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第4章
52 大公の秘密
しおりを挟む「大公を見ても分かる通り、王族の皆さまは美形揃いなの。大公の父親であるアヴェル前国王陛下は特に美男子で、家族を愛するとても素敵なお方でいらっしゃるのよ」
サオリは、レティシアの目の前にスッと人差し指を出す。
「そんな彼が愛した女性は、たった一人の王妃だけ。
一途なアヴェル前国王陛下は、側妃を頑として受け入れなかったそうよ。結果的に、三人の王子と二人の王女を授かったのだから、最も重要な“後継ぎを成す”というお役目をお二人は十二分に果たされたわ。つまり…側妃は不要だった」
政治的なことは私には分からないけどね…と、サオリは話を続ける。
──────────
一人の若い貴族令嬢が、アヴェルに恋をした。
高位貴族であるその令嬢は、王妃にはなれなくてもいつか側妃にはなれると、一方的な想いを募らせる。
しかし、愛する王妃以外を娶らないアヴェル。
どんなに待っても…令嬢が側妃になる日はやって来なかった。
そこから長い年月が過ぎたある日、アヴェルの息子、9歳のレックス王子が行方不明になる。
魔力量が多く優秀な王子は、覚えたての“姿を消す”魔法を使って周りを驚かせた。子供らしい悪戯の一つだった。
だが、それを逆手に取られ何者かに攫われてしまう。
どんなに探しても、消えた王子は見つからない。
とうとう、王国の護り神である“神獣”サハラを呼び起こすまでの事態となる。
サハラは王子の居場所を突き止めたが…救出する直前、王国の国境付近の山が一つ吹き飛ぶ。
レックス王子の膨大な魔力が暴走、周りのもの全てを一瞬で消し去ったのだ。
山も建物も…犯人をも焼き尽くし、その場には何一つ残っていなかった。
後の調査により、全ては長年アヴェルに懸想していた女の仕業だと分かる。
女の隠れ家はアヴェルに関する資料や王族を調べた情報で溢れ返っており、犯行について詳細に記した書類が見つかったことから、第三王子誘拐事件の犯人だと確定した。
♢
「側妃になれなかった…その貴族令嬢が、殿下を?!」
「えぇ。そこまで執着するなんて、本当に恐ろしい」
貴族令嬢は年配の貴族に嫁いだ後、若くして未亡人になっていた。
王族に近付くためには手段を選ばず、有り余る大金を全て使い、己の欲を満たすために大罪を犯して…命を落とす。
「アヴェル前国王陛下をずっと諦めきれず、その遺伝子だけでも欲しいと…歪んだ思いを持ったのかもしれない」
「…遺伝子?」
「そう。大公は、アヴェル前国王陛下に…顔立ちがよく似ているの」
サオリは顔をしかめ、伏し目になる。
アヴェル本人は手に入らない。しかし、その遺伝子を受け継ぐ、それも…そっくりな王子がいたとしたら…?
「犯人の女は、少年だった大公を攫って囲うつもりだったのか…若しくは、子種を貰おうとでもしたのか…とにかく、狂った異常愛の持ち主だった」
「…子種?」
「この王国では、魔力の強い者ほどより早熟。9歳でも、その身体は子孫を残す準備がすでに整っていたわ」
「…ウソ…」
♢
黒焦げの山の中からレックス王子を助け出したのは“神獣”サハラ。
王子は意識を失っていて、目覚めた後も錯乱状態が続く。攫われた後のことは、何も覚えていなかった。
行方不明となった朝から魔力暴走を起こす夜までの間に一体何があったのか?誰にも分からない。
急激な感情の昂りは、暴走の引き金となり得る。
その日、レックス王子の精神が崩壊するような何かが起こった。
♢
「サハラが言うには、大公の手足には拘束された痕が残っていたし、身に危険を感じて…必死に抗おうと魔力を爆発させたんじゃないかって。
勿論、全ては憶測よ…真実は闇の中。大公に記憶がないのは、自由を奪うために強い違法薬を使った可能性も…」
サオリは、レティシアが両手で顔を覆い…声を詰まらせて泣いていることに気付く。
「…ルリちゃん…」
「…酷い…どんなに…怖かったか…」
当時9歳のアシュリーに起きた…あまりにも辛い事件。
言葉では言い表せないほどの怒りと悲しみが込み上げ、レティシアの大きな青い瞳からは涙が溢れ落ちる。
「…っ…す…すみません。サオリさんは、私が知っていたほうがいいと思って…だから、話してくださっているんですよね…」
「彼は、醜い大人の欲望の…犠牲になってしまったのよ」
サオリはレティシアの背中を落ち着かせるように撫で擦ると、話を止めずに続けた。
「大きな魔力暴走を起こした後には、体調不良に悩まされるケースが多いんだけど…大公も例外ではなかった。次第に体力を消耗して、塞ぎ込むことが多くなっていったの」
──────────
魔力暴走による体調不良とは、暴走後に意識を失うことで魔力制御が外れ、体内の奥深くにある魔力の源の一部が捻れた場合に起こる。
治癒師が魔力の源に働きかけ、捻れをゆっくりと解くことで回復するため“一時的な症状”というのが一般的。
ただし、その治療には条件があった。
先ず、源(核)は体内で最も魔力が濃いため、そこに干渉する治癒師は対象者よりも魔力量が多くなければならない。
魔力暴走は魔力の強い者が起こしやすいが、上級治癒師であれば通常問題なく治療できる。
次に、魔力の親和性。
親和性は、治療に限らず…様々な場面で重要になる相手や物との“相性”。
たとえば、治癒師の魔力量が多少少なくても親和性が高ければ対象者の治療が可能。逆に、魔力量が多い治癒師なら親和性が低くてもそう気にする必要はない。
高熱に苦しむ9歳のアシュリーをすぐに治療できていれば、状況はかなり違っていたはず。
しかし、アシュリーは桁違いに魔力量が多い。嘔吐して意識を失い、何度も高熱を出すアシュリーの魔力の源に干渉できる治癒師は…一人もいなかった。
──────────
「そうこうしているうちに、女性だけに怯え始め…毎晩、悪夢にうなされるようになったそうよ」
「悪夢?…確か、魔力の強い人が見るのだと聞きました」
「大公から聞いた?…なら、それは多分正しくないわね」
“悪夢”は強い魔力と直接は関係がなく、精神的な疾患の一つ。
当時、事件の記憶がないアシュリーには細心の注意が払われ、悪夢について深く掘り下げるわけにはいかなかった。
「10歳ごろまでの子供は、悪夢を見たりするものなの。だから、強い魔力持ちには稀にあるとか…当たり障りのない説明をして…しばらく様子を見ることにしたのよ」
「…じゃあ…殿下は、それからずっと…」
(恐ろしい事件の夢を、見ているかもしれないの?)
もしそうだとしたら…成人して半年、毎夜飲むグラス一杯の寝酒で、彼の心は果たしてどれ程安らいでいるのだろうか?
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