101 / 218
第7章
101 夜会3
しおりを挟む満を持して“王国の護り神”神獣サハラが悠然と立ち上がる。周りの空気を震撼させる圧倒的な存在感に、全員の視線が釘付けとなった。
慈しみの眼差しでサオリを甘く見つめながら歩み寄り、大きく腕を広げた後にゆったりと優しく抱き締めて…額へ口付けをする。神力の威力は、愛しい花嫁を包み込むと温もりと癒しに和らいだ。
あまりにも美しい神獣と聖女の抱擁に、貴族たちは吐息を漏らす。
サハラが『クオン』と呼べば、椅子から元気よく降り立ったクオンが両親に飛びつく。サハラはクオンを片腕で軽々と抱き上げた。
「我が花嫁の呼び掛けに耳を傾け、皆よく集まってくれた。今宵の祭りに心を寄せる全ての民に…大地の恵みがあらんことを…」
耳に直接語り掛けて来る神の声に痺れ、貴族たちは畏れ多いと口々に感謝の言葉を述べては頭を下げ、大きな拍手で喜びを表す。ある種の陶酔状態に入ったかのように、会場内の熱気が異様な高まりを見せる。
それに応えて、神獣サハラ、聖女サオリとクオンの三人が揃って手を振り笑顔を向けた。
♢
夜会のメインイベントであったレティシアのお披露目を見届けたサハラとクオンは、舞台上から立ち去る。
サオリを伴い、国王や王族が起立して見送る前を悠々と歩いて…舞台の端に立つアシュリーとレティシアのほうへ向かって来た。
(サハラ様は早々に退席するのね。…確かに、会場内をウロウロ歩き回るわけがないわ)
お皿を手に料理を物色する姿を勝手に想像して、思わず緩んだ口元を引き結ぶ。
サオリの座る椅子がなかったのは、一つの椅子で十分事足りるからだと…レティシアが理解をした時、すぐ側にはサハラが立っていた。
「アリス、いい名を授かったな」
「ありがとうございます、サハラ様。お姉様、今日は本当にいろいろとお世話になりました」
「お疲れ様、よく頑張ったわ。さぁ、もうここからは舞台を降りて自由よ。いい夜を過ごしてね。大公、アリスを頼みましたよ」
「…はい、聖女様」
「アリス!もう僕とは家族みたいなものだよね?」
「クオン様、よろしくお願いいたしますわ」
レティシアは少し屈んでクオンと向き合う。
人化しても変わらない、ビー玉みたいな丸くて青い瞳をうれしそうに細めてレティシアの首に抱きつくと…頬にチュッと可愛らしいキスをする。
「…んっ…」
「夜会だから、子供の僕はもう宮殿に戻らなきゃいけないんだ。…またね、アリス」
「は、はい。また…ですね」
まだ小さな子供なのに、上目遣いで囁いて大人を動揺させるとは…末恐ろしい。
──────────
「大丈夫か?」
「…あっ…」
アシュリーはレティシアの細い腰にさり気なく手を回すと、身体を引き寄せた。
レティシアは、足元がふらついていたことに気付く。
「すいません、ホッとして気が抜けていました。パーティーは初めてなもので、会場の雰囲気に当てられてしまったみたいです。ふふっ…堂々としていらしたのは、殿下のほうでしたね」
少し上気して白い肌をうっすらピンク色に染めたレティシアは、いつもより艶っぽく微笑む。髪からは香油と思われる上品な花の香りがした。
腰に回した手に高くなった体温を感じて、アシュリーはゴクリと喉を鳴らす。
今すぐ抱き締めたくなる危険な衝動をどう解消すればいいものか?自然と手に力が入って、気持ちの昂りと同時に魔力香が強くなり始める。
最近のレティシアは濃い香りを感じても心地よさを維持できているため、この程度ならば問題はなかった。
「……殿下?お疲れですか?」
「いや…うん、そうだな…早めに休憩を取れるといいのだが。ここからは、王族も会場内に出る。先ずは、両陛下にご挨拶をしておこうか」
「はい」
アシュリーはレティシアの手を取り、国王と王妃の下へ向かう。
本当は、レティシアをこのまま元いた奥の控室へ連れて戻りたい。しかし、お披露目を終えたレティシアを同伴して歩いてこそ、彼女の庇護者としての立場をより明確に周りに知らしめることができると…アシュリーは心の中で葛藤する。
「レティシア・アリス、祝福の儀式は大変に素晴らしいものであった」
「国王陛下、ありがとうございます」
「レティシア・アリス、聖女サオリより話は聞いております。喜んであなたを迎え入れましょう」
「王妃陛下、ありがとうございます」
パーティーの場で長々と挨拶をするのは不作法。
ほんの少し言葉を交わすと、続いて舞台上にいた宰相セドリックと魔法師団長イーサンにも声を掛けた。
「あぁ、聖女様と妻から話は聞いているよ」
二人共がにこやかに挨拶をしてくれて、レティシアはホッとする。パーティーの前に、サオリが事情を説明しておいてくれたお陰だった。
♢
「では、会場へ降りようか」
「えぇ」
舞台から降りる階段の先に目を向けると、アシュリーを目指してジワジワと若い令嬢たちが包囲網を狭めて来ている。豊満な胸の中心ギリギリを攻めたドレスが非常に際どい。女性のレティシアでも二度見した。
「レティシアは、料理が楽しみなのか?」
「…あ、はい…楽しみです。お肉が大変美味しそうでしたので」
「ふむ、ローストビーフだろう…?」
「へ?」
(映像を見られてた!)
「後でルークに頼んで、控室へ料理を持って来させよう。私も一緒に食べたい」
「…先に、ちょっとつまむくらいはいいですか?」
「構わない、私が会場内では食べられないというだけだ。…最近は昼食が別々で、少し寂しい思いをしている」
「……う……」
「さぁ、手をこちらへ」
アシュリーが階段を先に数段降りた後、振り返ってレティシアの手を取り…腰にも手を添える。
「少し、フワッとするよ」
「え?……きゃっ…」
アシュリーの黄金の瞳がキラッと光った途端、レティシアは宙に浮いた。
(…ウソッ!!!)
経験したことのない浮遊感に目を丸くして固まったまま、人形のように音もなく床へ着地。瑠璃色のスカートがふんわりと広がり、ミルクティー色の長い髪がゆっくりと肩へ舞い降りる。全てがスローモーションに見えた。
「……な……え?…魔法…?!」
「こういう魔法は初めてだったか?」
「は、初めて!…です!」
正に夢の世界。レティシアは青色の瞳を煌めかせて、興奮した様子で頭を小刻みに振って頷く。
ここで、アシュリーはしまったと思う。
無邪気に喜ぶレティシアの表情は、誰にも見せてはいけなかった。周りを見渡せば、多くの貴族令息たちの目が…すでにレティシアに吸い寄せられてしまっている。慌てて大きな身体を盾にして、視線を遮った。
「魔法、すごいですねっ!」
「…ドレスで転げ落ちては…いけない…」
鈍感な彼女は、相変わらず異性の反応を気にしていない。アシュリーは小さなため息をつくと、神秘的な瞳が自分だけに向くよう…腰を抱き寄せる。
周りの令嬢を警戒していたレティシアは、令息など眼中になかったのだ。
一方の令嬢たちは、難攻不落、女性に冷徹とも言われる若き大公の新たな一面を目の当たりにして呆然。一体誰が最初に声を掛けて玉砕するのかと…足踏み状態だった。
「…失礼…」
レティシアを連れた真顔のアシュリーが、ツカツカと早足で人混みを抜けて行く。
────────── next 102 夜会では定番
45
あなたにおすすめの小説
捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。
鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」
聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。
死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。
シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。
「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」
それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。
生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。
これは互いの利益のための契約結婚。
初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。
しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……?
……分かりました。
この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。
夫を好きになったっていいですよね?
シェラはひっそりと決意を固める。
彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに……
※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。
主人公が変わっているので、単体で読めます。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで
ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。
だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。
「私は観る側。恋はヒロインのもの」
そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。
筋肉とビンタと回復の日々。
それなのに――
「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」
野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。
彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。
幼馴染ヴィルの揺れる視線。
家族の温かな歓迎。
辺境伯領と学園という“日常の戦場”。
「……好き」
「これは恋だ。もう、モブではいたくない」
守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、
現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。
これは――
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。
※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。
※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。
※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる