この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと決意

12話 光と家族の輪

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ルシアンはユリウスとともに屋敷へ戻った。
出迎えたハンナはいつものように穏やかな笑みを浮かべていたが、屋敷の中はどこか慌ただしい。
使用人たちが忙しなく行き交い、廊下には低いざわめきが満ちている。
 
「……みんな忙しそうだね」
思わず口をついた問いに、ハンナは落ち着いた声で答えた。

「実は、数刻前に城から使いが来まして――王弟殿下、アレクサンドル様が今夜こちらにいらして、晩餐をご一緒されるとのことです」
 
その言葉に、ルシアンの胸が小さく跳ねた。
(……アレクサンドル殿下。たしか、レオニス様のご友人で……)
 
緊張の色を読み取ったのか、ハンナは優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。殿下はとても気さくなお方です。私もそばにおりますから」

その穏やかな声に、張り詰めた心が少し和らぐ。
「……ありがとう、ハンナ。心強いよ」
 

身支度を整えた頃、玄関先に馬車の音が響いた。
扉の方へ向かうと、レオニスとユリルクが帰宅するところだった。
ユリウスが駆け寄り、明るい声で出迎える。その隣でルシアンも笑みを浮かべたが、次の瞬間、レオニスの腕に引き寄せられる。

「え……レオニス様?」
驚く間もなく、彼の胸元に顔を埋める形になった。
レオニスは耳元で静かに息を吐く。

「……君が家にいてくれて、本当に良かった」
 
「え……あの、レオニス様、お疲れですか?」
突然の抱擁に戸惑うルシアンの耳元で、レオニスは深く息を吐いた。

その声に、ルシアンの頬が熱を帯びる。
ユリウスが割り込むように抱きつき、ユリルクの小さな手も伸びた。
温かなぬくもりが重なり、緊張がゆるやかに解けていく。
 
そんな和やかな空気の中、背後から軽やかな声が響いた。
「おほん、ほのぼのしたところ悪いが……そろそろ俺に紹介してくれないか?」
 
声の主を見た瞬間、ルシアンははっと息を呑む。
陽光を思わせる金の髪、王族特有の気品を纏った青年――アレクサンドル殿下だ。
 
「……初めまして。ルシアンと申します。この国を照らす光に、心よりご挨拶申し上げます」

慌てて深々と頭を下げると、アレクは明るく笑って手を振った。
「そんなにかしこまらなくていい。今は公の場でもないしな」
 
レオニスが横で小さくため息をついた。
「こいつがアレクだ。王族だと思わなくていい。いい加減な男だから」

「おいおい、その紹介はひどいぞ」
アレクは愉快そうに笑い、肩をすくめた。
その軽やかなやり取りに、ルシアンの頬が自然とゆるむ。
(……本当に仲のいい方たちだ)
 
「こんばんは! アレクサンドル殿下!」
ユリウスが一歩前に進み、背筋を伸ばして声を張る。

「おお、元気がいいな!」
アレクは笑みを浮かべ、ユリウスの頭を軽く撫でた。

笑い声が広がり、緊張の糸がふっとほどけていく。
そのタイミングで、セバスが静かに現れた。
「皆様、食事の準備が整っております。どうぞ食堂へ」

━━━

晩餐の席は、柔らかな光と香りに包まれていた。
アレクは盃を手にしながら、どこか楽しげに語り出す。

「隣国で仕事が続いてな。ようやく帰ってきて、こうしてルシアンに会えたのが嬉しいんだ」
 
その声に、ルシアンは思わず姿勢を正す。
すると、アレクがユリウスへ視線を向けた。
「それに、こんな可愛い天使たちにも会えたしな!」
 
ユリウスは真剣な顔で首をかしげる。
「……僕、天使じゃないよ。人間だよ?」

思わず吹き出したのはルシアンだった。
笑いを堪えきれずに顔を覆うと、レオニスまで肩を震わせる。
その笑い声が、食卓の空気を一層柔らかくした
 
ルシアンは盃を手に取りながら、ふと口を開く。
「こうしてお話ししていると、本当にご兄弟のようですね。レオニス様のこんな笑顔、あまり見たことがありません」
 
レオニスはわずかに照れくさそうに視線を逸らし、それでもやさしくルシアンを見つめる。
空気が甘くやわらいでいく。

アレクはその様子にため息をつき、ユリウスへ小声で囁いた。
「なぁ……あの二人、いつもこんな調子なのか? 空気が砂糖みたいに甘いんだが」

「おさとう……? よく分かんないけど、父上とお母様が仲良しなのは、いつものことだよ!」
にこにこと答えるユリウスに、アレクは思わず苦笑する。

「……まぁ、お子様には分からんか」
アレクは苦笑を漏らし、盃を傾ける。
(……なるほど。本気で愛しているんだな)
 
━━━

やがて彼が思い出したように手を叩いた。
「そういえば、今度城で社交界があるんだ。ぜひルシアンにも出席してほしい」
 
その言葉に、ルシアンの動きが止まる。
(……社交界? 王族や貴族が集う場所に、僕が?)

レオニスが低く言葉を挟む。
「おい。まだその話はしていない。勝手に進めるな」

アレクは悪びれもせず、にやりと笑った。
「どうせ言い出せなかっただろ、おまえ」

「余計な口を出すな」
短く返すレオニスに、ルシアンは戸惑いながらも視線を上げる。
アレクの目には、どこか真剣な光が宿っていた。

「君に少し協力してほしいことがあるんだ。詳しくは後で話すけど――この国の未来に関わる、大切なことだ」

空気がわずかに張りつめた。
ルシアンの胸の鼓動が速まる。
(協力……? 僕にできることが、あるのだろうか)
 
レオニスが静かに口を開く。
「アレク。ルシアンを困惑させるな。話すべきことは私が話す」

アレクは素直に頷き、盃を置いた。
「わかったよ。……後は任せる」

ルシアンは緊張を抱えたまま、そっと口を開いた。
「……もし、私にできることがあるのなら。お話を伺いたいです」

そのまっすぐな瞳を受け止め、レオニスの表情がわずかにやわらぐ。
「……ありがとう。食事の後で、ゆっくり話そう」

ルシアンは小さく頷き、胸の前で指を組んだ。
そのやり取りを見ていたアレクは、どこか安心したように笑う。

アレクは安堵の息をつき、盃を掲げた。
「いい返事が聞けそうでよかった。じゃあ今夜は乾杯だな」

レオニスも無言で杯を掲げる。
二人のグラスが軽く触れ合い、澄んだ音が響いた。

それはまるで、静かに運命が動き始めた合図のようだった。
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