【完結】異世界で出会った戦友が、ゼロ距離まで迫ってくる! ~異世界の堅物皇子は、不具合転移者を手放せない~

墨尽(ぼくじん)

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最終章 そこに踏み入るには

第229話 一つの可能性

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◆◆◆
 
 大蛇に襲われた日から数日後。光太朗は終雪殿の庭にいた。

 光太朗は紅柑の木に手を伸ばし、そこに実っていた果実をもぎる。そしてそのまま齧り付くと、冷たさと酸味に身を震わせた。しかしこの酸味が何とも言えない。
 紅柑は皮が甘く、実の部分はほどよく酸味があって美味しい。光太朗はこの果実がお気に入りになり、一色の庭に入っては紅柑を食べている。

 口をもぐもぐさせながらその場に座り、光太朗は手元の地図に視線を落とした。ザキュリオの地図の上を指でなぞって、何度も頭の中でシミュレーションを繰り返す。

(橋は出来た。……あっちが動いたら、次に進めるな)

 ここ数日、光太朗はリーリュイの事を考えないように、常に次の事を考えている。

 リーリュイに助けられたあの日、光太朗の熱は直ぐに下がった。リーリュイは流石だと思いつつ、口には出せない。
 彼に依存することはもう出来ないのだ。


 光太朗が黙々と考えていると、複数の足音が聞こえてきた。目線を上げると、一色の庭にぞろぞろと男たちが入ってきている。
 揃いも揃って屈強そうな男たちばかりで顔も厳ついが、光太朗にとっては見慣れた人たちだ。
 彼らは神燐一族で、この国の要人たち専属の護衛である。

 男たちの中心にいるのは、朱色の髪を緩く束ねた男性だ。女性と見紛うほどの美しい容姿で、屈強な男に守られている姫のようにも見える。
 光太朗は立ち上がると、その男性へ向けて手を振った。

「カディールさん、お久しぶりです!」
「! クジロさん、そこにおられましたか!」

 光太朗を見つけると、カディールが花咲くように微笑む。光太朗はその眩しさに思わず仰け反った。
 カディールはそこいらの美女よりも確実に美しい。そんな彼が微笑むと、破壊力が凄いのだ。

「……くぅ、カディールさんの笑顔が、今日も眩しい」
「クジロさんも、今日も麗しいですよ」

 カディールの言葉に苦笑いで返しながら、光太朗は一色の屋敷を見遣った。静かなところを見ると、一色はまだ寝ているのかもしれない。

 一色の伴侶であるカディールは、南の首都を拠点にして公務をこなしている。一色の拠点であるここ終雪殿と南の首都はかなり遠いため、2人は離れて暮らしているのだ。
 しかしこうしてカディールは、神燐一族に乗ってしょっちゅうこちらへやってくる。一色が南に行く日もあるので、別居しているとは言い難い。

(一色さんの伴侶がカディールさん、番が峨龍さん。……3人の仲ってどんなもんなんだろ……)

「……一色さん、まだ寝てるみたいですね」

 光太朗はそう言うと、手に持っていた紅柑に齧りついた。それを見ていたカディールが目を瞬かせる。

「クジロさん、それ……良く食べれますね。私は砂糖で煮たものしか食べられません」
「そうですか? 美味しいですけど……すっぱあまくて」
「いや、すごく酸っぱいはずです……」

 カディールは人差し指を折って自身の唇に寄せ、少しだけ首を傾げる。そして光太朗の顔をまじまじと見つめた。

「……クジロさん、痩せましたね。顔色も良くない。ちゃんと食べてますか?」
「ああ……。それが最近、体調が悪いことが増えて……あんま食えてない、かも」
「胃がむかむかするとか、あります?」

 光太朗は「ああ」と声を漏らすと、手に持っていた紅柑を見た。最近はこの果実ばかり口にしているせいか、胸焼けがする。
 胸焼けがすると、更に他の食べ物を受け付けなくなってしまう。そして結局紅柑を食べてしまうという、負のループに陥っていた。

「これを食べ過ぎて、胃腸の調子が狂ってるのかも……」
「吐いたことは?」
「あります。でも吐けばすっきりするし……」

 目の前のカディールが、どんどん深刻そうな顔へと変わっていく。何となくまずいと思った光太朗は、一歩後退った。しかしカディールは光太朗を追うように一歩踏み出す。

「……クジロ。正直に答えてください。……谷主と性交渉しましたか?」
「え、淵龍と? いや誓って、していませんが……」

 いきなり話が斜め上へ浮上し、光太朗は困惑した。以前一色にも問われたことがあるが、アゲハと光太朗は健全な主従関係だ。

 しかし光太朗の答えにカディールは納得できていないようだった。眉根の皺が更に深くなり、何かを思案するかのように顔を傾げる。

「……では……神燐一族の誰かと、性交渉しましたか? 神獣の血が濃いといえば……そうですね……峨龍の子らとの性交渉はありましたか? カクは孫なので、除外して良いと思います」
「してませんって! カクともそんな仲じゃないですよ! っていうか、俺がそんなに遊び人に見えますか?」

 光太朗が慌てて言うも、カディールは未だ納得できないという顔をしている。

 カディールは聡明な人物であり、決して思いつきで物を言う人ではない。
 今度は光太朗が首を傾げ、カディールを眺めた。彼が納得出来るよう、真剣な面持ちで零す。

「……えっと、俺がこの国に来て関係を持ったのは、リーリュイだけですよ。神に誓いましょうか?」
「……そ、そうですよね……。疑って、申し訳ない……」

 カディールが頭を下げ、落ち込んだように視線を下げた。しかしまだ納得は出来ていないようで、頭を捻り続けている。
 光太朗はカディールの発言を反芻し、戸惑いながら口を開いた。

「因みにですが……淵龍によると、リーリュイは神獣の血が濃いらしいです。何か関係があります?」
「!!」

 落ち込んだ態度から一変、カディールが目を見開いた。そして光太朗の両手を掴み、険しい顔をしながら何度も頷く。

「分かりました」
「?」
「安心して。と、とにかく安心してください」

 カディールは捲し立てると、明らかに動揺し始めた。近くに居た護衛から外套を剥ぎ取り、光太朗の身体へと優しく掛ける。
 そして美麗な眉をぎゅっと寄せて、一色の屋敷に向かって叫んだ。

「イチ!!! 起きなさい、この怠け者!!!」

 屋敷の奥から大きな音が聞こえ、ばたばたと足音が聞こえてくる。縁側にある襖が開かれ、中から一色が飛び出してきた。
 やはり寝起きだったのか着流し一枚で、一色は頬をひくひくと引くつかせる。

「……カ、カズイ……どうした?」

 狼狽える一色を、カディールは鬼の形相で睨みつけた。一色が仰け反るのが、光太朗にもぼんやり見える。
 どうやら一色は、カディールには逆らえないらしい。
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