前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第2章

29 告白と失恋

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レティシアの穏やかで優しい声と、髪に触れる刺激がアシュリーの心に深く響く。

数回撫でた後、レティシアは手を止める。


「あっ、すみません…男の人は嫌ですよね」

「…いや…慰めてくれてありがとう…」


ほんのり頬を赤く染めたアシュリーは、レティシアの手を取って甘く微笑んだ。


「伯爵様、手を離してください」

「…………」

「伯爵様?」

「こうして触れてもいい女性に初めて出会って…それがレティシアであった奇跡に、今の私は大きな喜びを感じている」

「…急に…どうされました?」

「私は、恋に落ちてしまったようだ」


淡い緑色に輝くアシュリーの真っ直ぐな瞳に見つめられ、突然の告白を受けたレティシアは狼狽える。


(こっ…恋?まさか…私に?!)


「…あ…あの…」

「心配しないでくれ、一方的な想いだと分かっている」

「…………」


困惑して言葉を発せられないレティシアの様子に、アシュリーは手を離す。


「…困らせるつもりはなかった…レティシアに今の私の気持ちを知っていて欲しくて、すまない…」


しばらく沈黙が続いた後、先に口を開いたのはレティシアだった。


「伯爵様、私の話を聞いていただきたいのです。少し長くなりますが、お時間よろしいでしょうか?」



    ♢



アシュリーは、商店で働くレティシアを見て、語学力を活かせる仕事を与えようとしてくれている。

受け入れれば、仕事も住む場所も全て解決できると分かっていても“唯一の存在”と誤解させたことが重い足枷となり、首を縦には振れなかった。

そこへさらに淡い恋心まで告げられて、流石に余裕がなくなる。


(黙ったままでは、どんどん拗れていくわ)


レティシアは、トラス侯爵家で起きた悲劇と、前世である自分が目覚めた経緯をアシュリーに説明した。




──────────




「…つまり、今の君は本当のレティシアではないと?」

「えぇ、この身体で過ごした17年間の記憶が欠落しています。私には前世の記憶しかありません…要するに、中身は別人なのです」

「トラス侯爵令嬢は…現世から消えたのか…?」

「魂が永遠の眠りについてしまったそうです」


アシュリーは、想像もしていなかった事実に言葉を失って黙り込む。頭部の傷跡は、侯爵令嬢がこの世を去ったという話を裏付けるには十分。

単純な記憶喪失などではなかった。別人格に変わったレティシアを、王族や侯爵家はあっさりと手放してしまったに違いない。
アシュリーの抱いていた疑問が、次々と解けていく。


「トラス侯爵令嬢は素晴らしい女性で、ご家族や多くの方々に愛されていたと思います。でも…私は違う。貴族を見たことも、ドレスを着て生活をしたこともない超がつく凡人です」

「…だから、自分の意思で貴族籍を抜けた…」

「はい。異世界の記憶を持つ私は、この世界の礼儀や常識にそぐわない。上流貴族の方からすれば扱いにくい異質な人間でしかありません。伯爵様も、そう思われたはずです」

「…違和感はあったが、そもそも…生きてきた世界が私たちとは異なっていたんだな…」


『周りにレティシアのような者はいない』と言ったことを思い出し、アシュリーは思わず口元を手で覆う。


「商店に珍しい品物が入荷すれば、一時お客様の目を引きます。それと同じで、周りと違う私の存在が伯爵様は少し気になるのではありませんか?」

「…………」

「そういった好奇心を、恋心と勘違いされているのですよ」

「…勘違い…」

「えぇ」


レティシアの話に対して咄嗟に返す言葉が思い浮かばないアシュリーは、一瞬苦悶の表情を浮かべる。


「実は、今の私の身体はまだ不完全な状態なんです」

「……不完全?」

「魂と身体の結びつきが完全ではありません」

「魂が抜ける特殊な病の話は聞いたことがある…それと似た状態か?…待て…まさか…」


レティシアが何を言いたいのか、アシュリーはすぐに気付いた。


「…私が触れても、何も起こらないのは…」

「はい、そのせいだと考えています。時間と共に魂と身体の同化は進んでいくそうなので、女性の私はいつか伯爵様に近寄れなくなるのではないでしょうか?」

「…………」


唯一の存在と恋心、両方を否定されたアシュリーは絶句する。


「伯爵様がお探しの運命の人は、私ではないのです。…申し訳ありません…でも、今ここでお伝えするべきだと思いまして」


何の関わりも持たずに商店の倉庫で別れていれば、こんなにも彼を傷つける状況にはならなかった。レティシアはアシュリーに向けて、深々と頭を下げる。


(…あの時、手袋を無理やり外してしまった私のせいだ…)


「…頭を上げてくれ…」

「…………」

「話は…私なりに理解したつもりでいる。従者たちには、君が困らないように説明をすると約束しよう。…複雑な身の上を明かすのは勇気がいっただろう…話してくれてありがとう」

「…伯爵様…」

「全てを聞いた今でも、私がレティシアに秘書の仕事をして貰いたいと思う気持ちに…変わりはない」

「え?…い…いいんですか?」

「…商店の仕事は後半月と言わず、明日で辞めて欲しいくらいだ…」

「それは…オーナーが許可しそうにありませんけれど…私も、できることなら伯爵様のお仕事をお受けしたいと思っています」

「ほ、本当か…?!」

「…はい、私でよければ…ですけれど…」

「……そうか…よし…分かった。今夜はもう遅い、雇用の件は明日以降にゆっくり話し合うとしよう」

「ありがとうございます」


アシュリーは、レティシアを部屋までちゃんと送り届けてくれた。









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