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第1章
アレンの過去1 アレンside
しおりを挟む〝助けて〟
そう言って当然のように助けた貰えるのは、この世で一握りの人間だけだと言う事を知っている。
この世界は人の定めた階級社会で成り立っている。主に上流階級、中流階級、下層階級。下層階級でも社会階級は何段階かに分かれているが、だいたいは普通の平民だ。貧困層はそのうち30%いると言う。
けれども、その貧困層よりも下の階級にいるのが、獣人で、人に飼われた獣人は言わば人では無く物。奴隷となる。
そして
人と獣人の混血には人にも獣人の群れにも居場所はなかった。
わたしには弟が居た。その弟の見た目は獣人そのもの。
そう、わたしには獣人の血がまざっている。それもちょっと珍しい。混血種の母と人間の父との間に生まれたクオーターだった。
獣人の群れにはバレてしまうから交われない。だから、誤魔化しやすい人間との生活をしていた両親はそれまであまり不自由は無かったという。
母は混血種だけど、見た目は人間と何らかわらなかったからバレる事なく生活して来たとの事だった。
その言葉どおり、わたしも同じく下層階級の平民の子として生まれ育った。
だけど、わたしが7歳の頃。
弟が生まれてから状況は変わってしまった。
見た目を見ると獣人そのもの。狼の耳に尻尾。そして身体も弱かった。わたし達家族は弟を隠して育てる事にした。
それが家族の為、弟の為だったから。
ある日両親が、家に帰ってこなくなった。
原因はこの時わからなかった。だけど、家を家宅捜索しに来た衛兵の姿に、両親は良くないことをして捕まったのだと悟らざるを得なかった。
3歳になった弟に深く帽子を被せて、抱えると雪の積もる中をひたすら走った。
走って逃げるうちに寒さとまともな物を食べられない状況に弟が体調を崩したので、街に並ぶ家々に食べ物を乞うた。
穢らわしいと追い払われておわった。
そして行きついた先には教会があった。
外は寒くて、弟はまた熱を出したから、外で寝るのは忍びなかったわたしは教会の戸を叩いて助けを乞うた。
〝弟の熱が悪化しているのです。どうか助けてください〟
神父は貧しいものにも優しくて、安堵し神に感謝した。
通された部屋で着替えの服をもらって、弟を着替えさせお医者様がもう直ぐ来ると伝えに部屋に来た神父は弟の姿を見てから態度が一変した。
「…君は人の姿。だけど弟が獣人?まさか、君達は混血種かい?」
人の良さそうな神父に問いかけられて、その時のわたしは素直に頷いた。この神父なら、教会に招き入れた時同様に「可哀想に、もう大丈夫」と言ってくれる気がしていたから。
そうだ認めよう。この時わたしは世の中を甘く見ていた。
混血種と言うものがこの世でどんな物なのか。知っていたのに。
「正体を偽り、教会へ入り込もうなど神への冒涜だ!
皆!悪魔の子が紛れ込んだぞ!!早く抹殺せねば!!!」
豹変した神父の言動に自分の判断ミスを直ぐに悟り、弟を抱えて再び外に逃げた。ただの人間が、わたしの足に追いつく事もない。
だけど、熱が悪化してゆく弟には早く治療が必要だった。
ダメ元で色んな家に助けを求めた。だけど、その度逃げるしか無くなった。
弟を見せるとどんな優しそうな人間も嫌悪を示した。
兄弟だと名乗ると余計にその目は厳しい。
どれ程逃げる縋るを繰り返しただろう。周りにはどれ程惨めに写っていただろう。
どんなに考えても、この状況での打開策が見つからぬまま。
もう、気付けば弟は腕の中で虫の息だった。
途方に暮れている場合では無いのに、わたしは路地裏に蹲った。
もう自分も動く限界に来ていたのだ。
「こんな所に、汚い、あっちへ行け!」
人間の男に蹴りを入れられながらも、人を見て、希望など無いと知りながらその口は助けを求めた。
「た…すけ。て。」
助けてください、弟が死にそうなんです。
お医者様を。誰か。
「おい、おまえその腕に持ってるのまさか獣人の…っ」
「いたっ!」
男の蹴りが尚も入る筈だった。だけど衝撃は無くて、少女の悲鳴が上がり、わたしの目の前に尻餅をつく人の姿が目に入る。
一目でわかった。綺麗な艶のあるピンクゴールドの髪に、清潔感のある肌。下層階級である者達ではお目にかかる事など滅多に無いであろう。中流階級…否、その身なりは明らかに上流階級。つまり貴族のそれだった。
上流階級は下層階級である者達にとって雲の上の人。
男は混乱しているのか、あまりに場違いな彼女の姿に恐れを抱いているのか、先程とうってかわって土下座をした。
「も、申し訳ございません!!どうか、命だけは!命だけはっっ!!どうかご慈悲を!」
まだ小さな子供が相手。だけど、ヒエラルキーは絶対な世界で
上流階級の方々にしたら下層階級の人間等無に等しい。
それなのに、この男は上流階級の令嬢に蹴りを入れてしまった恐怖で震えている。
先程まで、恐ろしかった男の姿は何処にもない。ただ其処に縮こまっていた。
少女はそんな男に言った。
「いやよ。ゆるさない!またこんど、わたしの、しつじをつれてくるんだからね!」
何がこれから起きるのか、恐怖で引きつる男を他所に、少女はくるりと振り向いて、汚い地面に膝をついてわたしを覗き込む。
「けが、してる。」
小さな女の子の、小さくて綺麗な手が頬にあたる。
「お…れより。弟が。」
助けて、弟を助けてくれ。
お願いだ。お願いだから。誰か。
だけど心の何処かで、無理だと諦めがついていた。
彼女は上流階級だ。下層階級でも顔をしかめてしまう程のものを、助けて貰える道理がない。
わたしの抱えて居るものに獣の耳が生えて居るのを目にうつして、彼女が息を呑むのがわかった。
「これは…。」
ダメだやっぱり、人で無ければこんなにも生きづらいのか。この上混血種とばれたなら。
今度こそ殺されてしまうかもしれない。
逃げなければ。
でも、もう足が思うようには動かない。
「ゆるし…「はやく、はやくじぃに見せないと。」
許しを乞おうとしたわたしの言葉を遮って、少女はその瞳に涙を浮かべてから、その場をかけ出した。
何処に、行ったのだろう。この時は足りない思考でそんなことを考えた。
それが分かったのは、いつの間にか手放した意識が再び戻ってからだった。
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