91 / 215
第7章
91 感謝祭(前日)
しおりを挟む「サオリさ~~ん!!」
「レティシア!待っていたわ、よく来てくれたわね」
アルティア王国の聖女宮で、サオリとレティシアはひしと抱き合う。
「やだ、顔が小さくなってない?!どこかの王子に酷い目に遭わされたんですって?映像を見てびっくりしたわ」
レティシアとチャドクが通訳勝負をした映像は、国王とアフィラムのみならず、サオリにも見られていた。
「次また何かやったら、灰になるまで浄化してやるんだからっ!!」
(過激っ!)
「…まだ、お怒りのようですね?」
「あら?大公は顔色がいいじゃない」
「毎日、レティシアが癒してくれますので」
「一ヶ月でノロケを言うまでになったの?急に成長したわね」
「お誉めいただき、ありがとうございます」
「後は任せて、レティシアをパーティー仕様にしっかりと仕上げてみせるわ。大公も体調を万全に整えておくのよ」
「はい、レティシアをよろしくお願いいたします」
「えぇ」
「殿下、待ってください…もう一回」
立ち去ろうとするアシュリーを引き留めたレティシアは、結ばれた長い髪を手に取って願いを込めるように握り締める。
「一度触れれば大丈夫だ、今夜もちゃんと眠れる」
「…でも…」
「問題ない。レティシアこそ、私の香りがなくて平気か?」
アシュリーは髪を掴むレティシアの手をやんわりと解くと、指先にチュッと軽く口付けた。
滅多にパーティーへ顔を出さないアシュリーは、今回国王からの誘いを受けて王族の集まりに参加をする。当然、その場には女性もいるため、レティシアは気掛かりだった。
とはいえ、レティシアも明日の感謝祭前に国王と王族数名へ挨拶をする予定がある。ドレスアップしてサオリの妹として王宮を訪問しなければならず、それまで二人は別々に過ごすしかなかった。
「…そんな、私を魔力香中毒みたいに…」
「ハハッ…すまない。明日、会えるのを楽しみにしている」
「はい、行ってらっしゃいませ」
アシュリーはレティシアをそっと抱き寄せて髪に口付けを落とすと、踵を返して聖女宮を後にする。
真っ白なコートの背中を見送るレティシアの横で、ポカンとした表情のサオリが呟く。
「…これは…私の予想を超えたわね…」
♢
サオリはハーブティーを口にしながら、二人の様子を思い返す。別れ際、切ない顔でアシュリーを見つめるレティシアの姿は、完全に“恋する乙女”だった。
しかし、本人は無自覚。彼女の口から『恋をした』『思いが通じ合った』という報告は出そうもない。
レティシアはストロベリーの甘い香りがするフレーバーティーが気に入ったらしく、瞳を輝かせて味わっている。
「…大公は、いつもああいう感じなの?」
「殿下ですか?今日は、正装なさっている以外に特別変わったご様子はありませんでしたよ…?」
「手にキスしてたわよね?」
「…はい、髪に触っているとよくあります。私は加減が分からないので、多分『もういいよ』とか『ありがとう』っていう、殿下の意思表示です」
なるほど、あれがデフォルトかと…サオリは頷く。
口付けに気持ちを伝える要素があることは確か。しかし、アシュリーはレティシアに触れる隙を常に狙っているに違いなかった。口付けの意味は、100%『好きだ』に決まっている。
サオリが見る限り、レティシアはアシュリーに対して警戒心がなく、彼と間違いなど決して起こらないと信じて疑いすらしない。なぜなら“期間限定”の関係だから。
二人の未来は現状全く見えておらず、アシュリーは精一杯のアプローチを続けていくしかないのだろう。
レティシアに向ける熱い眼差しは、明らかに一ヶ月前より強さを増していた。関係が深まるとするならば、その鍵はレティシアが握っているとサオリは読む。
「レティシアは、いつも大公を撫で回しているの?さっきは、心配で離れ難かったみたいだけれど…」
「な、撫で回してなどいませんよ?!…心配と言いますか…母心?母性がこう…」
「母性…?」
恋じゃないの?と、そこを突っ込んでみたい。
レティシアは、28歳という前世で生きた年数に縛られている。母性だ何だと言うのもアシュリーとの年齢差から、恋愛感情を家族愛へと無意識に変換してしまっているせいだとサオリは感じていた。
一度絶命した強烈な記憶を持つ彼女は、年齢の他にも現世の身体と符号しない多くの違和感を抱えている。同化との兼ね合いもあり、今すぐに払拭できるような問題ではなかった。
「一ヶ月過ごしてみてどうかしら?大公とは、毎日触れ合っていた?」
「『ナデナデ』は毎日欠かさなかったので、殿下は一ヶ月悪夢を見ていないはずです。結果は、今のところ…健康体になったという事実しかありません」
「以前の大公を知る者からすれば、著しい変化よ。きっと今ごろ国王陛下や王族の方々を驚かせているわね」
「本当ですか?お役に立てたのならうれしい…最近は、殿下の魔力香にかなり慣れてきたんです」
「あら、香りを攻略しているの?意外ね…」
てっきりアシュリーが魔力香を制御するものだと思っていたサオリは、不思議そうに首を傾げる。
「馬車内に香りが充満して、意識が飛んでしまったこともあるので。このままでは、秘書官失格です」
「…それはつまり…」
二人きりの狭い馬車の中で、アシュリーがムラムラ?している姿を想像して、幼いころから彼を知るサオリはこそばゆい気持ちになる。
レティシアは、性的な昂りが魔力香を強くするなどとは思いもしない。流石のサオリも、これには口を出さないほうがいいと…少し冷めたハーブティーを黙って一気に飲み干した。
「さぁ、ドレスの試着をしましょうか!」
────────── next 感謝祭(前日)2
41
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる