16 / 215
第2章
16 面倒な客
しおりを挟む二人の従者を連れたアシュリー・シリウス伯爵は、レティシアと一緒に倉庫へとやって来た。
「この木箱が“カプラの実”です。今から、箱の中を確認していただきます。…お願いします」
三箱の木箱。サイズは、大きめのりんご箱くらい。
倉庫番の男性が木箱の釘を抜いて、そっと蓋を開けると、オレンジ色の唐辛子に似た実がギッシリと詰まっている。
「ふむ…特に問題のない“カプラの実”だ。いただいて帰ろう」
三箱全て中を開けて商品の確認をしたアシュリーは、荷物を運び出す荷馬車を倉庫に呼ぶよう従者の一人に言いつけた。
レティシアは従者に荷馬車の待機場所を説明した後、閉店時間を過ぎたため倉庫番の男性を帰らせる。
♢
「お買い上げありがとうございます。では、こちらにサインを」
「…あぁ…」
レティシアは、商品確認と受取書類にサインをするアシュリーの横顔を何気なく眺めていた。
スッと通った鼻筋にシャープな顎のライン…パッチリ二重の大きな目、睫毛は長くクルリと上向き。間違いなく超のつく美形。
(お肌ツルツル。ヒゲとかって存在してる…?)
ジュリオン、レイヴンに続いてアシュリーもイケメン。
これ程クオリティの高い美男子にはそうそうお目にかかれないはずなのに、この超美形比率はおかしい。
そんなことを考えていたレティシアの美しい横顔を…アシュリーの側に控えているもう一人の従者が“ジトッ”とした目で見ていたのだが、レティシアは全く気がついていない。
「三枚、全てに書いた」
「…はい。ありがとうございます」
アシュリーがサインを終えたところで、レティシアは頭を仕事モードに切り替えた。
「シリウス伯爵様、木箱には『雨濡れや湿気に注意』と…文字が直接記されております」
「…注意?」
「…そうです…」
「それで?」
ピタリと動きを止めたアシュリーと従者が向けてくる鋭い目線にレティシアが戸惑っていると、話の続きを促される。
「…あ…この“カプラの実”は乾燥したものですから、水に濡らしたりは当然なさらないでしょう。でも、外気温との温度差による結露が腐敗やカビ発生の原因となって、品質を低下させたり駄目にしてしまう可能性はあるかなと思いまして。
三ヶ月前は今より朝晩の寒暖差も激しかったので、運搬中にそのような状況になり易いと推測ができます」
「確か、前は積荷の都合で一箱ずつ別の荷馬車に積んでいたはずだ。だから、保管条件の悪い一箱だけが駄目になったのか。…お前は、その話を知っていたのになぜ伝えずにいた?」
「…たった今…申し上げましたが?」
「…………」
どうやら、前回はこの木箱に書いてある注意喚起を何も知らされずに商品を持ち帰り、半分腐らせてしまったらしい。きっと、バルビア国の文字を読める人が倉庫内にいなかったせいだろう。
(逆の立場なら私も腹が立つと思うから…怒る気持ちは分からなくもないけど)
アシュリーと従者が顔を近付け、ボソボソと話し合う。
『高価な商品をまた注文させようとして、この前はワザと言わなかったわけではないのか?』
『オーナーならありそうですね。腹黒さが滲み出ていました…ただ、アッシュ様を騙す程の度胸はなさそうではありませんか?クレーム対応の基本もなってない、あれはかなりの小物です』
『言えてるな。それに比べて、この少女は全く悪びれていない堂々とした様子だ』
『話しぶりはしっかりして見えますが…さっきまでアッシュ様に熱い眼差しを注いで見惚れていました。多分普通の女ですよ』
(従者、聞こえてるぞ?確かに見惚れはしたけど、熱い眼差しって何なの?脚色が過ぎるんですけど?!)
「あの…私は勤めてまだ二ヶ月半なのです、三ヶ月前のことには関わりようがなかったとご理解ください。
それから、バルビア国の取引先からは商品の取扱説明はありません。食品を保管する倉庫は基本的に温度管理がされていますし…えぇと…とにかく、ワザと言わなかったのではないと思います」
「「…!!!!…」」
アシュリーと従者が、今度は驚愕の表情でレティシアを見る。
(睨んだり驚いたり目まぐるしい…ちょっと面倒なお客様ね…)
『お前、私の言葉を聞いて理解したのか?!』
「はい?」
『そんな筈はありません。我々独自の言葉です。偶々では?』
「…っ…!!」
(しまった!普通に日本語で聞こえてきちゃうから、つい反応して返事をしたけど、外国語とかだったの?!)
「ち、違っ…いや、何となく…ニュアンスで…偶々かな?」
『…………間違いなく聞き取れているな…』
「…えっ!!」
──────────
「箱に書かれたこの文字しか説明がない。だから、お前はバルビア国の言葉を読んだ。…読めるのか」
「…はい…」
(そこ、あんまり引っかかって欲しくないな)
「…ぁ…っ…!!」
“カプラの実”の木箱を手で触って文字を見ていたアシュリーが、右手をパッと勢いよく離した。
「アッシュ様!!」
「伯爵様?!」
見れば、木箱のささくれた部分の“トゲ”が指先に刺さっている。
アシュリーは両手に上等な手袋をしているため、そう深くは刺さっていない。それでも、大切なお金持ちのお客様の一大事!レティシアは急いで救急箱を手に取った。
「シリウス伯爵様、手を見せてください」
「構うな、トゲは抜いた。私の不注意だ…問題ない」
「いいえ、念のため消毒いたしましょう」
親切心を振り払うかように拒絶するアシュリーのその右手首を、レティシアはむんずと掴むと手袋を剥ぎ取る。
「…っ…やめろ!!触るなっ!!」
「もうっ…うるさい!騒がないで!!」
か弱そうな美少女レティシアのあまりの迫力に、ビクッとアシュリーが一瞬固まった。
その隙を逃さず…レティシアは右手をしっかりと握る。
「あっ!アッシュ様!!」
61
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる