前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第2章

21 元兄・ジュリオン

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「いけません!侯爵様はご存知なのですか?」


レティシアは幾分強い口調で身体を突き離し、距離を取って向き合う。
その行動が気に障ったのか…途端に顔を歪めたジュリオンが両腕をレティシアの腰に回し、離れさせまいと強引に引き寄せた。


「妹に会うことが…罪になるとでも言うのか?」


二人には、かなりの体格差がある。
バランスを崩したレティシアはジュリオンの胸に手をついて何とか堪えるが、低く唸るような声と熱い息遣いを耳元に感じて総毛立つ。


「…元…妹です…」

「…っ…」

「キャッ!!」


ジュリオンはレティシアを抱き上げると、側に待たせておいた馬車の中へあっという間に連れ込んだ。




──────────




「アッシュ様、あいつ…どこかの貴族に攫われちゃいましたよ?」 

「そうだな…かなり親しい間柄のように見えた」


レティシアを降ろして馬車を少し移動させた後、見送るつもりで眺めていたアシュリーの視界に突如現れた“どこかの貴族”。

レティシアと絡む一部始終を、アシュリーとルークは馬車の中から見る羽目になってしまった。


「家族はいないと言っていた。恋人か?だとしたら、相手はかなりの身分の貴族…どうにも違和感がある」

「平民の倉庫番と高位貴族が街中で出会う可能性なんて、ほぼありませんからね。…アッシュ様くらいですよ」

「ぅん?まぁ、そうだが。…彼女は私にとって奇跡のような存在だ、相手がいたとしても簡単には引き下がれないな…」

「ですが、あの男の愛人というのが秘書になれない“事情”かもしれませんよ。人目も気にせず、あれは男が相当熱を上げていますね。あいつ、性格は難ありですが…顔はすこぶる美人ですから」

「…………」


余計なお喋りを止めろと言わんばかりに…アシュリーは、コンコンと指先で忙しなく馬車の窓枠を叩く。


「つまらん憶測で物を言うのはやめろ。レティシアを調査するついでに、男の素性も調べておく必要がありそうだな。私より身分が上ということはないだろうが…念のためだ」

「二人の後は追っているはずです。すぐに分かるでしょう」




──────────




「あの…ジュリオン様、ここは…?」

「レティシアが、これから住む場所だ」


商店から馬車で五分ほど走ったところにある、小ぢんまりとした集合住宅。
ジュリオンとレティシアを乗せた馬車は、そのすぐ側で止まった。窓から見える白い建物は、外壁の色褪せもなく新しい。


「え?…住む?」

「今の商店は、父上が最初に取りつけた約束通り三ヶ月働いたら終わりだ。レティシアは今まで住み込みだったけれど、半月後からはここへ移り住むんだよ。信用できる宿主で、警備もちゃんとしている。家賃は私が支払うから安心していい」


(…なぜそうなった…?)


レティシアの頭の中に、疑問符が飛び交う。しかし、ジュリオンの話にはまだ続きがあった。


「ここから少し歩いて行くと、新しい仕事場がある」

「…仕事場?」

「うん…レティシアには、早急に安全で新しい仕事が必要だと思ったからね」

「私の次の仕事先を、ジュリオン様が勝手に探したってことですか?」 

「父上には話を通してある、心配するな」


(…いやいやいや…私に一言もないじゃない…)


「商店のオーナーは、レティシアを大切にしなかっただろう。それなのに、雇用期間をもっと伸ばしてやってもいいと…しつこく父上に手紙をよこしていた」

「…オーナーが?」

「だから、今日私がきっぱり断ってやった。…本当に厚かましい男だ!」


怒りが収まらない様子のジュリオンは、膝を拳で数回叩く。
一方、レティシアはどこをどう突っ込めばいいのか分からない。


(ルークのこともそうだし、オーナーの横柄な態度まで知っているだなんて…ジュリオン様は、私に監視でもつけていたの?)



    ♢



ジュリオンは、この数ヶ月間婚約者であるブリジットとの交流を深め、結婚式を一年後にすると正式に決めた。


結婚が決まった挨拶を兼ねて侯爵家で催したパーティーを無事に終えたころ、レティシアの処遇を決める商店とのやり取りを見ていたジュリオンは『別の仕事を探してやりたい』とトラス侯爵に申し出て、許しを得る。

ブリジットと良好な関係を築き始めていたジュリオンが、密かにレティシアを見張り、商店に内通者まで仕込んでいたという事実を…トラス侯爵は知る由もなかった。



    ♢



「私を心配して、手を尽くしてくださったのですね。本当にありがとうございます。…でも…ジュリオン様のそのお気持ちだけで、私は十分です」

「…どういうこと…レティシア…」


ジュリオンから溢れる、元・妹を守りたい想いと愛情は深く重い。たとえレティシアがそれを必要としていなくても、やはり撥ねつけ難かった。
レティシアは自分なりに言葉を選びながら、ゆっくりとジュリオンに語りかける。


「新しい仕事も住む場所も、自分で探したいと思っているんです。あの商店には、私も長居するつもりはありませんでした。ですが、この先は…邸を出る時に侯爵家の皆様とお約束した通り、あまり干渉しないでいただきたいのです」 

「……嫌だ……」


ジュリオンは隣に座って俯いたままポツリと呟くと、レティシアの両手をギュッと強く握り締める。


「この“見知らぬ世界”で、私が誰にも頼らずに生きていくのは無理だと…ジュリオン様はお考えですよね。仮にそうだとしても、侯爵家やジュリオン様を安易に頼るわけにはいきません。金銭的な援助を受けるなど以ての外です」

「…………」

「外見は変わりないですが、貴族籍を抜けた今の私は…もう以前の…妹のレティシアではありません。辛く苦しいお気持ちは分かります。それでも、受け入れていただかなくては…お互いに先へは進めないでしょう」

「…それは…理解しているつもりだ…」

「トラス侯爵家の後継ぎであるジュリオン様は、ご両親と今後の侯爵家を支えていかなくてはなりません。平民となった私のことは、できれば…今日で忘れてください」


ジュリオンは泣きそうな顔をして、首を左右に小さく振りながらレティシアを抱き締める。
レティシアは、そんなジュリオンの背中をポンポンと軽く叩きながら宥めた。


(…今までありがとう…お兄様…)







    
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