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最終章
215 レティシアと友人3
しおりを挟む更に月日が流れ、レティシアは無事妃教育を終えた。気付けば、20歳の誕生日が近付いている。
「…では、ウルーゲル伯爵夫人へはお茶を…」
「えぇ、どうかしら?いつも休憩中にお出しする緑茶を気に入ってくださっていたでしょう」
「左様でございますね。茶器を美術品のようだと仰って、他国の文化へも関心をお持ちでいらっしゃいました」
今朝は、長くお世話になった教師一人ひとりへ感謝の気持ちを込めて贈るお礼の品を、侍女長パメラと一緒に選んでいた。王国から派遣された一流の指導者たちとの貴重な縁は、今後も大切に紡いでいきたい。
有り難いことにパメラが厳選した進物リストのセンスが非常に良く、商品選びはかなりスムーズに進んだものの…マナー講師であるウルーゲル伯爵夫人への贈物が決まらずに滞る。そこで思いついたのが、遠国より取り寄せている緑茶の茶葉だった。
上質なお茶の葉を毎年聖女宮へ献上している国が、実はルブラン王国トラス侯爵家の営む商会の取引先国だったと気付いたレティシアは、侯爵家を通じて茶葉の輸入契約の取り付けに成功、半年に一回程度特別に届けて貰っている。また、大福を販売中のヘイリーの実家の商店も緑茶に注目し仕入れ先の別ルートを確保したため、茶器なども入手がし易くなっていた。
「いけない、茶器セットも必要だわ!」
「きっとお喜びになりますよ。緑茶や茶器は、新たにリストへ加えておいたほうがよさそうですね。…レティシア様、お疲れでなければ、今度は品物に添えるカードをお選びいただこうと思いますが…」
贈答品に使える商品リストを更新しておくと、過去に誰へ何を贈ったのか?記録を確認する際にとても便利。ようやく全員分の好みに合う品が決まりホッと一息ついたレティシアの下へ、文官のエマがやって来る。
♢
「レティシア様、失礼いたします。お仕事中に申し訳ありません」
「平気よ、一休みしようと思っていたの。急用?」
「王国を介してトゥーリ国より書簡が届きまして、内容確認を行いましたところ、大公殿下がレティシア様に見ていただくようにと…こちらでございます」
「いつもありがとう」
「…いいえ、トゥーリ国の言語は難しく…私が正しく読み解ければ、もっとお役に立てたのですが…」
「自分に厳しいのは相変わらずね」
家に引きこもりがちだったエマに『文官にならないか』と声を掛けたのはレティシアだ。最初は戸惑う様子が見られたエマも、試験勉強を始めたころには活き活きとしていた。初めて仕事を得て四苦八苦しながらも充実した生活に喜びを感じた彼女は、レティシアを支える立派な文官になると誓い、今や手足となって働いてくれている。
「エマは私には勿体ないくらい優秀な文官よ。社会へ出て経験値を積んで、より一層語学力を磨いて…あなたの仕事への意欲と日々の努力は素晴らしいわ。周りの評価も高いのよ?もっと自信を持ってちょうだい」
「ありがとうございます。皆様のご指導のお陰です。…私は…レティシア様にしかお仕えしたくありません…」
肩を窄め、俯き加減で口先を小さく尖らせたエマが…小声でポソッと本音を漏らす。純真な彼女は少し幼く見える時もあり、レティシアを慕うロザリーと似ていた。前世で一人っ子だったレティシアでも、ルークやベラが妹を可愛がる気持ちは十分に理解できる。
「エマも少し掛けて休んで、直ぐに目を通すわ」
「はい、よろしくお願いいたします」
優しい光に包まれた室内でソファーへ座るよう促されたエマは、執務机の上に広がる書類をチラリと見ながら申し訳なさそうに腰掛けた。
天井から足元まで、かなりの高さがある特徴的な広い窓には遮熱や光量を調節する術が施されている。この部屋だけではなく、あらゆる場所に高度な魔法を張り巡らせた隙のない大公邸は、安心安全且つ住み良い城となっていた。レティシアの好みに合わせて造られた庭園も、以前より広さが増した気がする。
「トゥーリ国の王女様が、王国への遊学を希望されているんですって」
「遊学?…今年の感謝祭にいらしていた、成人したばかりの王女様ですよね。単なるご訪問かと思っておりましたが、今度は長期滞在でしたか…」
「感謝祭でお話した感じでは、明るく活発な印象の王女様で…ほら、トゥーリ国は私の好きな緑茶を嗜む国でしょう?話が弾んだ記憶があるわ。16歳が成人だというから、結婚前に親元を離れて暮らすには丁度いい時期なのかしら。主に魔法の勉強が目的でいらっしゃるみたい」
「魔力をお持ちなのですね。ある意味、感謝祭は下見だったのかもしれません…もしかして、ラスティア国内の視察や交流会のご予定があるのですか?」
「えぇと…あら…遊学はほぼ決定していて、王女様が話し相手に私をご指名だそうよ」
「レティシア様を?…あっ、言葉が通じるから…」
「それもあるわね。気兼ねなくお喋りができる時間って案外大事だと思うわ」
「王女様のお立場ですと、同行する侍女とは世間話をなさらないでしょうね。年齢が近く、妃教育を終えたレティシア様なら…王国も適任者だと考えたに違いありません」
(中身の年齢はかなり上なのだけど…これは、大公妃になる前の試練みたいなものね)
「取りあえず、詳細は全て紙へ書き写しておくわ。午後にまた取りに来て、アシュリー様へお渡ししてくれる?それから、この件は喜んでお受けすると伝えておいてね」
「分かりました」
「もうお昼だわ、よかったら昼食を一緒にどう?」
「……あ……」
「ん?…もしかして、先約あり?」
「…はい…その…イグニス卿よりお誘いを…」
「そうなのね、約束の時間には間に合う?…ふふっ、何て顔をしているの…せっかくだから美味しい食事をお腹いっぱいご馳走して貰うといいわ。楽しんでいらっしゃい」
「…………」
「エマ?」
気不味い表情で目を逸らすエマの背中を軽く叩くと、困った顔付きへと変わる。話を聞けば、昼夜合わせて四回も食事の誘いを拒み続け、五回目を断り切れず…仕方なく昼食ならばと了承したらしい。
「…あのように切羽詰まったお顔をされますと…私は自分が悪者に思えて…」
「断っていた理由は何?」
レティシアは女たらしと言われるカインの一途な想いに気付いてはいたが、文官の役目に集中し真摯に取り組むエマの心が異性へ向かないならばと…恋の橋渡しを手助けせず見守り役に徹して来た。
カインはアルティア王国とラスティア国を日常的に行き来しており、決して暇な人間ではない。玉砕覚悟であったとしても、エマをデートへ誘うからには空き時間を確保するために仕事を調整して挑んだはず。それを五回繰り返したということは、彼もなかなかに頑張っている。
「イグニス卿とお話をしていると、きっと他の女性にも愛想よくされているんだろうなと…食事だって…別に私とじゃなくてもいいのにって思うんです。そんなことばかり考えていたら、何だか楽しめる気がしなくて」
「エマは、彼が女性と仲良くしている姿が頭に思い浮かんで…モヤモヤするの?」
「モヤモヤ?…そうなのかもしれません」
「つまり、イグニス卿に好意を抱いているのね」
「………へ?」
「だって、私は好きでもない男性が誰と仲良くしていようと特に気にならないもの。でも、アシュリー様が…アシュリー様は浮気なんてしないけれど…例えば…例えばの話ね、綺麗な女性とベタベタしているのを見たら絶対にモヤモヤするし嫌だわ。これはヤキモチ、嫉妬という感情よ」
「…私が…嫉妬…?」
「知ってる?彼はエマと出会って以降、誰とも付き合っていないの。親しかった女性とは全員縁を切って、それこそ食事の誘いすら受けていない。因みに、この情報はゴードンから得た確かなものだから信用していいわ」
「…女性と…縁を切っ…」
「そう、イグニス卿の情熱的な赤い瞳にはエマしか映っていないのよ。今日の昼食をいい機会だと思って、改めて今の彼の姿をしっかり見てあげるのはどうかしら?」
「…今の…イグニス卿を…」
レティシアの言葉を聞いて、両手で顔を覆うエマは耳まで赤くなっていた。
こうして口添えをしたところで、仲が深まれば再び不安に押し潰される日がやって来るだろう。人の心は移ろいやすく、貴族の結婚は恋愛感情だけで決まるものではない。
カインは何れ王国へ戻って家門を継ぎ、父親と同じく騎士団の団長になるであろう逸材。婚期真っ只中の彼と結婚する者はその地位や義務を背負う覚悟を持たなくてはならず、エマが重荷に感じる可能性も残っている。
人生を大きく左右する選択はレティシアにも経験があるだけに、先はまだまだ見えないと思った。ただ…エマが結婚するのならば、是非ともベラと共に見届けたい。
────────── next 216 (タイトル未定)
ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。書き始めてから三年が過ぎました。皆様へ心より感謝申し上げます。
※次話の公開は12月末頃とさせて頂きます
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