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公爵令嬢の手
しおりを挟むそんなこんなで、勇者はユウフェの治療を受けるようになった。まずは傷を負ってから何日も洗えていなかった背中を清潔なタオルで拭かれている。
(…。これじゃまるで夫婦……)
勇者は頭をブンブン横に振って邪念を払う。
(この人は俺とは違う世界の人だ。高潔で、眩しくて。対象じゃない――はずなのに)
とは言っても、チャプチャプとタオルを水に浸す音が室内に響き、傷口に触れないようタオルでそっと背中を拭かれる空間がどうにもむず痒い。
沈黙に耐えられなくなった勇者は、思わず聞いた。
「どうして、ユウフェ殿は…「私の事はユウフェとお呼びください」
「…どうして、ゆ…(公女だぞ。俺は元平民だ。出来るかそんなこと…)」
「………」
(でも、この人はそんな事、初めから考えて無い。
…拘っている俺の方が、おかしい…のか…)
「ユウフェ…は、何故俺の事をそんなに知っているんだ?
屋敷の管理に困ってるだろうことや、傷を負っている事とか。昨日会ったばかりなのに」
痒い所に手が届くと言うのだろうか。今まで強引に感じる展開にも思えるが、出会い頭から俺の困るであろう事、全てに手を貸して負担を軽減している。
まるで初めから困る事がわかっているみたいに。
俺の事だけじゃ無くて、オルフェに聞いた自領での活躍。
貴族の令嬢として流されて生きていたなら、治癒師と言う職業にも興味はないだろうし、そもそも、そう言う職種がある事も知らないだろう。だけど、彼女は自分が関わる人間に大いに助けになるだろう知識を予め知っていたかのように身に付けている。
「もしかしてユウフェは、予言者のスキルがあるのか?」
稀に、未来を見通すスキルを持つものが居るという。だが、それは絶滅危惧種の存在で、未来が見えても断片的なものだと聞くが…。
ユウフェは一度だけ息を吸い込んだ。
「いいえ、私には特殊な力など何一つありません。
魔力も、ヒーラーが使えるとは言え、人の痛みを和らげる程度のものです」
「なら何で、俺の困る事が予測できるんだ?」
「予測出来るのでは無く、知っているんです。
私は、この後に起こる事も」
「知っている?」
「私は1度死に、生まれ変わっているのです。此処は私が前世で読んでいたファンタジー小説の世界。貴方は主人公で、私はサブヒロインなんです」
「……?生まれ変わり…。小説の世界?」
にわかには信じられないけれど、ユウフェは嘘をつくような人に見えない。何より、今までの行動を見ていると、納得してしまう所もある。〝ファンタジー〟とか〝サブヒロイン〟の意味は全然わからないけど。ユウフェの前世では当然にある言葉なんだろう。
「だから、これからも安心してください勇者様。貴方を辛い目に合わせないよう、私は全力を尽くします!」
「俺、辛い目に合うの?」
「いいえ!私がそうはさせません。
私が貴方を全力で守ります!!」
(その台詞は男が女に言う台詞だと思うんだけどなぁ…)
そんな事を考えていると、背中にヒンヤリと冷たい感触がしてビクッと身体が反応する。如何やら、身体を拭き終わって塗り薬を塗り始めたようだ。
ヌルヌルした感覚がして、薬ごしに、ユウフェの細く柔らかい指の感触がする。
「……っ」
「?勇者様、傷口が痛むのですか?」
ユウフェは後ろからひょこりと顔を覗きこむと、頬を赤くして口元を押さえながら勇者は思わず視線を逸らした。
「な、何でもない。少しこそばゆかっただけ」
(……なんでこんなに意識してるんだ俺)
「ふふっ。勇者様もこそばゆいのは苦手なんですね。
実は私もなんですよ」
「……」
「でも、もう少し耐えてくださいね!
治りの早くなる薬草を注ぎ足したお薬を塗り込んで居ますから。この上から私のヒーラーの力で効果の促進と痛み止めをしたら完璧ですから!」
ニッコリ笑うユウフェから顔を背けて、勇者は呟くように言った。
「うん、よろしく頼むよ」
顔に熱が集まっているのが自分でも分かる。
後ろで作業を再開したユウフェの指が触れるたびに、勇者は何処かこそばゆくて、胸の鼓動が少しずつ早まっていた。
ーピトッ
手のひら全体が背中に触れた。
驚いた勇者の胸の鼓動が、どきっと大きく跳ねて頬があからむ。
じわりと薬が浸透していき、傷の奥にあった鈍い痛みがすっと引いていく。
「では、ヒーリングをしますね!」
そう言ってから暫くして、傷口に塗られた液体が身体に浸透してくるのが分かった。
傷口全体が心地良くて、治りの遅かった背中の痛みがひいて行く。
(凄いな…)
自分の出来る事を、地道に、効果的に積み重ねきたからこそ出来る事なのだろう。足りない力を知識で補い、持てる才能が小さな物でも、その知識と融合する事で最大限生かしている。
彼女が〝戦場に舞い降りた天使〟と言われる所以がわかった気がする。
(……。今日は、ぐっすり眠れるんだろうな…)
勇者はぼんやりとそんな事を考えた。
(……ユウフェのおかげで)
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