124 / 215
第8章
124 目覚め4
しおりを挟む「殿下、お話は…少し落ち着いてからにいたしませんか?」
アシュリーが改めて『話をしたい』と告げたところ、何かを察したレティシアは困った顔をして予定を先延ばしにしようと提案をする。
倒れている間に元々約束をしていた夜会の日は過ぎてしまっていて、これ以上待てないくらい破裂しそうな想いを抱えているのにどうしろというのか?
今のアシュリーは、目覚めたばかりの体調を気遣う優しさを求めてはいなかった。自分でも、冷静ではないと感じている。
─ 執着していると思われてもいい ─
ふつふつと湧き上がる熱い感情が魔力香となり、徐々に強くなっていく。止まれないアシュリーは、話をするか?薬を口移しで飲ませるか?どちらかを選べとレティシアに迫った。
「…なら、薬を…」
レティシアの選択によって最後の薬を飲み干したアシュリーは、熱い感情をぶつけるように無我夢中で唇を貪る。その結果、魔力香に酔って気を失ったレティシアを胸に抱き締めたまま…深く眠り込んでしまった。
──────────
──────────
「レティシア、おはよう。…レティシア?いないの?」
サオリが治療室を訪ねると、いつも必ず笑顔で出迎えてくれるレティシアの姿が室内のどこにも見当たらない。
暫くして、アシュリーの腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠る可愛い妹を見つけたサオリは、驚きのあまり飛び上がる。
「…なっ…えぇっ…?!」
「おや、サオリ?おはよう。そんなところに突っ立ってどうしたのさ、今朝は早いねぇ…」
「お…おばあ様!ちょっと、来てください!」
「何だい何だい」
丁度、欠伸をしながらやって来たスカイラを呼び寄せたサオリがベッドの天蓋幕を開けると、そこにはピッタリくっついて眠るアシュリーとレティシアの二人がいた。
思ってもいなかった展開に、流石のスカイラも目を丸くする。
「…これはまた大胆な…大公が夜中に目を覚ましたに違いない…」
「きっとそうよ。レティシアは前にも大公のために添い寝をした経験があるから…それとも、寝ているレティシアを大公がベッドへ運んだのかしら?」
「まぁ、起きるまで放っておこう。幸せそうに眠っているじゃないか」
「こういうのって、実際目にすると想像以上にビックリするものね…見てはいけないものを見てしまったみたい」
♢
「……うぅん……」
うっすらと目を開けたアシュリーは、眩しそうに数回瞼の開閉を繰り返した。
「ようやくお目覚め?大公」
「………その声は…聖女様…?」
「えぇ、ここは聖女宮の治療室よ…安心して」
「…ありがとうございます…」
「体調はどう?目は視えているの?」
「…はい…身体も大丈夫です…」
「よかった」
受け答えには問題がなく、しっかりと目を見て頷くアシュリーの様子にサオリの黒い瞳がわずかに潤んだ。
「待ち兼ねたよ、大公」
「……っ……まさか……大魔女殿っ…?!」
レティシアから何の話も聞いていなかったアシュリーは、突然ひょっこり顔を出した大魔女スカイラの姿に瞠目する。慌てて身を起こそうとして、毛布に埋もれたレティシアの存在に気がつくと…表情が固まって動かなくなった。
「病人は大人しく寝ているといい。その子も、ここ数日まともに眠れていなかった。起きるまで休ませておやり」
「…こ…このような姿で…申し訳ありません…」
「大公が倒れている間におばあ様とレティシアはすっかり仲良しだから、何も気にすることはないわ」
「…え?」
「驚かせてしまったようで、悪いねぇ…」
レティシアとの寝姿を見られて動揺を隠し切れないアシュリーに、スカイラとサオリがニヤッと微笑み掛ける。
「おばあ様が、大公を治療してくださったのよ」
「……大魔女殿が?」
アシュリーは、サオリ以外から治療を受けたことがない。瞬時に思い当たるのは、初めて飲んだ九回分もの薬だった。
「まぁ、それについては後で話をしようじゃないか」
「申し訳ありません…真夜中に目覚めはしましたが、私自身状況がよく分かっていないのです。ご迷惑とご心配をお掛けして、深くお詫び申し上げます」
「大公、大事な娘を抱えて横になった状態で…そんなに賢まるもんじゃないよ」
「………はい…」
抱き込んでいたレティシアを手放そうとして一度は毛布に包んだものの、離れた温もりを追って無意識に逞しい胸へと擦り寄って来てしまうのだから…どうにもならない。
アシュリーは愛おしそうにレティシアを側へ引き寄せ、柔らかな感触を確かめて頬を染める。
「なるほど…こりゃあ焦げる」
「そうでしょう」
全員から大注目される中、目を覚ましたレティシアは…恥ずかしさに心臓が爆発した。
──────────
「大魔女殿も、感謝祭へ参加しておられたのですか?」
「そうさ、こういった派手なパーティーは久しぶりだ。おめかしして来たんだよ」
老婆姿とは比べものにならないスカイラの若々しい見た目に、アシュリーは納得をする。
幼いころ、会う度に変化の術を使い違う容姿で登場をする大魔女に翻弄されていた。今では魔力の強さではっきりと見分けができる。
「大公とはとんだご挨拶になったね」
「…面目ありません…」
「では、少し大切な話をしようか。ちょいと長い話になる、楽な姿勢で聞いてくれればいい」
「はい」
アシュリーはベッドで半身を起こす。
レティシアは、側付きのメイドに呼ばれて治療室には不在。敢えてこの場から席を外していた。
♢
「…呪い?…私は、あの時に…呪いを受けて…」
今回倒れた理由が呪いの暴走であり、全ては過去の忌わしい事件が始まりであったことを知る。
父アヴェルを恋い慕うが故に憎悪の念を抱いた女の狂気は、身を滅ぼした後も歪んだ想いを遺してアシュリーに取り憑き…心と身体を蝕み続けていた。
「だが、呪いは私が解いた。自由になったんだよ」
「…自由…」
「解放された気分はどうだい?」
「…気分…よく…分かりません…」
呆然としながら長い前髪を掻き上げて頭を抱えたアシュリーの両手は、小さく震えている。あの日の辛い記憶を掘り起こそうとすると、いつも頭が割れるように激しく痛んだ。幼かったアシュリーには、それが恐怖となって刷り込まれ…考えずに忘れるしかないものだと思っていた。
「…痛くない…」
頭の中身が半分空っぽになったみたいに軽く感じる。これこそ、呪いが消えた証なのだと実感をした。
「大公、今こうして近くにいる私たちは…女性だ」
「そうよ…どうかしら?」
顔を上げると、スカイラとサオリの明るい笑顔が目に入る。神経を逆なでする不快さと苛立たしさは全く感じられず、わざわざ壁を作って身構える必要もない。
「お二方のお顔が光って見えます…嫌悪感はありません。とても不思議な気持ちです。私がおかしいと思っていた感覚は、何の異常もない普通の状態のことだったんですね。気付かなかった…」
密かに感じていた違和感の正体がやっと分かったアシュリーの視界は、じんわりと歪んだ。
────────── next 125 脱・期間限定
ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
39
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由
冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。
国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。
そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。
え? どうして?
獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。
ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。
※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。
時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる