前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第2章

20 触れる女

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「とりあえず、話だけでも聞いてくれないか?」


アシュリーが悲しそうな瞳をレティシアに向けると、その後ろでルークまで眉尻を下げた。


「私は貴族の方と関わりを持ちたくないのです。伯爵様のお話の内容は関係ありません。昨夜からの私を見ていれば、制約の多い暮らしが向いていないことくらいお分かりになるでしょう?」

「分かる」


(どうしてあなたルークが即答するのよ!)


「しかし、仕事を探しているんだろう?私にはいい転職先がない様子に見えたが?」

「…それは…」

「私はラスティア国で貿易全般の管理をしている。そこで語学の能力を活かして秘書をやってみないか?貴族とは関わらずに済むよう、できる限りの配慮をする。悪い話ではないはずだ」

「買いかぶり過ぎです。私にはとても務まりません」

「あの商店の倉庫番で燻ぶっていたくなかったのでは?」

「私にも…いろいろと事情があるんです」


倉庫での出来事がなければ提案されなかったであろう新しい仕事は、非常に魅力的だった。


「あぁ…失念していた、家族がいるのか?」

「…おりません…」

「いない?」

「はい」

「…どうすれば、君は我が国へ来てくれるのだ?」

「…………」

「給料は今の倍…いや、三倍出そう。秘書が嫌なら別の仕事でも構わない、生活環境も全て君の望み通りにする」

「伯爵様、落ち着いてください」

「…………」


何を言っても話を聞き入れる素振りを見せないレティシアを前に、アシュリーは黙って肩を落とす。
断る理由はレティシア側の問題であって、彼に非はない。落ち込む姿に心が痛んだ。


「従者のルークさん、こういう時はあなたが伯爵様を止めないと」

「アッシュ様は、唯一の存在のお前を連れて帰ると仰った。邪魔などしない」 

「…………」


“唯一”という言葉が、レティシアに重くのしかかる。
アシュリーを誤解させたままで申し訳ないと思いつつ、だからこそ絶対に受け入れるわけにはいかなかった。


「ごめんなさい…お話はお受けできません」

「今よりいい仕事を断るとは、お前の言う事情とは何だ?女装してでもアッシュ様のお側にいる価値はあるぞ」


(だから、私は女装じゃないのよ?)


「レティシア、今日はもう商店まで送ろう。最終的な返事は、私がここを離れる三日後に聞かせて貰ってもいいか?」

「三日後ですか?」

「よく考えてみて欲しい」

「…分かりました…」


たった三日で考えが変わるはずもないのに、今は答えを聞きたくないのだろうと…レティシアは諦める。



    ♢



─ ガタゴト…ガタゴト ─



「君がもしも男性であったなら、私の側で女性として振る舞って欲しいと頼むつもりだった」

「伯爵様のような立派なお方の周りに一人も女性がいない状況は、かなり不自然でしょうね。心中お察しいたします」


馬車に乗って商店へ帰る道中、本音を漏らすアシュリーが少し気の毒に思えた。
職業斡旋所まで必死に追いかけて来たのは、レティシアを“女装男子”として雇いたかったからかもしれない。


「毎日、商店へ会いに行くよ」

「……はい?」


アシュリーはハッキリそう言い切った後、お金の入った袋をレティシアに手渡して馬車で去って行った。




──────────
──────────




「レティ!!」


商店の入口に近付いたところで、久しぶりに聞く呼び名を耳にする。
声の主が誰か、レティシアが立ち止まって振り向くより早く…フワリと甘いコロンの香りがして、後ろからジュリオンに抱きすくめられた。


「…レティシア…」

「あっ!ジュリオン様?!」

「レティシアが変な男に連れて行かれたと聞いて、気が気じゃなかった。無事でよかった」


(…変な男?…ルークのこと?)
 

レティシアが身を捩った程度では、力強いジュリオンの腕の中からは抜け出せない。
そのまま、髪や目元、頬に何度も口付けを受けた。


「困ります、人前ですよ?!」

「人目など構うものか。会いたかった…私の可愛いレティ」


商店は、大通りの中心にドンと店を構えている。その入口前で突然始まった激しい抱擁に、レティシアは困惑した。



    ♢



ジュリオンは、レティシアの安全を守るため、自分の側仕えをしている護衛数人のうち一人を日替わりで見張らせていた。

商店側は、トラス侯爵家とトラブルを起こしては大問題となる。除籍されていたとしても元令嬢のレティシアが商店内で危険な目に遭うことなど皆無な上に、住み込みで働くレティシアの行動範囲は狭く、平穏な日々に護衛も時間を持て余す程だった。

そうして…二ヶ月半。


『レティシアが見知らぬ男と馬車でどこかへ行った』と、報告を受けたジュリオンは邸を飛び出す。


馬車は他国の要人が使用するものであったため、手出しできずに困った護衛がジュリオンの下へと急ぎ走ってしまったのだ。









    
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