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ルブラン王国
28 レティシアと伯爵6
しおりを挟む「こちらのお部屋です。ゆっくりお休みください」
「ありがとうございます、ゴードンさん」
ゴードンの案内で部屋の前へとやってきたレティシアは…チャールズ、マルコ、カリムを引き連れて歩いていた。
アシュリーの“隣の部屋”といっても、最高級ルームは一部屋が広く…数歩では隣にたどり着かなかった。
どうやら、この階はほぼアシュリーの貸し切りとなるフロアらしい。
「何かご不便な点がございましたら、私ゴードンにお申し付けください」
「いえ、私チャールズに」
「いえ、私マルコに」
「いえ、私カリムに」
(…ええぇぇ…)
レティシアには、従者たちが尻尾をブンブン振り回す大型犬に見える。
非常に好意的で有り難いものの、こんな状態では誰か一人に用事を頼めない。
アシュリーに仕えれば、女性とお近付きになるチャンスが激減する。従者たちがレティシアに興味津々なのは、きっとそのせいなのだろう。
(全員未婚?…従者s…お可哀想に。ゴードンさんが一番年上?30歳くらいかな?)
「皆様、お心遣いありがとうございます。では…また明日、お会いいたしましょう」
何だか気の毒に思える従者たちに最高の笑顔でそう伝え、レティシアは部屋のドアを締めた。
♢
…コンコン…
控え目に扉を叩く音がする。
湯浴みを済ませたばかりのアシュリーは、今日一日の出来事を思い返しながら部屋で寛いでいた。
この時間はもう従者たちを下がらせている。余程のことがない限り、部屋を訪ねて来たりはしない。
アシュリーがそっと扉を開けると、そこにはレティシアが立っていた。
「シリウス伯爵様、お休みのところ…すみません」
上目遣いのレティシアが、申し訳なさそうに小声で話す。
「構わないよ、どうした?」
「…あの、お風呂が…」
「…ん?…風呂?」
「…使い方が分からなくって…」
「え?」
──────────
「はぁ…気持ちいい」
レティシアは、湯船の中で両手足を伸ばして全身を弛緩させた。
商店で間借りしている部屋にはシャワーのみ、こうしてゆったりと湯船に浸かるのは侯爵家を出てから初めて。
いつものシャワーは、コックをひねるだけで簡単にお湯が出る。侯爵家では、何もせずともお風呂の準備は完璧だった。
高級ホテルの広い浴室で、前世の記憶にある“湯沸かし器”とは違う装置を前に…レティシアは固まる。
(…悩んだけど、結局伯爵様に助けて貰っちゃった…)
アシュリーは、湯を入れる操作を丁寧に教えてくれた。
その上『魔法で髪を乾かしてあげる』と言って、レティシアをずっと待っていてくれる。
「最初にいろいろあったけれど、優しくて思いやりがある人なのよね。…それにしても…ちょっとドキドキしたわ」
前髪を下ろして長い髪を解き、ガウンを羽織っていた…完全寛ぎモードのアシュリーの姿を思い出す。
「…早熟な18歳は…色気があるなぁ…」
(前髪は下ろしてるほうが好きかも。開いた胸元から見えていたけど、イイ身体してた)
♢
「…はい、もう乾いた」
アシュリーの魔法で、レティシアの髪はすぐに乾いてしまった。ソファーに座ってから、一分も経っていない。
「ありがとうございます!…伯爵様が長い髪でいられる理由が分かりました…」
「これも生活魔法、アルティア王国の民なら大体皆が使えるものだ」
(へぇ、いいな…魔法)
「レティシアも、少し飲まないか?」
アシュリーの指差す先には、ワインのような飲み物。
棚からグラスを取り出そうとしていた手を止め、レティシアに『酒を飲むか?』と聞いているのだ。
「…私、まだ17ですよ?」
(…中身は28歳ですけど…)
「この王国は成人が15歳だから、飲んでも構わないのだろう?…女性はあまり飲まないのか…」
「…15?!…あっ…そう…私は…お酒は滅多に…」
15歳で成人して、飲酒も許されるルブラン王国。
なるほど…12歳で家名を背負って婚約するのもあり得る話だと、レティシアは納得する。
「伯爵様の国では、成人は何歳なのでしょう?」
「我が国は18歳だ、私は成人して半年かな」
「では…まだ成人されたばかり」
「あぁ。どうする…飲んでみるか?」
(この身体でお酒を飲んで大丈夫なの?…待って…その前に、初めての飲酒+男女二人きり+夜…絶対駄目じゃない?)
「今日は、やめておきます」
「そうか。…いや、無理に誘うつもりはないんだ」
アシュリーはグラスを一つだけ手にして、レティシアの横に座った。
「私は悪い夢をよく見てしまうから、深く眠れるように毎夜少量を飲んでいる。寝酒だな」
「悪い夢?」
アシュリーは“伯爵”という高い地位にしては年齢が若い。
女性アレルギー以外にも、他人に言えない悩みを多く抱えていそうに思えた。
「うん、魔力が強いのが原因らしい。…どうにもできない」
「…え?魔力ですか…魔法が使えても、便利なことばかりではないんですね。伯爵様はご苦労も多そうですし…」
悪夢を見るから仕方なく酒を飲む…諦めるしかないと話す姿が、寂し気で痛ましい。
レティシアは、アシュリーの頭を優しく撫でた。
「…っ…?!」
「この間、養護施設の子供たちがこうして私を慰めてくれたんです。『ナデナデしてあげる』って…ふふっ。私、めちゃくちゃ癒されたんですよ。伯爵様は、少し癒しが…ええと…リラックスするお時間が足りないんだと思います」
アシュリーは、身体が痺れて熱くなるのを気力で堪えた。
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