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感謝祭

100 夜会2

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「レティシア様、大公様は女性になびかない…難攻不落なお方なのです。
ですが、レティシア様の前では表情や感情が色付くと申しましょうか…温かみのあるお顔をお見せになるのですわ」

「…そ、そう……ですか…?」

「はい、わたくしはすぐに分かりました」


(エメリアさんに、殿下と恋人同士だと思われてる。当然『期間限定』だなんて、ご存知ないわよね)


エメリアの…アシュリーとレティシアの何か・・を期待しているような笑顔がこそばゆい。



以前、文官のセオドアにも『大公殿下アシュリーが変わった件について』力説されたっけ?と、記憶を掘り返すレティシア。


レティシアからすれば、悪夢を見なくなったアシュリーに変化があるのは当たり前。
顔の色艶などの見た目は勿論、内面にもいい影響を及ぼしたと考えている。

しかし、彼の周りに仕える多くの者たちは、極秘事項の“悪夢”や“女性嫌悪”について知らない。
よって…突然の変貌の理由を、彗星のごとく現れた『平民』で『秘書官』のレティシアと変に・・結びつける流れができてしまった。


(よく考えてみれば、異世界人の公表をNGにしていたら…私、かなり不審ヤバい人物扱いだったんじゃない…?)


カインがそうであったように、勝手な憶測や妄想から広まっていく噂とは“悪いもの”が大半。
後で誤解だと判明しても、一度根付いてしまった悪い噂や心象イメージほど厄介なものはない。


(魔女とか、平民の恋人を秘書官にしたとか?…もし、そんな噂が先行して広まっていたとしたら…)


最悪の場合、レティシアを秘書官として雇い入れたアシュリーへの批判に繋がった可能性もある。
秘書官として孤立したり、友人ができなかったり…そう考えただけで、背筋がヒヤッとした。

背中に布がないから、涼しさも二倍だ。



『聖女様と同じ異世界人』
という立派な肩書に、現在のレティシアは守られている。



感謝祭パーティーへの参加という条件つきであっても、サオリの案を受け入れたのは正解だった。


(サオリさん お姉様 、流石!先見の明がある!)




──────────




「レティシア、待たせたね」


アシュリーが、レティシアの控室へとひょっこり顔を出す。


国王が祝辞を述べ、乾杯をしてから…それほど時間が経っていない気がしていたレティシアは時計を見る。

予定されている15分の歓談時間後に、レティシアは舞台に出なければならない。


「あれっ!ウソッ、こんな時間?!」

「後数分だ。…映像を見ていたのか?」


国王と王族は、舞台上に用意された来賓席に着席し、会場の様子を眺めながら隣席者と談笑して楽しむ。
アシュリーは10分程度で席を離れ、控室へやって来たのだと言う。


「…お料理が運ばれるのを見ていたら…。殿下、急いで段取りの確認をしましょう!」


慌てて映像前の椅子から立ち上がると、室内をキョロキョロと見回す。いつの間にか、エメリアが消えてしまっているではないか。

レティシアがエメリアの声がけに気付かなかったのか、もしくは…アシュリーがそっと出て行かせたのかもしれない。


「いつも通り、堂々としたレティシアでいけばいい」


小動物のように可憐なレティシアの姿は…絶対に披露したくない。
そんなアシュリーの願いがこもった言葉に、レティシアは怪訝そうな顔をする。


「『いけばいい』って…勢いだけじゃ無理ですよ…?」


(いつも通り?で、堂々?…まぁ、中身28歳だからね)



    ♢



「私は聖女様の前までレティシアをエスコートしながら、サハラ様や国王陛下に向けて礼をすればいいんだな」

「はい、私と一緒にご挨拶をお願いいたします。
その後、私はお姉様からお言葉をいただくので。祝福の時には、頭を下げて目を閉じたままジッとしていれば終わると聞きました」

「祝福までがレティシアの儀式で…舞台の中心にいるわけか」


アシュリーが腕を組み、部屋の壁にもたれかかって不服そうに呟く。

そんな憂いに満ちた姿でも、長い手足が格好よくポーズを決めてスタイリッシュに見えるのは…ズルくないだろうか。


「はい、まぁ…そうです。
祝福を受けたら、会場内の皆さま方へ礼をする…と。あぁ…ちゃんとやらないと」


不安気な青い瞳で、舞台上での流れを確認するレティシアの手は落ち着きがなく…長い髪をクルクルと弄ぶ。
その愛らしい仕草を見たアシュリーが、クスリと笑う。


(…む…笑ったな…)


笑うというより、甘く微笑んだと表現すべきだった。  
令嬢たちが歓喜の声を上げる美形青年アシュリーが、笑みを浮かべたまま近付いて来て…ジーッとレティシアを見つめる…もうたまったものではない。


「…なっ…何ですか…」

「うん?…抱き締めて…魔力香で包んでやりたいが、さっきみたいになってはいけないから……ね」


アシュリーはレティシアの手を取ると…丁度『ね』の部分で…白いレースの手袋にそっと口付けるふりをする。
アシュリーの結わえた髪が、コートの肩口からサラリと滑り落ち…ほのかに爽やかな香りがした。


昨日まで特別気にもしていなかった“スキンシップ”…今は敏感に反応をしてしまう。


「…あれ……顔…赤くなった?」


(もうっ、余計なことをしないでー!)




──────────




─ シャン シャン シャン ─



「……よって…アルティア王国守護神サハラ、聖女サオリの名の下に…この者が、遠く未知なる異世界より呼ばれし我が“妹”であると…ここに宣言をする!」



サオリのよく通る美声が、会場内に響き渡る。

舞台の中心に立つのは、純白の衣装で銀色の長い杖ステッキを手にした神々しいサオリと、アシュリーにエスコートされて登場したレティシアの二人。


持ち手の上部に古代遺物アーティファクトと見られる大きな宝石があしらわれた杖は、サオリが床にトンと…先を打ちつける度に、鈴のような軽やかな音が鳴る。

その音色は、レティシアの心を落ち着かせ、さらに広がって…会場内の空気を清らかなものに変えていく。

雑談をする者が一人もいないくらいに静かだった。



─ シャン シャン シャン ─



「妹レティシアには、祝福と共に『聖名アリス』を与える。『レティシア・アリス』と名乗ることを許します」



サオリがレティシアの頭上に手のひらをかざすと、レティシアの足元から真っ白な幾何学模様が次々と浮かび上がって…天井へと舞いながら消えていく。

頭を下げて目を閉じていたレティシアは、風でフワリと髪が舞い上がる感覚の後、舞台を眺めていた貴族たちの『オーッ』という感嘆の声に…ビクッと身体を震わせる。


(…っ…?!…何だろう、何が起こってるの?)


聖女サオリは『精霊の加護』を持つ者。

聖女に寄り添う精霊たちは不浄を嫌うため、多くの人々の前に姿を現しはしないが…レティシア・アリスを祝福しているのは間違いなかった。


サオリに促されたレティシアが顔を上げ、貴族たちに向かって丁寧な礼をすると、大きな拍手が返ってくる。


(…よし!終わったぁ!!…)







─ シャン シャン シャン ─



「妹レティシア・アリスは、ラスティア国大公レックス・アシュリー・ルデイアの庇護下に置くこととする」


ここで予想外に名を呼ばれたのは、舞台の中心から外れてエスコート役として控えていたアシュリー。
しかし、少しも動揺せず…大きく数歩前へ進み出た。


『妹を頼みましたよ』


そう声を漏らすサオリに…アシュリーは一度深く頭を下げた後、小さく頷く。


「お言葉、しかと受け止めました」





弟思いの国王やアフィラムが、レティシアを今すぐにどうするという話はなくても…気に入ったことは確か。
アシュリーがこの二人を牽制するのは、なかなかに難しい。

レティシアの庇護者としてアシュリーを指名したのは、サオリからの後方支援だった。











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※100話目、お読み頂きましてありがとうございます!







   
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