上 下
54 / 174
アルティア王国

54 気になること

しおりを挟む


「最初に驚いたのは、どんな言葉でも理解できたことです。トラのお姿のクオン様とお話しできた時は、感激しました」

「この世界で言語理解と言われている、特殊な力ね。理解だけではなくて、ルリちゃんが話す言葉は誰にでも伝わるでしょう?」

「…あっ…」


サオリの言葉に、レティシアはハッとした。
レティシアの話す日本語は、自動的に翻訳されて相手に聞こえている。だから会話が成立するわけだが、それがあまりに日常過ぎてピンときていなかった。


「クオンは、獣化していてもルリちゃんと意思の疎通ができて、はしゃいでいたようね」

「私もめちゃくちゃうれしかったです。クオン様、フワフワでとっても可愛いですね」

「まだ獣化した姿しか見ていない?人化すれば普通に会話もできるし…ふふっ、あの子はサハラによく似ているわ」

「…わぁ…」


(ミニサハラ様?!人化後も、ちょっと見てみたいな)



    ♢



「他に気になるといえば、やっぱり記憶です。時々、自分の記憶にモヤがかかって、はっきりしなくて…怖いんです」

「前世の記憶が?」

「はい」

「レティシアとしての新しい記憶が急速に上書きされて、前世の記憶が圧迫を受けているのかもしれないわね」


聖女サオリの下には、様々な種類の病や悩みを持った人々が救いを求め訪ねて来る。その中には『前世の記憶持ち』『記憶喪失』『魂が抜けた』といった稀な相談事もあった。


「尤も、それが馴染むってことでしょうから…たとえば、すぐに眠くなったりはしない?」

「…っ…」


サオリからの問いかけに、レティシアは息を呑む。


「心当たりがありそうね」

「はい。ルブラン王国を出てからは特に…気付くと寝ていたり、長く眠ったりします」

「きっと…魂が疲弊しないように身体を休めるとか、記憶をアップデートしている状態だと思うわ。現世で生きるために、同化の準備が始まったのよ」


(しょっちゅう寝てしまうのには理由があったのね、この身体が…私を受け入れようとしているんだ)


「残されたルリちゃんの魂は確固たる存在よ。そこに刻まれている前世の記憶を全て失ったりはしないはず。それでも、徐々に薄れる記憶に不安や怖れを感じる気持ちは当然あるでしょう」

「前世の記憶しかないと…いつまでも言ってられませんね」

「えぇ…毎日が新しい記憶の積み重ねだから、いつかは同化する。そう思うと、もっと前向きに捉えて楽しむほうがいいかも」

「…楽しむ…」


(…確か、レイヴン様も『楽しめ』と言っていたような…)
 

「大丈夫よ。ルリちゃんには聖女の私がついているわ!もう独りぼっちじゃないんだから…ね?安心してちょうだい!!」

「…サオリさん…」


胸を張って、その中心を掌でトン!と叩くサオリの笑顔を見たレティシアは…またひとしきり泣いてしまった。




──────────




「結局のところ、大公とはどんな関係なの?」

「今は見ての通り、主従関係です。最初は…ちょっと…いろいろとありまして」

「そのいろいろを、聞かせてちょうだい」

「…聞きます…?」



満面の笑みで肯かれては、どうしようもない。
レティシアがアシュリーとの出会いから今に至るまでをかいつまんで話すと、サオリは相槌を打ちながら表情豊かに聞いていた。

勿論、キスした話は内緒にしておく。



「ちょっと待って、大公からいい匂いがするって本当?」

「そうなんです。それも、心が穏やかになる香りといいますか…よく寝てしまうのもそのせいかな?と思っていたくらい、爽やかでいい香りがするんですよ」


実際、レティシアは馬車で何度も爆睡してしまっている。
アシュリーの香りも“気になること”の一つ。


「爽やかな香り…?」



    ♢ 



レティシアの言う“爽やかな香り”は、サオリには全く分からない。アシュリーは香水を使わないし、体臭もないからだ。

ただ、香りと聞いて…サオリには思い出すことがあった。

召喚された当時、サハラから男らしくて刺激的な強い香りを感じていたサオリは、その官能的な匂いに酔い…あっという間に抱かれてしまった経験を持つ。

サハラと心から愛し合い、運命の相手だと感じるのにそう時間はかからなかった。サオリにとって、香りとは、男女を結びつける絶大な効果を持つアイテムである。



    ♢



「殿下の髪から強く香りがするんです。シャンプーや整髪料は使っていないそうなので、謎でしかありません。
でも…昨夜、殿下の髪を触っていて少し気付いたんです。香りの強さが、感情に左右されているんじゃないかって…そんな話があるでしょうか?」


首を捻ったレティシアの視線の先には、強張った表情のサオリがいた。


「…ルリちゃん…」

「はい」

「…髪に…触ったの…?」


アシュリーは強い魔力の持ち主。だからこそ、魔力の象徴である髪に触れさせるとは考えられない。
出会ってまだ数日という二人の間に、その考えられない出来事が起こっている事実に…サオリは当惑する。


「…触り…ました……え?」

「ルリちゃんは、髪について…知らなかった?」

「…髪について…?!」










しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

地味風男爵令嬢は強面騎士団長から逃げられない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,732pt お気に入り:995

転生した乙女ゲームの悪役令嬢の様子がおかしい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:28

異世界に行ったらオカン属性のイケメンしかいなかった

BL / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:199

悪役令嬢は退散したいのに…まずい方向に進んでいます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:2,708

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,911pt お気に入り:77

女装人間

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:12

処理中です...