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アルティア王国

51 聖女2

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「さぁ、私のお部屋へどうぞ!」


黄金の間とは打って変わって、ブラウン系のアースカラーを基調とした落ち着いた色合いの部屋へ案内される。
聖女に手を引かれて廊下を歩いている間中、喜び溢れる激しい感動と、ホッと安らぐ安堵感が交互に押し寄せては…レティシアの感情を揺さぶった。


(…聖女様が日本人でうれしい…)


「あらあら…そんな顔をして…ここへ来るまで大変な思いをしたのね。よく一人で頑張って来たわ」

「…ふ…ふえっ…っ…」

「もう泣いていいのよ」


部屋の扉が閉まり、ソファーへ座ったと同時に緊張が緩んだ。ポロポロとレティシアの頬を伝い落ちる涙は、何度拭っても止まる気配がない。
聖女に抱き締められると、母の胸に抱かれているような安心感に包まれた。




─────────




「お会いしたばかりなのに、本当に申し訳ありません」


泣き止んだレティシアは時折グスッと鼻をすすっていたが、頭の中はスッキリしている。


「気にしないで。心細くて辛かったことでしょう…分かるわ。私の名は、サオリというの。“神獣サハラ”の花嫁として、七年前に召喚されたアルティア王国の聖女よ」

「七年…サハラ様とご結婚されて、もうそんなに長くこの世界で生活をされているのですね」


『召喚術』により喚ばれた者は、時空を超えて異世界へ一瞬で飛んで行く…一方的にも拘らず強制力を持つ術というのが、レティシアのイメージ。
サオリは、望んでもいなかったその運命を、どのように受け入れたのだろうか。


「私は、ルリといいます」

「ルリちゃんね。二人きりだし…本名でもいいわよね。確か“前世の記憶”しかないと言っていたかしら?」

「はい、そうなんです」


魔法がある国も多いこの世界では、真名を明かさない。
強力な呪いや契約魔法などに悪用されるのを防ぐため、誰でも公表せずに隠している名が一つや二つ必ずあるという。


「よかったら、詳しく話を聞かせて貰ってもいい?」

「是非、聞いていただきたいです」



    ♢



トラス侯爵家で起こった出来事を沈痛な面持ちで聞いていたサオリは、両手で顔を覆った。


「何てことを…魂が眠りについたら、身体は永遠に目覚めないの。現世のレティシアさんは、それを分かっていながら…でも、手に入れた違法薬には問題があった。いろんな偶然が重なって、今のルリちゃんがあるんだわ」

「まさか、死んだ記憶を持ったまま…異世界で再び生きていくだなんて思いもしませんでした。許されるのでしょうか?」

「…ルリちゃん、手を出してみて?」


レティシアが差し出した手をサオリが握ると、パアッと明るく光り始める。 


「わっ!」

「これは生命光…とても柔らかな輝きね。光の強さは、ルリちゃんが生きたいと望んでいる証。あなたはちゃんと魂…命として、その身体の中に存在しているわ。だから…大丈夫、生きていいの…生きていくべきなのよ。いいこと?こんなに優しくてあたたかい光を、消してしまってはいけないわ」

「…はい…」


サオリのよく通る声と言葉は、スーッとレティシアの心に染み入って来る…何とも不思議な感覚だった。




──────────
──────────




「嘘っ!…結婚式の日ですか?!」

「そうなの」


サオリが召喚されたのは、結婚式の序盤…チャペルの赤いカーペットに一歩足を踏み出した瞬間のこと。


「しかも…これから結婚の誓いを立てるって時に、控え室で相手の浮気が発覚して…気分は最っ悪だった!」

「えっ!!」

「私は両親が他界していたから、新郎新婦揃ってチャペルに入場する予定だったわ。だけど、そんな精神状態でにこやかに腕を組むなんてどうしてもできなくって。それなのに、チャペルのドアは時間通り容赦なく開くの。…で、ヤケクソになって大きく一歩進んだら、この王国の神殿に立っていたわけ」

「…いやいやいや…えぇぇ…」


ブライダル企画会社の若き女社長だったサオリは、当時35歳。立ち上げた会社の経営がようやく安定し始めたところで、年齢のこともあり結婚に踏み切った。
10年付き合った彼と迎える最高の一日になるはず…が、新郎の浮気発覚からの異世界召喚。最終的に、結婚相手が神獣へと変わってしまう。


「聖女、聖女って大騒ぎされて何が何だか分からないし…ただ、あのまま式の参列客の前で浮気男と永遠の愛を誓えたか?と問われれば、誓わないわ!って思って…」


(そりゃそうです。許しちゃ駄目!誓ったら駄目!!)


「元の世界へ帰りたいと考える気力もなかった。そのまま花嫁になって…召喚されたら二度と戻れないと知ったのは、かなり経ってからだったわよ」


丁重に扱われて困ったこともなく恵まれていたと、サオリは話す。


「サハラ様は…確かに素敵なお方ですけれど」

「サハラは、花嫁が現れるのに50年以上かかったらしくて」

「…ご…50年…」

「だから、召喚されたその夜に速攻襲われたわ…もうね…神獣じゃなくて猛獣なのよ、猛獣!」


(…猛獣?!…すごく激しそう…)


「サハラ様は、さっきもサオリさんにベッタリでしたよね。愛情がストレートというか…独占欲が強い感じで…」

「彼の愛は絶対だから」


うふふっ…と、サオリは笑みを浮かべる。
“神獣”と契りを結んだ花嫁は、35歳からほとんど歳を取らず…七年、変わらぬ美しさを保っていた。



    ♢



「…ルリちゃんは…大公と特別な関係よね?」

「はい…?」

「ルリちゃんが異世界人とはいえ、彼が付き添って来るだなんて…普通なら女性に近付きもしないし、触れたら大変なことになるはずでしょう?」

「サオリさんは、殿下の体質をご存知なんですね」

「知っているわ。聖女に対しては、拒絶反応が少ないのよ。といっても、触れたりはできないけれど…」

「…あぁ…私、何も知らずに…殿下に触れてしまったんです…」

「…っ…え?…直接触れたのっ?!」


甲高い声にハッとしたレティシアは、前のめりになるサオリを制するように両手を上げ、落ち着いた声で答える。


「はい。ですが、幸いにも殿下に異常は起きませんでした」

「…どういうこと?」

「実は私、魂と身体がまだ馴染んでいなくて…多分、人として不完全な状態なんです」

「不完全?」


サオリは、真剣な顔をして考え込んでしまった。


「…ルリちゃん…私が召喚されて聖女としての能力が認められた時、一番最初に頼まれたのが…当時11歳だったレックス王子、今の大公の治療だったのよ」

「………治療?」

「大公はね、ある事件から…女性に触れることができなくなってしまったの…」

「事件?…先天的なものではなく、何かきっかけがあったんですか?」

「生まれつきではないわ。今度は…私の話を聞いてくれる?」







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