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第3章
34 デート
しおりを挟む所謂“退職願い”をゴードンに預け、レティシアはアシュリーに誘われて街へ買い物に出かけた。
「…レティシア…手を繋いでもいい…?」
軽快に走る馬車の窓から街並みを眺めていたレティシアは、その言葉を聞いて…向かいに座るアシュリーの顔に視線を移す。
「突然…何を?」
「レティシアの話通りだとしたら、いつかは…手を繋いだりできなくなるんだろう?」
「えぇ。でも、手を繋ぐという前提がおかしいような?私はお仕事の関係上お側にいるだけで…ちょっ…聞いてます?!」
「繋いでみたいんだ。…駄目か?」
「…伯爵様、近いです…」
いつの間にかレティシアの隣に席を移動して、ピッタリ身体を密着させたアシュリーは、少し背を丸め…顔を覗き込んでくる。
(そんな風に熱く見つめられたら、断われないでしょう!)
「駄目…ではないですけれど、よく考えてみてください。私と触れ合っていると、触れなくなった時により辛くなりませんか?」
「…確かに、この幸せを知れば…元に戻ることは辛い」
「私も、伯爵様に突然冷たくされるより…今から適度な距離を保っていただいたほうが傷つきませんよ?」
「そう言われてしまうと、困ったな…レティシアは手強い」
「28歳なので」
ツンとして年齢を告げる様子がどんなに可愛らしくても、アシュリーはそれを口には出さない。
隙を見てレティシアの手の下に素早く自分の手を滑り込ませると、互いの指が交互になるようにしてギュッと握った。
「…あっ…恋人繋ぎ?!」
「恋人?…いいね、今日は恋人だ」
「………はい?」
唖然とするレティシアを横目で見ながら、アシュリーは機嫌よさそうに微笑む。
じんわりと、アシュリーの手の温もりが伝わってくる。
『駄目ではない』と言った手前、大人しく手を握られてはいるものの…レティシアは握り返すことができないでいた。
「伯爵様って…意外と積極的ですね」
「君は特別だからね」
(それ、今だけなのよ?)
「周りの者たちは、皆こうして恋人と手を繋いだり、パーティーで婚約者と踊ったりしている。羨ましくて、いつも見ていた」
身体に異常が現れるため、女性を避けているアシュリーだが…恋愛に興味がないわけではない。
(そうか…自分もやってみたいと思って当たり前よね。彼は、まだ18歳だもの)
「伯爵様は、恋人と手を繋ぐのに憧れていたんですか?」
「恋人とはどんな存在だろうと、いつも思っていたよ。だけど、ハハッ…憧れていただなんて言われたら流石に恥ずかしいな」
「じゃあ…今日は、私と一日デート体験をしてみますか?」
照れながら笑うアシュリーの手を、レティシアは握り返した。
──────────
「この髪留めが一番可愛い」
「え、これ?…何か金ピカじゃない?」
「店主、これを貰おう。すぐに使うから包まなくていい」
「ちょっと、何でもホイホイ買わないの。値段は見たの?」
“恋人設定中”の二人は、敬語なしで楽しく買い物をする。手は、ずっと繋いだままだ。
どの店へ行っても、お似合いのカップルだとか、美男美女で羨ましいと囃し立てられ、レティシアは少々居心地が悪かった。
イケメンの一日彼氏がノリノリで楽しそうなので、ここは仕方なく許す。
♢
デートの最後、街へ出て一番最初に購入したベストとスボンのセットを受取りに、洋装店へ立ち寄る。
レティシアは、従者たちと同じようにズボンを着用して働きたいと思っていた。
アシュリーの周りに今まで女性の側仕えがいなかったことを考えても、スカートよりいい。何より、動きやすくて便利。
『スボンが欲しい』とレティシアが言った時、アシュリーは首を傾げていた。この世界では、丈の長いズボンを“トラウザーズ”と呼ぶらしい…。
「お客様、いらっしゃいませ。今、やっと仕上がったところですよ。どうぞ、一度着てみてください」
「すぐに直してくださって、助かりました。急がせて申し訳ありません」
「いえいえ、その分のお代は十分いただいております」
レティシアが試着をしたところ、サイズは丁度いい。うれしくなって、アシュリーにも披露する。
「どう?似合ってる?」
「よく似合っているが、ちょっと…目のやり場に困るな」
「目のやり場?…どこか変?」
「…そうではない…」
普段、スカート部分で隠されている丸みのある臀部から足のラインが艶めかしく、丈の短いベストはレティシアの豊かな胸と細い腰を強調し過ぎていた。
アシュリーが周りを見渡すと、従業員たちは男女共に頬を染めている。
「レティシア、ベストを脱げ。…いや、その上からでいい、この上着を着るんだ」
「上着も買ってくれるの?」
アシュリーは、スタイル抜群で魅力的なレティシアをできれば誰にも見せたくない。
女性らしさが目立つ部分は布で覆っておくに限る…と、ロング丈のジャケットをレティシアに着せた。
「まぁ…これなら。店主、ジャケットもいただこう」
「本当に買うの?」
「ズボンを穿きたいなら、その上着じゃないと許さないぞ」
キョトンとするレティシアを周りの目から隠すように、アシュリーは優しく胸に包み込んだ。
レティシアと手繋ぎデートをした効果だろうか、心臓の爆音はすっかり息を潜めて大人しくなっていた。
「全く…困った人だな」
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