前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第3章

40 旅立ち2

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「レティシア、時間だよ」


声の主はアシュリー。
音も気配もなく、木陰に隠れるレティシアとルークの近くまで来て立っていた。


(はっ!…今の会話、聞かれてた…?!)


ギョッとして振り向いたレティシアに、アシュリーが手を差し出す。


「…おいで…」

「…はい、大公殿下…」


青々と茂った葉の隙間から洩れる柔らかな光が、アシュリーの優しい笑顔を照らしている。
数歩歩いて、おずおずと伸ばした手が彼の指先にわずかに触れたかと思うと、すぐさま引き寄せられた。


「さぁ、行こう。…ルーク、お前はゴードンの下へ急げ」

「はっ!」


アシュリーは立ち去るルークをチラリと目で追いながら、身を翻してレティシアの腰に手を添え…ゆっくり馬車へと導く。


紳士的でスマートなエスコート。
ドレスを着た貴族令嬢であれば、アシュリーに寄り添われて絵になるだろう。
レティシアは、全く見映えのしない姿の自分を…この時ばかりは少し恨めしく思った。


(ソフトで、いやらしさも強引さもない…素敵よね)


「レティシア、段差に気をつけて?」

「段差?…あら、え…と?私が先に中へ?」


自然と歩みを進めている内に、気付けば馬車は目の前。


「どうぞ、レディーファーストだ」

「…レディ…なるほど…」

「ほら、こちらへ手を。足元もちゃんと見て」

「……はい。では、お先に失礼いたします…」


(…本当に、これでよかったのかしら?…)


どこか間違っているような気がしてならない…レティシアは誘導されるがまま、ぎこちない動きで馬車に乗り込んだ。



    ♢



ゴードン以下従者たちは、並んでそれを見ていた。


チ)「あ、ほら…殿下より先に乗っちゃったよ」

マ)「そんな気はしていた。秘書官をエスコートしている時点で、もうおかしい。完全にお姫様扱いしているよな」

ゴ)「この世界のことを知らないから…殿下に言われて、素直に従ったんだろう」

ル)「殿下はそれを楽しんでいるんですよ。策士なところが見え隠れしてますね」

カ)「もしかして、嫁にする気がおありなんですか?俺も、初めて見た時からイイな~と思ってるんだけどなぁ」


最後、呑気なカリムの発言に全員が黙る。


「…カリム、滅多なことを言うもんじゃない。それから…職を失いたくなければ…彼女に手を出すのは止めておけ。さぁ、我々も気を引き締めて行くぞ!」


ゴードンの一言で、従者sも役目を果たすべく…それぞれ馬車へ向かって走った。




──────────




…ガタゴト…ガタゴト…


揺れる馬車の中で、アシュリーは考え事をしている様子。
彼が肘をつき、長い足を組んで窓の外を眺める姿に見惚れながら…邪魔をしないよう、レティシアは黙って座っている。


(これなら、二人きりでも…思っていたより大丈夫かも)


「…レティシアに…何から話そうかな…」

「私にお話が…?」

「うん。このままでは、君は私のことを何も知らない秘書官になるよ?」

「…そういえば…そうでした…」


アシュリーが最初に『ラスティア国を治めている』と言った時、関わるつもりのなかったレティシアは一方的に話を遮ってしまい、それっきりになっていた。


「ど…どうぞ、いえ…是非ともお話しください、大公殿下」

「まだ先は長い、お互い堅苦しい態度はよそう。皆と同じように“殿下”と呼んで構わない。…さて、先ずは自己紹介か?」



    ♢



「アルティア王国の王族は皆“黄金の瞳”を持っていて、私は王族の末っ子。兄と姉が二人ずついるんだ」

「殿下は、な感じがしておりました」

「それは、レティシアが28歳だからだろう?」

「単に、殿下と私の年齢差だけで申し上げているわけではありませんよ」

「…ハハッ…怖いな、そんなに睨まないでくれ」

「ちょっ…に…睨んでません!街へ出掛けた時にも思いましたけれど、殿下は時々可愛いことを言ったり甘えたりなさいます。そういうところが…弟っぽいなと…」

「…ん?…私が?」

「殿下が、です」


一体誰の話だ?と、笑うのを止めたアシュリーは…瞬時に自分の記憶を辿って…はたと気付く。


「…あぁ…いや、多分…それはレティシアにだけだ…」

「へ?…あれ、もしかして…私が年上だから…?」


真顔で言うレティシアを見て、アシュリーは再び笑い出す。


「…ハハッ…結局そこに戻るの?」

「…あっ…」




──────────




「“金”ではなく“黄金”とは…より高貴な印象を受けますね」

「言い伝えや昔話まではしないが、我々王族は神の化身である“神獣”との繋がりがあるんだ」

「神獣、神の…獣?」

「そう。ほら、よく見ると獣の目に似ていないか?」


アシュリーが自分の瞳を指差す。
レティシアは少し身を乗り出して前屈みになると、ジーッと真剣に“黄金の瞳”を見つめた。


「…綺麗な目ですね、…お顔もそうです…」

「顔?…君は、伯爵の時の容姿が好きなんじゃないのか?」

「…私がいつそのように申し上げました?…勿論、伯爵様のお姿も大変格好よくていらっしゃいますが…」


(私は、今のほうが断然好みなんです!)


「レティシア、もう少し椅子に深く腰かけておかないと危ない」

「…つい…申し訳ありません…」



─ ガタンッ! ─



「「…あっ!!…」」






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