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感謝祭

123 目覚め3

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(……ふわぁぁぁ……)


いつ、目覚めたのか?
出窓の張り出した床板に腰かけ、長い足を折り曲げたアシュリーは…窓枠にもたれて月明かりを浴びていた。

キリリとした端整な顔立ちが…あまりに美しく目映い。
磨き上げられた宝石の如く光輝を発する彼を、レティシアはただただポカンと見つめる。



(…きっと…呪いが解けてパワーアップしたんだ…)



“刻印”のせいばかりではない。若い男性が持つ、ある種の尖った猛々しい魅力が増したように思えた。

今まで女性を寄せつけなかったなど、最早この世界の誰が聞いても信じないだろう。



「…レティシア…?」



口を大きく開けたレティシアを眺めながら、アシュリーが首を傾げると…光を受けた黒髪が滑らかに揺れ動く。


「……あ……」


レティシアは激しい動悸に襲われていて、言葉が出ない。何を言っても、全て心音にかき消されてしまいそうだ。


(お願い…落ち着いて、心臓!)


ギュッと目を閉じ、左胸に手を当てて深呼吸をする。




──────────




女の意地と根性?で立ち直ったレティシアは、アシュリーの目覚めと回復を心から喜ぶ。

そんなレティシアに『迷惑をかけた』と詫びるアシュリーは、倒れる直前の記憶が綺麗サッパリ見事に抜け落ち、どうやら過去と同じ体調不良を起こしてしまったと思っている様子。

他の理由で意識を失うなどよもやあるまい…という、これもまた思い込みの一つというもの。


今回の件をアシュリーにきちんと説明するのは、スカイラやサオリの役目。
よって、レティシアの仕事は“最後の魔法薬をきっちりと飲ませる!”この一点のみであった。



    ♢



「…レティシア…髪を撫でて欲しいんだ…」

「え?」


アシュリーは王族。大公として小国を治め、富と名誉、知性、権力…全てを兼ね備えた美丈夫だ。
そんな彼が、凡人レティシアに小さなお願いをする。


(優しく誠実で、男らしいのに…甘える…可愛い末っ子)


黄金色の瞳がやけに眩しい。


「はい」


数日前まで毎日撫でていた長い髪へ、手を伸ばした。

アシュリーは、立ったまま身体を前屈みにする。
レティシアの手を神妙に待つ少しあどけない表情を、長い前髪が覆い隠す。


(もしかして、意識を失っている間…悪夢を見てた?)


理不尽な呪いによって、生きてきた年月の半分…毎日苦しめられてきたアシュリー。
レティシアが髪に触れても触れなくても、この先もう二度と悪夢は訪れない。その事実を、彼はまだ知らない。


「…大丈夫…大丈夫よ」


『ナデナデ』をするレティシアは、まるで幼い弟を宥める姉。
不意に…月光を背にしたアシュリーが、破顔した。


(…そんな顔をするのは…反則だわ…)


匂い立つ若さと色気…魔力香がフワリと広がる。

吸い寄せられるように、アシュリーの腰から背中側へゆっくりと両腕を回し、厚い胸板に頬を押し当て…スウッと胸いっぱいに息を吸う。
爽やかで強い魔力香に満足してうっとりしているレティシアを、背を丸めたアシュリーが優しく包み込む。

ミルクティー色の髪に鼻先を埋めて…何やら動物的な動きをした後、彼は髪に口付けを落とした。


「…やっぱり、君だ…」


アシュリーはグッと腕に力を入れ、レティシアの存在を確かめて喜んでいるかのよう。


「殿下?」

「…レティシア…会いたかった…」


耳に吹き込まれる、吐息混じりの声。
声とは…こんなにも甘く響いて、ジンジンと身体を痺れさせるものだったのか?

『会いたい』と思っていたのは、レティシアも同じ。

アシュリーに抱き締められると、そこが自分の居場所だと錯覚しそうな程…しっくりと怖いくらいに馴染む。
切なく囁く声は、レティシアを居心地のよい繭の中に閉じ込めて身動きできなくする呪文さながら。


(…何だかゾクゾクして…変になりそう…あぁ、ダメ…)


「そ、そうだわ…殿下、最後のお薬を飲まなくては!」


腕を離して顔を上げ、すっぽり収まった胸の中から逃れようとするが、アシュリーは許さない。


「…ん?…最後?」

「は、はい。魔法薬は九回分を飲む……きゃっ!」


レティシアを抱き上げてそのままベッドへ腰かけ、サイドテーブルに置かれた小さな薬に視線を移す。
これが『九回目』だと聞いたアシュリーは、片手で顔を覆った。


「…待て…そんなに、か…」

「…え…と、はい…」


(失敗した。正直に言わなくてもよかった。100%医療行為ですけど、恥ずかしいですよね…分かります)


「…今まで…八回……?」


アシュリーの呟きを耳にしたレティシアは、それとなく顔を背けて聞こえないフリをする。
薬の回数ならまだしも、唇を重ねた回数は絶対に言えないのだから。


「体調不良で薬を飲んだことはなかったな。いや…考えてみれば、私に触れて薬を口移しするのはレティシアにしかできない。そうか…初めてで当たり前というわけか」


飲んでいたのが“解呪薬”であるとは知らないアシュリーの脳内で、都合よく話が纏まった。


「レティシア、ありがとう」


アシュリーの膝に乗せられて違和感しかない現状を一旦忘れ…追求を免れたレティシアは、ホッと胸を撫で下ろす。


「いいえ…私は、私にできることをしたまでです」

「それじゃあ…最後の薬も、君に頼みたい」

「は?」

「飲ませて」


レティシアは腰を強く引き寄せられる。


「…のっ…飲ませ…るの?!」


腕を伸ばしてサイドテーブルから魔法薬を取ったアシュリーが、目をひん剥いて固まるレティシアに手渡す。



    ♢



現在…レティシアは困惑していた。

レティシアが飲ませてくれないなら薬を飲まない…と、アシュリーが駄々をこね始めたからだ。


「子供みたいなことを…本気じゃありませんよね?」

「どうかな?…うーん、自分で飲んでもいいけれど…その代わり、レティシアを離さないよ」

「どうぞ!私は、殿下のお側を離れるつもりはありませんから」


アシュリーがニヤリと悪い顔をする。

彼は、少し冷ややかでツンとした表情がよく似合う。
笑ったり、甘い目つきをするのはレティシアの前でだけだと…誰かが言っていた。


「ずっと、私の膝の上でもいいと?ふむ、分かった」


アシュリーは腰だけではなく、レティシアの頭も抱え込もうとする。


「ちょ…あ、待って待って!こ、この状態の話ですか?!」

「そう、君を離したくないんだ。だから、私はどちらでも構わない」

「ヒェッ!」


冷静に考えれば『ずっと膝の上だ』などと…無理な話をするのも、それに大袈裟に反応をするのもおかしい。
レティシアも分かっている。
ただ、すっかり元気になったアシュリーと交わす冗談半分の会話が…楽しくなってしまっているだけ。

最終的に、どうにも話が進まず…二人で笑い合った。




「殿下が目覚めても、中身が別人だったらどうしようって…少し…怖かったんですよ」


身体と魂が引き離されるなど、やたらと起こる事例ではないと知っていても、レティシア自身の身体がそうである以上…気にはなる。


「別人?」

「…はい…私の時みたいに…」


そんな風に思っていたとは考えもしなかったアシュリーは、膝の上で囲われたまま…俯いて小さく頷くレティシアを見て、胸がキュウッと締めつけられた。


「殿下が倒れて…トラス侯爵家の皆さんの気持ちがよく分かったんです。ルブラン王国での私は、自分勝手であったと深く反省いたしました」

「そのようなことを…レティシア、本当に心配をかけた。私のままで、安心した?」

「はい。ふふっ、いつもの殿下で…よかった。こうしてお話ができてとても幸せです。お帰りなさいませ」


一瞬、大きく目を見開いたアシュリーは…レティシアに甘えるようにもたれ掛かかる。


「…うん…ただいま。……君を忘れて…別人になど…」




『決してなるものか』
アシュリーは、心の中で強くそう思った。










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