前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第3章

39 旅立ち

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「準備はできたか?」


街で購入したばかりの上着とトラウザーズを身に着け、ご機嫌な様子のレティシアが部屋から出て来る姿を目にしたアシュリーは、待ち兼ねたように駆け寄る。


「はい、大公殿下。そして皆さま、今日からよろしくお願いいたします」


レティシアは礼儀正しく、アシュリーと従者たちに頭を下げた。


「あぁ、よろしく頼む」

「「「「「…よろしく…」」」」」



    ♢



アルティア王国への道のりは遠く、通常四日はかかる。
そこを、アシュリーは半分の二日で帰ると言うのだから…レティシアは驚いた。

移動には二台の馬車を使う。荷馬車は別にもう一台あり、馬車が荷馬車を挟む形で道中は進んで行く。
五人の従者の内、二人は交代しながら御者の隣に座って外での見張り役を務める。

説明を聞いたレティシアは、てっきり従者たちと行動を共にするのだろうと思っていた。

“従者s5人-2人=3人”

馬車は、四人で乗っても余裕がある。
アシュリーは一人で一台の馬車を使うと決まっているため、見張り役の二人を除いた三人にレティシアを加えた四人が、残った一台の馬車に乗るはずだ。




──────────




「ねぇ、ルークったら…お願い!」

「俺を巻き込むな。…っ…おい、やめろっ…」


レティシアは、逃げようとするルークの上着の裾をグイッと強く引っ張り離さない。



─ レティシアは、私と同じ馬車に乗るように ─



そう…アシュリーから指示されてしまったレティシアは、馬車に二人きりという状況を回避しようと必死。


「お願い。ルークも一緒に乗るって言って!」

「アホ!そんなこと言えるか!!」


荷馬車に荷物を積み込むわずかな時間、レティシアはルークを木陰に呼び出してコソコソとやり取りをしている。
しかし、ルークは主人の刺すような冷たい視線を感じ取っていた。


「ルークのケチ!!」

「…ケ…?!…何で俺がケチなんだよっ!」

「もうっ!」


拗ねたレティシアが、ボカッとルークの胸を拳で殴る。
その様子はまるで姉弟ゲンカ。体格のいいルークは痛くも何ともない…ただ、面倒くさそうに呆れた顔をしていた。


「殿下と、何かあったのか?」



─ ギクッ! ─



(…よく分からない内に…キスしてたとか…絶対に言えない…)


頭上からブルーグレーの瞳がグッと近付いて来て、レティシアはルークと目線を合わせていられなくなる。


「…っ…や、別に…そういうわけでは…」

「ちっせえ声で…らしくないな、全く。
レティシア、俺たちは見張りもあるし神経を使うんだよ。殿下と馬車を分けるのも、意味があってのことだ」 

「…そっか…確かに、休めないもんね…無理言ってごめん…」

「よく知らない相手と、長時間馬車で移動をするのは正直キツい。俺たち従者同士でさえ…気不味い時はある」

「そうなの…?」

「あぁ。前に俺と二人で馬車に乗って経験しただろう、あの重苦しい空気を忘れたか?」


(…めちゃくちゃ覚えてる…)


「殿下がレティシアを同乗させるってことは、それだけ気を許していらっしゃる証拠だ…逆に有り難いと喜べ!そうでなければ、もう一台馬車を用意されていた」

「えぇっ?…私だけのために、馬車を増やすだなんて」

「同じ従者といっても、レティシアは殿下の個人秘書官という肩書きがある。俺たちと横並びに座るなんて想像は、間違ってもするんじゃないぞ」

「思いっ切りしちゃってたわ…ごめんなさい」


アシュリーは、新しく秘書官となるレティシアの立場を考えて声を掛けてくれたのだ。それなのに、レティシア一人が感情に振り回され、もたもたしていたとは情けない。


「いいか…殿下はレティシアの誠実さに高い信頼を寄せておられる。かなり気に入られていると気付いているか?…この際、そこははっきりと自覚をしておいてくれ」

「それはとても喜ばしい話だわ。同じ馬車に乗せていただけるのも、光栄よね」

「…どうも話が通じてないな…」


レティシアの耳に届くか届かないかの小声で、ルークがぼやく。

アシュリーの瞳はレティシアを前にすると輝きを増し、口元は緩んで明らかに表情が柔らかくなっている。レティシアと出会ってから、大きく変わった点だ。
以前のアシュリーを知らないレティシアには変化が分かり辛いとはいえ『鈍感め』と…ルークは軽く舌打ちをした。


「…とにかく…今後は大切に扱われるだろう、レティシアは殿下のお気に入りだ。金を惜しまずゲートを利用されるくらいだからな」

「ゲート?」

「空間を移動する魔法の出入口みたいなもので、利用料が高額な分、早く帰り着く」


(なるほど、アルティア王国へ二日で行ける理由はそれか!)


レティシアの顔つきがいつも通りに戻ったことを確認したルークは、真っ赤な髪をガシガシと掻いた。


「俺をサンドバッグにして、気は済んだか?」

「…サンドバッグって…うん…ありがとう、ルーク」



    ♢



ラスティア国の貿易担当者であるシリウス伯爵の秘書、という当初の予定が…国を治める大公の初の個人秘書官へとグレードアップ。そこに一抹の不安があった。
加えて、同化した時にアシュリーとの関係はどうなるのか?それは一体いつなのか?予測できない怖さもある。


気がかりな部分はあっても『ラスティア国へ行ってみたい』気持ちに揺らぎはなく、ルブラン王国に残るという選択肢はレティシアになかった。



    




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