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第2章
18 男?
しおりを挟む「……お断り…か…」
(何をしに来たのかしら?)
「商店を訪ねたら君が休みで…最近は、職業斡旋所にいつもいると聞いた」
「…プライバシーの侵害…」
「ぅん?…何だ?」
「…………」
数回瞬きをしたアシュリーが首を傾げる様子に、レティシアは小さく息を吐いてそっぽを向く。
正直、誰かとバッタリ出くわしたい場所ではない。
「仕事を探しているのか?もしかして、商店を辞める予定でも?」
「シリウス伯爵様が今いらっしゃるのは、仕事を探している人しか来ないところですよ」
「…君には…すっかり嫌われてしまったな…」
「わざわざここへお越しになるとは、何事でしょう?」
「昨夜は、すまなかった。その…怪我はないだろうか?」
「怪我?…今になって、なぜそんなことをお聞きになるのです?」
「…………」
あの時…アシュリーが差し出した手をレティシアが取らなかったことで、彼は言葉をかけるタイミングを失ったのかもしれない。
だからといって、貴族が平民に謝罪をしに出向いて来るなどあり得ない話。何か別の目的があるはずだと、レティシアにだって分かる。
「普通の人なら、擦り傷や捻挫といったところですね…私は幸い怪我をしていません、大丈夫です」
「…そうか…」
「他にも、何かお話が?」
レティシアがドッカリと椅子に腰を据え、身なりのいいアシュリーが突っ立っている状況。
最初に座るのを断ったために、律儀にこのまま立ち話しを続けるつもりなのかもしれない。それならそれで、早く本題に入って欲しいとレティシアは願う。
♢
「…実は、君がそんな格好をしているから…気になって…」
「そんな格好…え?カッコウって?服装ですか?…私には、伯爵様が何を気にされているのか全く分かりません。薄っぺらいワンピースを着ていたとしても、それは個人の自由では?」
「そうではない、つまり“女性の服を着ている”という意味だ。…君は美しい女性にしか見えない…」
「美しい…女性」
(????)
「えーっと…もしかして、お褒めの言葉をいただきました?」
「君が男性だということはもう分かっている、隠さなくてもいい」
「………へ?」
レティシアは、ポカンと口を開けた数秒後に『はぁ?!』と大きく叫んだ。
(何が分かっているって?…私が男で、女に見える?!女装男子だとでも言うの?!)
「頼む、興奮しないで欲しい」
「はい?…一体誰のせいで…」
休憩所付近に人がいないか辺りを見回して確認したレティシアは、グイッっと思い切って胸を反らし、強調するように突き出した豊かな膨らみを指差した。
「何をしている?!」
「シリウス伯爵様、こちらは自前の胸です。私の性別は女性で、股間に男性器はついておりませんっ!」
「…なっ!…じょっ、女性っ?!…そんなはずは…まさか…」
「触って確認してはいただけませんが、れっきとした女性です。以上!」
「…以上?!…ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
仰け反るようにして後退ったアシュリーは、改めてレティシアの全身をまじまじと見つめながら、両手で頭を抱える。
(男と間違われた私より、ショックを受けた顔をしないでよ!!)
──────────
──────────
─ ガタゴト…ガタゴト ─
今、レティシアは馬車に揺られている。
アシュリーが少々パニック状態に陥っていたところ、どこからともなく現れた従者のルークがそのまま彼を連れ去った。
これにて一件落着かと思いきや、しばらくして戻って来たルークが、求人相談を終えたばかりのレティシアをアシュリーの下へ連れて行こうと奮闘し始める。
どうやら、レティシアともう一度話がしたいと…アシュリーが待っているらしい。
レティシアは、職業斡旋所内で始まったルークとの押し問答を長々とやり続けるわけにもいかず、外へ出るしかなかった。
─ ガタゴト…ガタゴト ─
「アッシュ様の話だと、自分は女だと主張しているらしいが…本当か?嘘ではないだろうな?」
(そもそも、どうして私が男という前提なのよ?)
「そういうあなただって…本当に男かしら?…嘘ではないの?」
「………お前なぁ…」
「ほらね、誰だっていい気はしないでしょう」
ルークはレティシアの受け答えに対して、呆れたような憮然とした顔つきになる。
「週に一度の貴重な休みの日に…なぜ、男だ女だと…どうでもいい議論をあなたとしているのかしら?」
「だから…それは、時間を取らせる分は金を支払うと言ったはずだ」
「えぇ、では馬車に揺られている時間のお金は結構です。少し黙っていてくださるとうれしいわ」
「…は?…言われなくても、お前と話すつもりなどない」
─ ガタゴト…ガタゴト ─
沈黙の馬車は、立派な高級ホテルへと到着した。
♢
「アッシュ様、お連れしました」
「ルーク、ご苦労だった。レティシア嬢、その顔は不服そうに見えるが…とにかく、来てくれて感謝する」
先程のパニック状態からすっかり立ち直ったアシュリーは、貴族らしく左胸に手を当ててレティシアに頭を下げる。
「シリウス伯爵様、女性と認めていただいて大変光栄ではありますが…平民の私を令嬢扱いなさるのはどうかおやめください」
「そう…警戒しないで貰いたい」
「伯爵様とは昨夜初めてお会いしたばかりです、警戒するのが普通ではありませんか?」
「お前、少しは物の言い方を考えろ!」
「ルーク、よせ」
「このように豪華な造りの建物へは、入るだけで緊張するものですね。…それで、お話とは?時間がかかると、そちらの従者さんが私に支払うと言ったお金が増えてしまいますよ?」
「おいっ!」
「…ルーク…何てことを…」
「も…申し訳ありません…」
バツの悪そうな顔をしたルークを横目で見ながら、レティシアはほくそ笑んだ。
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