前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第4章

48 ヤキモチ

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レティシアと共にクオンを宮殿へ連れて行った後、一人で戻って来たアシュリーは、苛立った様子でコートを雑にソファーへ脱ぎ捨てる。


チ)「…なぁ…レティシアは?」

マ)「さぁ?クオン様が離れてくれなかったとか?」

チ)「レティシアをクオン様に取られて、それで機嫌が悪い?!」

マ)「取られたとか言うなよ。殿下がクオン様を相手に機嫌を損ねる?…ないない…」


チャールズとマルコは、ヒソヒソと話をしていた。


「殿下、お帰りなさいませ。お飲み物をお持ちいたしました」


さり気なく、淹れたての紅茶をテーブルへと置くゴードン。高級茶葉の上品で淡い香りが、部屋の空気を柔らかくする。


「ありがとう、いただくよ」

「レティシアは…まだクオン様の宮殿ですか?」


コートをサッと拾い上げながら、あまりにも自然な流れでゴードンが問いかけたため、チャールズとマルコは目が点になった。

アシュリーは紅茶を一口飲み、庭へとゆっくり目線を移す。


「いいや。彼女は、今…レイヴン殿と一緒だ」

「……レ……えっ!…帝国魔塔の…?!」


流石のゴードンも、小さく声を上げて目を剥いた。

次期魔塔主に決まったレイヴンは、帝国魔塔の魔術師たちを引き連れて各国の“神樹”を巡っている。現在、アルティア王国に滞在中であった。


「あぁ、さっき偶々廊下ですれ違った。どうやら…二人は以前から顔見知りらしい」

「以前とは、侯爵令嬢の時でしょうか?一体どこに接点が…」


帝国とルブラン王国、二つの国はかなり離れている。
魔力のない貴族令嬢が、位の高い魔術師の中でも最高位のレイヴンと出会う機会など…あるとは思えない。


「少なくとも、今のレティシアの事情は理解されているはずだ」

「レイヴン様が女性と交流されること自体、珍しいのではありませんか?」


レイヴンは、アルティア王国前国王アヴェルや神獣サハラと懇意にしていて、特にサハラとは親しい間柄だと知られている。


「近寄り難い高貴なお方だからな。その辺の貴族令嬢が憧れはしても、取り囲める相手ではない。しかし、レティシアを見た途端に顔色を変えて走って来られた」

「…珍しいどころではないですね…」

「私がどれ程驚いたか分かるか?…レイヴン殿は、レティシアの頬に触れて…二人は見つめ合っていたんだ…」


その光景を思い出すと胸の辺りが苦しくなり、気分がよくないアシュリーは、無意識に眉根を寄せてしまっていた。

ゴードンもチャールズもマルコも、主人の機嫌が悪い理由=“ヤキモチ”であると気付く。


「殿下は、お二人がどういう関係かを気になさっているのでしょうか?」

「それは…まぁ…いや、気にはなるが…詮索すべきではない、プライベートな部分だと分かっているつもりだ」



    ♢



侯爵家でジュリオンからの過度なスキンシップに慣らされていたレティシアは、男性が触れることに対して警戒心があまりないと言っていい。
そんなレティシアとレイヴンはどこか特別な関係、アシュリーには二人の触れ合いがそう見えていた。

不意に、愛している人はいないか?と…レティシアに尋ねた時の記憶が蘇る。
…いません』と返事をしたのは、現世での記憶が全くないために他に言いようがなかったからだろう。



─ 現世のレティシアは、誰を愛していたのか? ─



一つの疑問が、アシュリーの脳裏を過ぎった。



    ♢



「レティシアを迎えに行く」


紅茶を一気に飲み干し、アシュリーは部屋を飛び出す。




─────────




二人と別れた真っ直ぐな廊下へアシュリーが足を踏み入れたところで、レティシアの頭を撫でて立ち去って行くレイヴンの姿がチラリと目に入った。


「…っ…!!」


再び、心臓をギュッと鷲掴みにされたように苦しく感じたアシュリーが胸に手を当てて足を止めていると、大理石の上を軽快に走るレティシアの足音が近付いて来る。


「殿下、お待たせしてすいません!ありがとうございました」

「…思ったより…早かったな…」

「レイヴン様はやっぱりお忙しいみたいですね、殿下にご挨拶できなくて申し訳ないと仰っていました」

「…ちゃんと話はできたのか…?」

「えぇ、また新しい魔術?を施していただいたみたいです…って…殿下、少し顔色が…」

「…レティシア…聞きたいことがある…」

「はい?」


アシュリーは、どうしても我慢ができなかった。
プライベートの詮索云々の廉潔な意思は、知りたいという強い欲望に呑まれて負けてしまう。



    ♢



「…分からない?」

「レイヴン様は“現世のレティシア”を陰ながら見守り、支えてくださっていました。それは、状況から何となく…でも、今の私に改めて説明しようとはなさらなかったので」

「つまり、詳しく知らないわけか。その割には…随分と親しそうに見えたが?」

「侯爵家を出る前に、一度お会いしただけですよ?」


レティシアが、キョトリとあどけない顔をする。
地位や名誉に興味のないレティシアは、帝国で最も名高い大魔術師だからといって…擦り寄ったりはしない人。アシュリーは、ここで再認識した気がした。


「私がこの身体に取り残された原因はレイヴン様の魔術にもあるそうで、気にかけてくださったんだと思います。もう会うことはないって仰っていたのに…お互いビックリしました」

「…レイヴン殿は、二度と会わないおつもりだったのか…」

「ルブラン王国のあの倉庫にいたら、絶対会いませんよね」

「…………」


二人の関係は、本来ならばすでに終わっていたはずだった。
再会のきっかけを作ったのは、他でもない…アシュリー自身だと気付いて咄嗟に言葉が出ない。


「…殿下、もしかして…私…何かご心配をおかけしていたのでしょうか?」

「いや…違うんだ」


質問をすれば、レティシアは誠実な答えを返してくれる。レティシアの前では、意固地になったり、肩肘を張る必要などないのだと思うと…アシュリーの気持ちはとても和らいだ。


「…レティシアがいなくて…寂しかったんだと…思う…」

「…へ?」



(キュンッ!)



今まで女性を寄せつけなかったアシュリーは、レティシアに出会って初めて芽生えた感情を…上手く表現できなかった。




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