前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第4章

49 聖女

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二人が部屋へ戻ると、ゴードンが夕食の準備を始めていた。

アシュリーの機嫌は、すっかりよくなっている。
従者たちは胸を撫で下ろし、鶏を焼いた香ばしい香りと、煮込まれたシチューの食欲をそそる匂いに鼻をひくつかせるレティシアを…笑顔で迎え入れた。



「殿下、食事の後に聖女様とお会いする予定となっております。サハラ様もご同席されるそうです」

「サハラ様が…?」


ゴードンの話を聞いたアシュリーは、首を傾げる。
神獣サハラは花嫁である聖女にしか興味がなく、聖女以外の女性との接触を好まない。自ら進んで人に会う機会も少なかった。


「クオン様はレティシアに懐いておりますし、多分…異世界人であるという話が、お耳に入ったのでしょう」

「なるほど、分かった」



その後、皆揃って食事をする。
王宮でのアシュリーは、従者にも自分と同じ料理を振る舞う。給仕係をつけないため品数は多くないものの、豪華で美味しい。
こうして気取らず賑やかに食事ができることを、レティシアは密かに喜んでいた。



    ♢



「え?…あれ?…待ってください…」


先程クオンを送り届けた…見覚えある宮殿の入口を通過しようとするアシュリーの背中に、レティシアは思わず声をかける。


「もしかして…聖女様は、クオン様とは別のところにいらっしゃいます?」

「あぁ、今から向かうのはもう少し奥にある“聖女宮”だ。サハラ様と聖女様のお住まいになる。クオン様とは…住み分けといった感じになるだろうか」


(聖女様と会うなら、クオン様にも会えると…単純にそう思っていたわ)


親子で別々の宮殿に住んでいるとは、凡人レティシアは考えもしなかった。後ろ髪を引かれる思いでクオンの宮殿を通り過ぎ、アシュリーについていく。





ポーン!




「…っ…キャーッ!!」

「レティシア?!…っ…クオン様っ!」


アシュリーが振り向くと、レティシアの後頭部にクオンがしがみついていた。


『レティシア!!待ってた!!』

「…クオン様?!……ぬぉっ…く…首が…」
 

アシュリーは、よろめくレティシアをしっかりと支えて胸に抱き、フワフワの虎を後頭部から引き剥がす。


「ク…クオン様ったら、びっくりさせないでくださいよ」

『レティシア!レティシア!』


ビー玉のような青い目をキラキラさせたクオンが、レティシアの名を呼ぶ。アシュリーに捕えられながら、前足をバタつかせてレティシアの胸に必死にしがみつこうとする。


(ずっと待っていてくれたの?…甘えん坊のトラちゃん)


レティシアがクオンを抱き、頭をヨシヨシと撫でると…気持ちよさそうに喉を鳴らす。
そこへ、世話係が走って来た。


「クオン様は、また逃げ出したのか?」

「申し訳ございません、大公殿下。クオン様が突然こちらへ向かって…あぁ、秘書官様のところでしたか」

「これは、離れないおつもりだろうな」


しっかりとレティシアに爪を引っ掛け、掴んで離さないクオン。ジロリと…アシュリーと世話係を見ている。


「私たちは聖女様の下へ急いでいる。仕方がない、このままクオン様は預かろう」

「承知いたしました。何かあればお呼びください」




──────────




「サハラ様、聖女様、レックス・アシュリー・ルデイア大公殿下と秘書官レティシア様がお見えでございます」

「あぁ、やっと来たのね!待っていたわ、入っていただいて」


聖女と思われる明るい女性の声がした後、部屋の扉がゆっくりと開いていく。室内へ足を踏み入れたアシュリーとレティシアは、一度深く頭を下げた。



    ♢



調度品がキラキラしていて、光っていない物を探し出すのが難しい。全体が金色に輝く黄金の間。

その部屋の中心に置かれた巨大なソファーには、肩までの真っ白な髪に青い瞳、白磁のように滑らかな肌をした美しい男性が座っていた。上半身裸で、腰に布を巻いただけの色気ムンムンのその男性は、黒髪黒眼の美女の腰をガッチリと抱え込んでいる。

男性は神獣サハラ、女性は聖女。まるで、ヨーロッパの有名な絵画を見ているのかと思うくらい…絵になる二人だった。


(うわぁっ…サハラ様って、神話に出てくる神様みたい!聖女様は…日本人かも?!)


「サハラ様、聖女様、お久しぶりでございます」

「あぁ、久しぶりだな」

「大公、ご機嫌よう…あら、クオン?」


クオンは、レティシアの腕から飛び降りると、サハラと聖女の側へ一目散。両親である二人に抱き締められ、キスをされたり撫でられたりしている。


『父上、母上、あの子がレティシアだよ!母上と同じで僕と話せるし、可愛いんだ』

「…そなたが、異世界人という娘か…?」


サハラの青い瞳がレティシアを捉え、透明感のある声が耳に響いた。


「初めてお目にかかります。レティシアと申します」

「よく来てくださいました。レティシア…お名前も外見も、この世界の女性に見えるわ。私とは違うみたいね」

「私は、理由わけあって“前世の記憶”だけを持って生きております」

「…前世?」

「はい。中身は日本人なのです、聖女様」

「まぁっ!私……ちょっと、あなたっ!」


ソファーから立ち上がろうとする聖女の細い腰を抱えて離さないサハラは、腕をつねり上げられ…黒い瞳に睨まれている。
不満気な顔をするサハラの腕を無理やり解くと、聖女はレティシアの側までやって来て潤んだ瞳で手を握った。


「私も日本人よ、同じ異世界人に会えて…しかも日本人だなんて!うれしいわ!!」

「ほ…本当ですか?!私もうれしいです!」


(ヤッターーーッ!!)


「大公、彼女…少しの間お借りしてもよくって?」

「えぇ。レティシアをよろしくお願いします」


アシュリーは、瑠璃色の瞳をキラキラさせ…興奮した様子のレティシアを見て、眩しそうに目を細めた。


「あら?…大公がそんな顔をするだなんて。あなた、私がいない間よろしくね。クオン、いい子にして待っているのよ?」

「…………」

『はい、母上!』


サハラとクオンにしっかりと言い聞かせ、聖女はレティシアを連れて黄金の間を出る。
クオンは、聖女の手編み毛布が入ったお気に入りの“カゴ”の中にすっぽりと収まり、丸まってすぐに寝息を立てた。


「…レイヴンを呼べ…」


側付きの者に静かにそう命令したサハラは、アシュリーをジッと眺めて『どこか変わったな』と呟く。






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