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第4章
53 大公の秘密2
しおりを挟む「私が召喚された時、大公は11歳。
そのころには、強い症状を引き起こす原因が女性だと分かっていたから、女人禁制の特別な宮殿で生活していたわ」
「そうやって、周りの方たちが殿下を必死に守ってこられたんですね」
「えぇ。大公が宮殿の中だけでも安全に過ごせるように、アヴェル前国王陛下は特に気を配っておられたのよ」
サオリが召喚されるまでに、アシュリーは何度も倒れて床に臥し、死への恐怖を嫌という程味わっていた。
♢
アシュリーの女性過敏な状態は、悪化していく一方だった。
突然床にうずくまり、口から泡を吹いて意識を失う発作を起こした時ですら、辺りに女性の姿はなく…どこで気配を感じ取ったのか?護衛騎士たちは全く気付けない。
高熱にうなされるアシュリーが目覚めては倒れ…目覚めては倒れる…その繰り返し。
アシュリーの無事を祈る度に無力感に苛まれた護衛騎士の多くは憔悴し、配置換えを願って去って行った。
王宮では多くの女性たちが働く。
アシュリーの居住区のみ立入規制をしても愛する息子を守り切れないと判断したアヴェルは、王宮の中心から離れた宮殿一つをアシュリーに与え…信頼する部下に守らせた。
母である王妃や姉の王女たちは、アシュリーの姿を遠くから眺めることすら叶わなくなる。
誘拐事件から二年。
神獣サハラの花嫁として召喚された聖女サオリの“癒しの力”が、アシュリーを救う。
一定の空間内を“癒しの力”で満たし、触れずに治療を試みたところ…女性に対する過剰な反応とそれに伴う苦痛が緩和された。
直接触れさえしなければ、重度な身体的異常の発生を避けられるまでにアシュリーは回復する。
女性への嫌悪感は最後まで消えなかったものの、今まで悶え続けた地を這うような苦しみに比べれば…劇的に楽になった。
♢
「治療を終えてからは、二年の遅れを取り戻すみたいに…毎日熱心に魔法と武術を学んでいたわ。超真面目な子供だったの」
当時を思い出したようにクスリと笑うサオリは、七年間…ずっとアシュリーの成長を見守ってきた。
サオリは、腕を持ち上げて上腕二頭筋の辺りを叩く。
「それで、見事に…こう…逞しく成長しちゃったって話」
「はい。殿下のお身体は、筋肉質で引き締まっていて…とっても美しいです!」
レティシアが目を輝かせていると『どこで見たのよ?』と、サオリに突っ込まれてしまう。
「今の殿下は、宮殿を飛び出して国外にまで行けます。全ては、サオリさんの治療のお陰だったんですね」
「大公は、自分から積極的に外へ出たわ。心身を鍛え上げて…どんな苦痛にも泣き言を言わず、決して負けなかった」
「殿下は、すごいお方だわ」
アシュリーは、女性が近付くだけでも不快な気持ちになると言っていた。それに耐え得る精神力を持つ彼の心の強さに、レティシアは脱帽する。
「…残念ながら…根本的な治療までは無理だった…」
ため息混じりにそう言うと、サオリは表情を曇らせた。
“聖女”という絶対的な存在であるサオリも、元は普通に生きてきた日本人。見知らぬ世界へいきなり喚ばれ、聖なる力を与えられると同時に王子の治療を任される…その重圧がどれ程であったのか、レティシアには想像すらできない。
「大公は、事件によって心と身体に大きな傷を負ったのよ。女性を拒絶するのは、心的外傷じゃないかしら?」
「ありえますね…誘拐犯が女性ですから。記憶がなくても大きく影響が出ていますし、悪夢もあるので…深層心理では“女性を近付けたくない”という強い忌避感があるのかもしれません」
アシュリーの身体的異常は全て“魔力暴走”に起因するとされていた。なぜ暴走したのか?そこに、サオリの言う深い心の傷が隠れている。
「えぇ。“癒しの力”でも、完全には拭い切れない…これは、犯人の女が残した呪いだわ。一体、どれだけ大公を苦しめれば気が済むのかしら…」
「…私、犯人を許せません…」
サオリは憮然とするレティシアの両手を握って、瑠璃色の瞳をジッと見つめた。
「過去に起こった事件は、どうしたって消せない。でもね、もしかしたら…ルリちゃんなら、大公の未来を変えるきっかけを作れるかもしれない」
「変える?…私が?私、殿下のために何かできますか?!」
「落ち着いて、私も大公を救いたい。だから、先ずは情報を整理しましょう。ルリちゃんが大公に触れるというのは、まだ現世の身体に馴染んでいなくて不完全な状態だからよね?」
「はい。大変申し訳ないことに…それは、身体と同化するまでの『期間限定』の話なんです」
「…なるほど…同化してしまったら、大公から拒絶される…」
「間違いなくそうなると思います」
「他にも、ルリちゃんの身体について教えて。変わったことはないかしら?ほら…私たちみたいな異世界人は、この世界に来ると周りの人と違って不思議な出来事が多かったりするわよね?」
異世界人として近い境遇であるサオリからの問いかけに、レティシアは力強く頷いた。
「あります、不思議で気になっていること!」
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