前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第7章

100 夜会2

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「アフィラム様は婚約者候補のご令嬢方と交流がございますが、大公様は見向きもなさいません。女性になびかない難攻不落なお方だと囁かれております。かく言う私も、大公様が女性をエスコートするお姿を…先程初めて目にいたしました」

「…そ…そうでしたか…」

「レティシア様の前では、表情や感情が色付くと申しましょうか…温かみのあるお顔をなさるのですね。聖女様は大公様をお認めになり、レティシア様のエスコート役を任せられたのだと…私には分かりました」


(殿下と恋人同士だと思われてる?…当然、何もご存知ないわよね)


以前、文官のセオドアにも『大公殿下が変わった件について』と…力説された覚えがある。
レティシアからすれば、悪夢を見なくなったアシュリーに変化があるのは大変喜ばしいこと。健康的な見た目は勿論、内面にもいい影響を及ぼしたとあれば尚更だ。

しかし、彼の周りに仕える多くの者たちは恐ろしい悪夢や女性嫌悪について知らされていないため、突然の変貌の理由をレティシアとロマンチックに結びつける流れができてしまっていた。

真実とは異なった解釈をされているとはいえ、魔女呼ばわりされるよりはずっといい。最初に異世界人だと公言したのが…今になって功を奏したと思われる。

カインがそうであったように、勝手な憶測や妄想から広まっていく噂とは悪いものが大半。後で誤解だと判明しても、一度根付いた悪い噂やイメージ程払拭し難く厄介なものはない。
最悪の場合、レティシアを秘書官として雇い入れたアシュリーへの批判にも繋がってしまう。


(…私、宮殿で孤立したり、友人ができなかったり…)


考えただけで背筋がヒヤッとした。背中に布がないから二倍涼しい。

聖女サオリと同じ異世界人という肩書きに、現在のレティシアは守られている。サオリのお披露目案を受け入れたのは、おそらく正解だった。
そして、今夜からはその肩書きが“聖女の妹”へとバージョンアップする。




──────────




「レティシア、待たせたね」


アシュリーが、レティシアの控室へとひょっこり顔を出す。エメリアは、アシュリーを招き入れたと同時にスーッと姿を消した。

国王が祝辞を述べて乾杯をした後、大して時間が経っていない気がしていたレティシアは時計を見てギョッとする。


「あれっ!ウソッ、こんな時間?!」

「後もう五分くらいだ」


予定されている15分の歓談時間後に、レティシアは舞台に出なければならない。
国王と王族は舞台上に用意された来賓席で、会場の様子を眺めながら談笑中。アシュリーは十分程度で席を離れ、控室へやって来た。


「殿下、エスコート…えっと、確認をさせてください!」

「そう気負わずに、落ち着いていつも通り堂々としていれば大丈夫。いいか…堂々とだ」

「…堂々と…」


肉汁滴るローストビーフの映像前から慌てて立ち上がったレティシアの両肩に手を添え、アシュリーは呪文のように『堂々と』と口にする。貴族たちに、可憐で儚げなレティシアの姿を絶対に披露したくないからだ。
そんなアシュリーの思惑に気付かないレティシアは、怪訝そうな顔をした。


「殿下、ちゃんと段取りを確認しないと…無理です」



    ♢



「こうして…軽く私の腕に手を掛けて歩くんだ。聖女様の前まで歩いたら、サハラ様や国王陛下に向けて礼をする」

「はい、私は少し腰を落として」

「そう…同時にだ…私と息を合わせて」

「同時にですね。その後、殿下が離れて…祝福の時には、頭を下げて目を閉じたまま跪いてジッとする。祝福を受けたら、お姉様からお言葉をいただくまで待つ。最後は、会場内の皆さま方へのお辞儀を忘れない…あぁ…習った通りにちゃんとできるかな」


不安気な青い瞳で舞台上での流れを繰り返し呟くレティシアの手は落ち着きがなく、長い髪を握ってユラユラと振り回す。
扉付近の壁にもたれ掛かり、その愛らしい仕草に熱い視線を注いでいたアシュリーがクスッと甘く微笑んだ。  


「…なっ…何ですか…」

「抱き締めて魔力香で包んでやりたいが、さっきみたいになってはいけないから我慢している。…さて、もう行かなくては」


アシュリーはレティシアの手を取ると、白いレースの手袋にそっと唇で触れる。結わえた長い黒髪が、コートの肩口からサラリと滑り落ち…ほのかに爽やかな香りがした。
昨日まで特別気にもしていなかったスキンシップに、レティシアはドキドキさせられる。


「…あれ…顔が赤くなった?」

「エ、エスコートをよろしくお願いいたします!」




──────────




─ シャン シャン シャン ─



舞台の中心には、純白の衣装に銀色の長い杖ステッキを手にした神々しいサオリと、アシュリーにエスコートされて登場したレティシアの二人。

持ち手の上部にアーティファクトと見られる透き通った大きな石が嵌め込まれた杖は、サオリが床にトンと先を打ちつける度、鈴に似た軽やかで不思議な音を奏でた。

その澄んだ音色はレティシアの心を落ち着かせ、さらに広がって会場内の空気を清らかなものに変えて行く。
貴族たちは初めて目にする祝福の儀式を固唾を呑んで見守り、まるで時が止まっているかのよう。



─ シャン シャン シャン ─



「…豊かな大地を司る清き精霊たちよ…遠く未知なる異世界より今生へ渡りし稀有な乙女に、大いなる光の恩恵と祝福の風を与えたまえ…」


サオリのよく通る美声が、会場内に響き渡る。
跪くレティシアの頭上にサオリが長い杖ステッキをかざすと、銀色に輝く巨大な幾何学模様が足元に出現した。美しい絵柄から抜け出るように、手のひらサイズの模様が半透明の状態で次々と空中へ浮かび上がる。その輝きは星と見紛うばかりに眩い。レティシアの周りをクルクルと舞い踊り、彗星の如く尾を引いて天井近くまで高く昇ったかと思うと一瞬で消えた。

幻想的な世界に染まった会場内を柔らかな風が通り抜け、貴族たちはハッと現実へ戻って歓声を上げる。

頭を下げて目を閉じていたレティシアは、風でフワリと髪が舞い上がる感覚がしばらく続いた後、貴族たちの『オーッ』という感嘆の声に驚いて身体を震わせた。


(…何が起こってるの…?)


聖女サオリは“精霊の加護”を持つ者。
サオリの聖力に寄り添う精霊たちは不浄を嫌うため、多くの人々の前にその実体を現すことはないとされている。
今夜はサオリが浄化のアーティファクトを使い、精霊たちは仮の姿でレティシアを祝福した。



─ シャン シャン シャン ─



「祝福を受けし乙女に、聖名アリスを授けよう。加えて、アルティア王国守護神サハラの名において、レティシア・アリスを我が妹として迎えると…ここに宣言をする」


サオリに促されたレティシアが顔を上げ、貴族たちに向かって丁寧な礼をすると、大きな拍手が返って来る。


(…やった!…終わったぁ…!)









────────── next 101 夜会3

※100話目、お読み頂きましてありがとうございます!







   
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