔らかく降りていく。
━━
レオニスはルシアンの頬に触れたまま、微笑み、静かに唇を寄せた。
「……君がそう言ってくれて、本当に嬉しい。ありがとう」
柔らかな声が落ちる。
ルシアンは少し頬を染め、視線を逸らした。
やがてレオニスは静かに口を開いた。
「――もうひとつ、話しておきたいことがある」
炎の影が揺れ、彼の瞳に深い影を落とす。
「アレクが、隣国の王子に恋をしたらしい」
唐突な告白に、ルシアンが小さく目を見開く。
「その王子は……男のオメガだそうだ」
レオニスは机の縁に指を添え、低く続けた。
「この国では、まだ偏見が根強い。
だが私は、公爵家の当主として、その価値観を変えたい。
“男のオメガを正妻として迎え、堂々と隣に立たせる”姿を示すことで」
ルシアンは静かに耳を傾けていた。
暖炉の音だけが、ふたりの間を満たす。
「これは、私個人の願いでもある」
レオニスの声が、静かに柔らかく響く。
「君を――誰よりも愛し、誇りに思っている。
ルシアン。私は、君を正式に第1夫人、正妻として迎えたい」
ルシアンは息を呑んだ。
レオニスは続ける。
「母はまだ君を認めていないが、必ず説得する。君を守ると誓う」
その言葉に、ルシアンの瞳が静かに潤んだ。
「私は……とても嬉しいです。
ですが……レティーナ様は、よろしいのですか?」
部屋の空気がわずかに揺れ、レオニスは短く目を伏せた。
「……彼女はこの世界にもういないが、心の中ではずっと共にある。
そして――君のことも、愛している。
年甲斐もなく、君に恋をしているんだ」
レオニスは少し照れたように笑い、肩をすくめた。
「……こんな優柔不断な男は、嫌かい?」
ルシアンは目を瞬かせ、やがてふっと柔らかく微笑んだ。
「……いいえ。
もし、ここでレティーナ様を蔑ろにしていたら……
きっと私は、レオニス様のことを嫌いになっていたと思います」
ふたりの間に、静かな火の音だけが響く。
その夜、書斎には、未来を照らす穏やかな誓いの灯がともっていた。
35
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
無自覚オメガとオメガ嫌いの上司
蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。
ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、
ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。
そして、なぜか課長にキスされてしまい…??
無自覚オメガ→小国直樹(24)
オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ
第一部・完
お読みいただき、ありがとうございました。
第二部
白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。
プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。
相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。
第三部
入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。
第四部
入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。
直樹が取引先のアルファに目をつけられて……
※続きもいずれ更新します。お待ちください。
直樹のイラスト、描いてもらいました。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
異世界からきた青年医師に恋する剣士の こじらせ片想い〜紫になるまで〜
素麺えす
BL
「俺以外の誰かに恋なんてしないで⋯⋯」
「この世界で、ずっと貴方を守るから⋯俺だけをその青で癒して」
《犬系甘々剣士×猫系クーデレ医師》
気ままに旅する赤髪の剣士ロティルカレアは、異世界からやってきたという医師の青年カヤミと治療院で出会う。
あまり愛想のないカヤミだが、治療等をしてもらい関わっていく中で、たまに見せてくれる表情や優しさに惹かれ、ロティルは恋におちてしまった⋯⋯!
好き過ぎて片想いを拗らせ 一喜一憂する日々。それでも2人の距離は少しづつ縮まり⋯⋯
赤髪×青髪=紫 その過程を描くボーイズラブコメです。
○じっくり恋愛中心(後々 絡みアリ)
○旅や剣や薬草、異種族等は出てきますが、日常メインで冒険ファンタジーではないです。
魔王もいません⋯(敵対人間は有り)
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる