前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
50 / 215
第4章

50 神獣とエルフ

しおりを挟む


聖女を手元から奪われたサハラは、当然機嫌が悪い。
サハラが面会に同席するという想定外の事態に予め心積もりはしていたものの、険しい顔つきのサハラと二人きりになったアシュリーは…これ以上、状況が悪化しないよう祈るしかなかった。


「大公、あの娘は…何者だ?」

「表向きは、他国の元侯爵令嬢…今は除籍されて平民となっています」


自身の感情を隠そうなどと考えもしないサハラは、思い切り訝しげな表情をアシュリーに向ける。


「突然の事故により魂を失った…その元侯爵令嬢の身体に取り残されたのが、前世である今のレティシアです。彼女は異世界からの転生者で、現世で生きた17年程の記憶がありません」

「肉体が滅びなかったとはいえ、それは死を迎えたも同じ…現世に留まったのは、魂が欠けたせいかもしれないな」

「この世界で目覚めてまだ日が浅く、魂と身体が同化していない状態だと聞いております。そのためか、私が触れても異常が起こらない…唯一の女性なのです」

「…触れても?……触れたのか…?!」


アシュリーのことを生まれた時から知っているサハラは、まさかの話に目を見張る。


「はい」

「何と!…そうか…ならばその影響で…」


アシュリーの魔力から感じたわずかな違和感は、レティシアとの接触による変化であると納得したサハラは、頷きながら興奮して乾いた口元を数回撫でた。


「サハラ様、レティシアは…特別です」

「…ふむ…だが、あの娘は…ん?…レイヴンが来たか…」


部屋の外から男性の声が聞こえたかと思うと、すぐに扉が開いて…急くようにスルリと隙間を通り抜けたレイヴンが姿を現す。

長い銀髪に紫の瞳、強いオーラを放つ彼は…その見た目と威圧感から、周りに冷たい印象を与える。レティシアの側にいた時とは、明らかに雰囲気が違う。


「サハラ、何用だ?私は暇ではないんだぞ……おい、先客ありではないか…」


帝国魔塔の大魔術師は、神獣にとんでもなく無愛想だった。



    ♢



先客となったアシュリーはスッと立ち上がり、レイヴンに一礼をする。


「あぁ…大公殿下、先程は大変失礼をいたしました」

「また、お会いできましたね」

「レイヴン、忙しいなら悪かったな。レティシアとかいう異世界人の話をしたくて…お前を呼んだ」

「レティシア?彼女がどうかしたか?」

「…何だ…あの娘はではないのか?…あんなにニオイをつけているではないか…」

「…えっ…?!」


驚きのあまり思わず声を上げたのは、勿論アシュリーだ。
サハラとレイヴンは“長くこの世を生きる者”同士、いつも対等に会話をするが…その口調は、よく言えば堅苦しさがなく、悪く言えば雑。


「サハラ、魔術をニオイと一緒にするな。獣みたいだぞ…発言に気をつけろ」

「…獣?失礼な男だな、お前の発言こそどうなんだ。
なぜ、そうまでしてあの娘を守る必要がある?あれでは、他の魔術師たちも気付くぞ」

「大いに結構、レティシアが“エルフの加護”持ちだと勘付くレベルの魔術師なら…手は出さん」

「“加護”を二つもか?…レイヴン…それは、未来の嫁に与えるやつだろうよ。お前、何をやってる?」

「嫁などいつ来るか分からんではないか、誰かさんのように召喚するわけでもあるまいし」


面倒臭そうにそう言うと…レイヴンはドカッとソファーに座り、目の前に運ばれてきた紅茶を盆の上から取り上げ呷った。


「現世のレティシアとは縁があって、幼いころからそっと見守って来た。だが、違法薬を…それも失敗作を…過剰に体内へ取り込んだレティシアの魂を救ってやれなかった。
今は、前世である彼女が残された身体で自由に生きるくらいの手助けはしてやりたい。サハラ、私は“加護”を与えはしたが二つではないぞ。一つは“加護”を織り交ぜた特殊な魔術だ」

「どっちも似たようなものではないか、やかましいわ。お前がそこまでする娘なら、私も何か“加護”を与えてやろうか?」

「それは私が頼むことではない。…が、この魔法の国で…彼女が生きやすい程度に気遣ってやってくれると助かる」

「ふん。まぁ…あの娘に手を出せば、雷撃を食らって皆黒コゲになる…ククッ…」


エルフの神力は、自然との繋がりが非常に強い。サハラの口ぶりでは、中でも強力な雷の力がレティシアを守っているようだった。


「大公殿下は、彼女を秘書官として側に置かれるそうですね」

「はい。ご安心ください、私もレティシアを大切にするとお約束いたします」

「…よろしく頼みます…」


レイヴンが丁寧に頭を下げたことに、サハラとアシュリーは仰天する。




──────────




「大変不躾な質問で申し訳ありません、レティシアは…レイヴン殿に想いを寄せていたわけではないのでしょうか?」

「…ん?」


透き通った紫色の瞳が、大きく二度…瞬きをする。
アシュリーは、レイヴンしか知らない事実を聞きたい。突然質問を投げかけられ戸惑ったレイヴンは、顎に手を当てて固まった様子を見せていた。


「私はエルフと人間のハーフだ。異種族間、特に同じ時を刻めない者同士の恋がどんなに儚いものか…よく知っている。私たちのどちらかに恋愛感情があったとして、その恋を成就させることは難しかっただろう。
王族の婚約者であるレティシアに、心の拠り所となる相手がいても不思議はない。しかし、それは私ではなかった」

「立ち入った話をいたしました…どうかお許しください」 


レイヴンが構わないというように軽く手を上げた途端、サハラが口を開く。


「大公、レイヴンは人間とのハーフだが、その能力が半減するどころか倍増した…稀で貴重な“10人目のエルフ”だ。こいつの両親は、異種族であっても結ばれるべくして巡り合い、深く愛し合った素晴らしい夫婦だった」

「余計な話をするな」

「…だから、レイヴンはこう見えて愛情深い男…」

「まだ言うか?」


ギロリと睨みを利かせるレイヴンと、知らんぷりをするサハラ。そんな二人の間に挟まれたアシュリーは、少々責任を感じて黙っていた。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...