前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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最終章

214 レティシアと友人2

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現在、レティシアは午前中に妃教育を受け、外出の予定がない午後には大公妃(仮)の執務室で雑務をこなしている。

初めの頃は、入れ代わり立ち代わり教師がやって来て一日中勉強をする日が続いていた。しかし、規模の大小を問わず催事へ出席する際は妃教育が休みになる。茶会や舞踏会などのパーティーは昼過ぎから行われるため、午後に割り振られた授業はその都度調整せざるを得ない。
社交活動一年目のレティシアは、多くの貴族たちと交流し親交を深める機会を優先すべきとされていたが、届く招待状の数が並大抵ではなかった。

本来、妃教育とは社交界デビューと同時に始めるものではないのだろう。数ヶ月の後にアシュリーが王国側へ交渉してくれたお陰で、勉強は午前のみ、午後は社交に勤しむといった緩めのスケジュールでほぼ固まる。
短期間で王家の役割を理解し教養を身に付け、準王族となった歴代の妃候補たちへ尊敬の念を抱きつつも、結婚を数年先と考えるレティシアに焦りはない。寧ろ、気持ちの切り替えが楽になり過ごしやすくなった分、集中力とやる気は増した。出席する催しを選択できるようになって以降は、空いた時間に邸の管理も積極的に覚えていく。


(予定がないと、ゆっくり過ごせていいわね)


邸内外の定期的な点検と手入れメンテナンスの手配、昨日届いた贈物や手紙類の整理、返礼、返信といった簡単な業務を終えたレティシアは、次の年へ向けて予算配分の再考、日々の細かなお金の収支をまとめた報告書類を一つひとつ丁寧に処理している最中。最後になって数字が合わない事態を避けるため漏れなく慎重に進める作業ではあるが、どちらかと言えば得意な分野かと思う。

指南役の義母クロエは前大公妃として、母として、娘の心の拠り所となるよう努め、週に数回は必ず大公邸を訪問している。レティシアの転居に伴って部屋付き侍女のロザリーたちは大公邸へ戻り、ユティス公爵家からは女性の私兵四名が新たに移り住む。護衛には騎士と従者sもそれぞれ交代で加わり、万全の態勢が取られていた。


(女性使用人の増員は当分ないと見て、大幅に変更のあった昨年の予算を参考にするのがよさそうだわ)


「ん?…ねぇ、ゴードン…今年の雇用環境の報告資料はここへ持って来ていなかった?」

「直近のものについては、先日公爵夫人が来られた際に閲覧なさっただけかと思います。管理者は侍従長ですので」

「あ…そうだったわね。借りれるのかしら?」

「資料の管理は何れレティシア様へ一任されます。数日持ち出しても問題はありません。侍従長を呼んでまいりましょうか?この時間なら庭か調理場、食品庫の辺りに…」

「私が行くわ。ずっと座っていたから、丁度外を歩きたいと思っていたの」

「レティシア様、私もご一緒いたします」

「大丈夫よ、ロザリー」

「いいえ、お供させてください。あっ、少々お待ちを…念のためショールをご用意しておきます」


室内の壁際へ立って静かに控えていたロザリーが、キリリとした表情で足早に部屋を出て行く。彼女は基本的にレティシアの近くを離れない。例外はアシュリーと過ごしている時くらいだ。


「では…ゴードン、セバスチャンのところへ案内をお願いできる?」

「畏まりました」


本日の護衛担当の一人、ゴードンは大公邸の内部事情に詳しく、レティシアにとって大変頼もしい存在。しかしながら、侍従長セバスチャンの役どころを邪魔しない…目立たず裏方に徹する働き方が実に彼らしい。

アシュリーと揃って人前へ出る回数が増え、耳目を集める立場になると、側仕えの者も随所で資質を問われる。婚約者となってからの一年で、使用人や従者にも様々な成長や変化が見られた。…但し、ルークのシスコンは未だ変わらず、しっかり者の侍女を目指して邁進するロザリーに毎日鬱陶しがられている。
変化と言えば、マルコとチャールズに親しい女性の友人ができた一方で、カリムは何故か『足が臭くてモテない』と大真面目に悩んでいた。消臭や除菌?をする魔法の鍛錬を本気で始めた彼に『靴にも何か魔術を施してはどうか』とアドバイスをしたのはつい先日の話。カリムが素敵な恋人に出会う日は一体いつになるのやら。



─ ピゥッ! ─



護衛の騎士を執務室前へ残し、ゴードンに続いてレティシア、数メートル後ろにロザリーと公爵家の私兵といった並びで庭へ続く外の螺旋階段を降りる。
途中でゴードンが高らかに指笛を鳴らすと、どこからともなく艶々と黒光りした大きいカラスが羽ばたいて来て…フワリと肩に止まった。


『いい子だ、侍従長は今どこにいる?』


カラスはゴードンの耳元に語りかけるように身体を摺り寄せてしばらく動きを止めた後、サッと素早く飛び立つ。一種のテレパシーのようなものだろうか、魔力を持つ動物と意識を共有する言葉なき会話は、彼の能力の一つ。


「どうやら、花壇の前で庭師と話し込んでいるようです。このまま庭まで降りましょう」

「あら、庭師と?」


そう言って、レティシアは踝丈のドレスの裾を持ち上げ、手摺に添えた手を滑らせながら軽やかに次の段差へ足を伸ばす。貴族令嬢らしい所作は、一年前より優雅で美しくゴードンの目に映る。


「…ところで、ゴードン…」

「はい」

「新婚生活はどう?」

「……ご冗談を……」


にっこりと淑やかに微笑むレティシアの姿に、一瞬油断した。唐突な問い掛けに対して冷静に言葉を返したゴードンの耳に、遠くで鳴く雑音混じりのカラスの声が聞こえる。



    ♢



三ヶ月前、フロム・エーベラー伯爵令嬢はゴードンと結婚する運びとなり、平民フロムとなった。
二人を引き合わせたのは、フロムにも動物たちと心を通わせる力があるのではないか?と気付いたレティシアだ。

『動物と会話をしているみたい』
そう言われていたフロムだが、アフィラムの飼育する銀狼から得た情報で実際に動物と人でお喋りが成立していたことが判明する。ゴードンは、自分とは別の“動物と話す”能力を持つフロムと接触。徐々に、彼女にまつわる色々な事柄が紐解かれていった。

何より驚いたのは、フロムにまじないがかけられていたという事実。知らせを受けたレティシアは、急いで大魔女スカイラへ助けを求める。


「おや、単純に眼の色を変えるやつだね。本当はもっと平凡な色をしていたんじゃないのかい?古臭くてあまり上手くないやり方だ…視力が悪いのもそのせいさ。まぁ、薬ができたら届けてやるよ。ゆっくり治して行くんだね」


幸い解呪は難しくないと分かり、胸を撫で下ろした。
フロムの母親は流浪の踊り子。しかし、このまじないの一件から呪術師シャーマンだったと推測される。魅了の舞いで男性の心を取り込み、金銭を手に入れるのは思いの外容易い。運良く伯爵家当主が網に引っかかったことで、子を産み資金を得て定住しようと思った…が、恐らくフロムの父親が誰かはっきりしなかったのだろう。だから、疑われないために伯爵家の証となる特徴的な紫の瞳へ色を変えた。

12歳でエーベラー家の一員となって辛い状況を耐え続けて来たフロムは、そもそも血の繋がりがない可能性が高いと知って愕然とする。同時に、父親と同じ色の瞳から解放される喜びも感じていた。
フロムの厚い眼鏡レンズは色付きで、瞳の色を暗く見せている。それは、父親を嫌悪しているが故のこと。よくよく考えれば、母親の生き方も決して褒められたものではなかった。フロムが長年胸に閉じ込めていたやり場のない怒りや嘆きを延々と語った相手は、ゴードンだと聞いている。

お互いを『よく喋るお嬢さん』『優しい人』と言う二人は、年齢も近く傍から見ればお似合いのカップルだと思うのに、ゴードンはルークと同じく結婚しないと決めているらしく、その距離は一向に縮まらない。
もどかしく思っていたある日、フロムが早急にエーベラー家を離れたいと相談に訪れた。現状放置されているフロムでも、解呪薬を飲んで瞳の色が元に戻ればどうなるのか?懸念を抱くのは当然である。


「レティシア様、あの…ゴードンさんと結婚すると言えば、貴族籍を抜けられませんか…?」

「えっっ?!」

「……は?」

「あっ!いえっ!違います、違うんです!、結婚するをしていただけないかと思いまして!!」


当事者となるゴードンは勿論、レティシアもフロムの大胆な提案に飛び上がって驚いた。確かに、平民との婚姻を望めば100%籍を抜けろと詰め寄られるに決まっている。

こうして、ゴードンはフロムに協力する形で結婚相手としての役目を果たした。



    ♢



「ふふっ、ごめんなさい。フロムの様子はどう?カラスを使って、頻繁に連絡を取り合っているんでしょう?」

「はい。彼女は話せる動物が多いですが、私はそうではありませんので。眼鏡が必要なくなって、調合が楽にできると聞いております」

「元気にやっているのね、良かった」


今、フロムの瞳は淡い褐色をしている。









────────── next 215 (レティシアと友人3)

公開が遅くなりました。大変申し訳ありません。いつも読んで下さいまして、誠にありがとうございます。

※次話の公開は12/7~10頃の予定です




    
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