前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
81 / 215
第6章

81 新生活再び3

しおりを挟む


『何だ…この女っ?!』

「何だ、この女」


どんな言葉が混ざろうとレティシアには関係ない。集中力を切らさず、落ち着いた態度でこなしていく。


(…隙を見せたら駄目…)


途中、苛立ったチャドクの従者が野次を飛ばす。『俺たちの言葉を通訳しろ』と言ったチャドクの望み通り、それもまるっと訳した。形勢は一気に逆転し、額に大量の汗をかくのはチャドクの番となる。

その後、貴族令嬢ならばとても口には出せない卑猥な言葉を連発する悪あがきをみせるも、貴族でも令嬢でもないレティシア相手に勝敗は目に見えていた。
終いには、レティシアが真顔でオウム返しする言葉を受けてチャドク本人が赤面する。この時ばかりは、ラスティア国側の全員が怒りを露わにした。


『…冗談だったんだが…君、なかなか面白かったよ。さて、私はそろそろ帰らせて貰おうかな』


レティシアがこのチャドクの発言を通訳した後、アシュリーがストップをかける。
それもそのはず、ここは政務を執り行う執務室であって、冗談を言い合う談話室ではないのだから。


「冗談?…チャドク王子、それで済むとお思いで?」


アシュリーの低く唸るような声と敵意に満ちた視線に気圧され、チャドクは弾かれたように席を立った。


『…帰るぞ…』


下手に喋ればレティシアに訳されるため、チャドクは従者を連れて逃げを決め込む。
引き留められはしても、他国の王族と流血騒ぎなど起こすはずがないと高を括っているからだ。

ちょっと悪ふざけが過ぎただけのこと。魔法石を手に入れたわけでもなく、ラスティア国に損害はなかった。ザハル国へ帰れば、何を言われても知らぬ存ぜぬで突き通せばいい…チャドクはそう自分に言い聞かせる。


「お帰りですか…?」

『…失礼する…』

「どうぞ、お気をつけて」


皮肉の一言でも言うのかとチャドクが扉の前で振り返れば、レティシアは柔らかな笑みを浮かべ、握手を求めて手を差し出していた。




──────────




見事、大災害を跳ね除けた新米秘書官レティシアは、チャドクを見送ってホッと胸を撫で下ろすと、速やかに魔導具を回収する。


(身分だけ高くてバカな王子は、どこにでもいるのね)


「…よく…やってくれた、レティシア…」

「お役に立ててよかったです」


執務机へ戻り、椅子に深く腰かけたアシュリーが言葉を発するまでに少し間があった。
カインは小さくガッツポーズをしながら、今にも走り出しそうな様子だ。

ドレイクスたち秘書官は、喜びと驚きが混ざった複雑な表情で突っ立っている。横柄な態度のチャドクを前に、可憐な少女が全く尻込みをしない…異世界人レティシアの強さとその活躍を目の当たりにして、どのような態度で接するべきか?最早分からなくなっていた。


「すんなり帰してしまって…よかったのか?」

「こちらの手の内を明かす必要はありませんので」

「君のことだ、何か考えがありそうだな」


カインや秘書官たちは二人の様子を眺め、揃って首を傾げる。
レティシアは上着のポケットから取り出した魔法石を執務机の上に置き、魔導具で撮った映像をアシュリーに見せながら素早くチェックをした。


「………なるほど、撮影していたのか…」

「はい、完璧だわ…流石、レイヴン様の魔導具。殿下、この映像は帝国魔塔大魔術師のお墨付きですよ」


どんなセキュリティも掻い潜るステルス魔導具は、レイヴンの魔術で強化された大変な優れもの。
たとえ隠し撮りであろうと、撮影された映像は捏造を疑う余地などなく、何なら盗撮に特化していると言っても過言ではない。


「お墨付き?…しかし、一体いつの間に」

「席についた時です、よからぬ雰囲気を感じましたので。あのバカ王…っ…王子様が…ザハル国へ帰るのにどのくらい時間がかかるのでしょう?」


プハッ!と、部屋の隅でカインが吹き出す。


「レティシア…秘書官殿、バカ王子って言いました?!」

よりマシだと思いますよ、イグニス卿」

「それもそうか」


(あなたにだけは、イジられたくなかった!)


「カイン、黙っていろ」

「おっと…邪魔をして申し訳ない」

「チャドク王子がゲートを使ってザハル国へ向かえば、明日中には着くだろう」

「明日ですか」


地図上ではザハル国が近隣国だと理解していても、実際の距離感が分からない。ゲートの存在もすっかり忘れていた。


「では、できるだけ早く…この映像をザハル国の国王陛下に届けられませんか?」

「届ける?」

「映像を見ても分かる通り、チャドク王子は『魔法石を』とか『今日』って言っていますよね。あの手口で魔法石を奪う、常習犯ではありませんか?」

「………そうだ…」

「悪質な詐欺行為です。個人的には見逃せません。チャドク王子は、魔法石の流通に関わりを持たない単なるコレクターに見えます。国の大切な資源を譲り渡し続けても見返りは期待できないでしょう。告発すべきだと思います」

「コレクターとしても眼識を持たない男だ。…この件は、すぐに陛下に話を通してみるが、映像をどう扱うかは協議が必要になる…」

「殿下にお任せいたします」


コクリと頷いたレティシアが、アシュリーの側へそっと近付く。


「さっき私が握手した時、銀の指輪が反応したんです」

「チャドクに?」

「えぇ、でも…あのひん曲がった性格は、どうにもならないですよね…?」


ヒソヒソとアシュリーに耳打ちをしていると、口元に添えていた手を不意に掴まれる。


(…んっ?!)


「皆、悪いが今日はここまでだ。チャドク王子の件を優先して片付ける、解散してくれ。カイン、陛下にすぐ使いを出して貰いたい」

「了解」

「「「畏まりました」」」



    ♢



カインと秘書官たちがいなくなり、執務室には二人きり。
黙って立ち上がったアシュリーにジッと見下ろされたレティシアは、眩しい黄金の瞳から目が離せなくなってゴクリと喉を鳴らす。 


「…あの…殿下?…手を…」

「…………」

「ごめんなさい…私、出しゃばり過ぎました…か?」

「…レティシアが、自分を出しゃばりだと言うのなら…私は自分を無能だと言おう…」

「…え?」

「こんな…辛い目に遭わせるつもりはなかった。君が罵られる必要など…クソッ…あのように下劣な言葉を!」


(私を心配して…バカ王子に怒ってるの?)


「何とか上手く撃退できて、結果はよかったではありませんか…」


続けて『お気になさらず』と言おうとしたレティシアだったが、傷ついた表情のアシュリーを見てハッとした。









───────── next 82 レティシアという人









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...