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感謝祭

124 目覚め4

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柔和な笑顔のレティシアに『お帰りなさい』と言われたアシュリーは、彼女の心も身体も…全てを自分のものにしたいという欲求が急激に高まる。

期間限定の関係で、いつかは触れ合えなくなる相手。上手くいくはずはない。それでも、諦め切れない。

すでに二度告白をしているのだ…それならば、ありったけの想いを伝えておきたい。アシュリーはそう思った。



    ♢



「殿下、お話は…少し落ち着いてからにいたしませんか?」


アシュリーが『話をしたい』と告げたところ、レティシアは困った顔をして…先延ばしにしようと提案をしてくる。


体調が万全でないことを気にかける、彼女の気遣いなのだろう。しかし、今のアシュリーは優しさを求めてはいなかった。

倒れている間に元々約束をしていた夜会の日は過ぎてしまっていて、これ以上待てないくらい…破裂しそうな想いを抱えているのに、どうしろというのか?


今や、アシュリーの頭の中は彼女のことで埋め尽くされていて、冷静ではないと自分でも感じている。



─ 執着していると思われてもいい ─



ふつふつと湧き上がる熱い感情が魔力香となり、徐々に強くなっていく。



止まれないアシュリーは、とうとう強硬手段に出る。
話をするか?薬を口移しで飲ませるか?どちらかを選ぶよう、容赦なくレティシアに迫った。


「…なら、く…薬を…」


レティシアは意外な選択をする。

告白を聞くのがそれ程までに嫌なのか?と落ち込む気持ちと、口移しという名の…口付けを受けることへの高揚感。アシュリーは酷く複雑な心境になった。


そして…


最後の薬を飲み干し、夢中で唇を貪った結果…魔力香に酔ってクタリと気を失ったレティシアを胸に抱き締めたまま、眠り込んでしまう。




──────────




朝、治療室へとやって来たサオリは、いつも笑顔で出迎えてくれるレティシアの姿が室内のどこにも見当たらないことに疑問を感じる。


「レティシア…いないの…?」


数秒後、アシュリーの腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠るレティシアを見つけ、驚きのあまりに床から一センチ飛び上がった。


「…な…っ…え?!」


サオリが動揺しているところへ、スカイラが欠伸をしながらやって来る。


「おはよう。サオリ?そんなところに突っ立って、どうしたのさ…大公に何かあったのかい?」

「お…おばあ様!ちょっと、来てください!」

「何だい何だい…っと!」


ベッドの天蓋幕を大きく開けると、そこにはピッタリとくっついて眠るアシュリーとレティシア。

一般的には、これはどう見ても事後。

流石のスカイラも動きを止め、目を丸くした。


「…お、おやまぁ…これはまた大胆な、同衾?」

「ど、同衾と言うとアレなんですけど…悪夢のこともあって、レティシアは添い寝をした経験が何度かあるんです。二人は、互いに癒し合う特別な間柄なので」

「特別な間柄?…ふぅん、付き合ってないのに」

「きっと、夜中に大公が目覚めて…何かの事情でこういう形になったのね。あら?この展開は、喜ばしいと言うべき?」



    ♢



ここで、アシュリーがうっすらと目を開く。


「……ん……聖女様…?」

「大公、やっとお目覚めのようね。お寝坊さん」

「待ち兼ねたよ」

「…っ…だ…大魔女殿っ?!」


レティシアから何も話を聞いていなかったアシュリーは、サオリの後ろからヒョッコリと顔を出した“大魔女”の姿に瞠目する。

慌てて身体を起こそうとして、腕の中で眠るレティシアの存在に気付き…ピシッ!と固まるアシュリーを、スカイラが止めた。


「まだ病人だよ、横になっていて構わないさ。
その子も…看病でまともに寝れてなかったから、起きるまで休ませておやり。驚かせてしまったようで、悪いね」

「お…お気遣いをいただき、ありがとうございます」

「おばあ様は、大公を治療してくださったのよ」

「…大魔女殿が?…それは…」

「まぁ、落ち着いて。…後で話をしようじゃないか」


アシュリーは、サオリ以外から治療を受けたことがなかった。
思い当たるのは、初めて飲んだ九回分もの魔法薬だけ。それを用意したのがスカイラではないかと…想像する。


「…はい、お世話になりました。真夜中に目覚めたもので、私自身まだ状況がよく分かっておりません。お二方にはご迷惑とご心配をお掛けして、心より…お詫びを申し上げます」


レティシアとの寝姿を見られ、動揺を隠し切れないアシュリー。
抱き込んでいたレティシアを手放し、せっせと毛布で包んでいると…寝ぼけた彼女がモゾモゾとミノムシのように動いて、アシュリーの逞しい胸に擦り寄った。

どうやら、離れてしまった温もりを追っているよう。


「…っ…!」


途端に、赤く色付いた精悍な顔つきが蕩けて緩み…堪らなく愛おしそうにレティシアを側へ引き寄せ、抱き直す。
腕の中の柔らかな感触をしかと確かめ、甘いため息を漏らすアシュリーは“恋する男”そのもの。


一体何を見せつけられているのか…。
猛烈なデレデレっぷりに、スカイラとサオリはジト目になっている。


「こっちがお邪魔虫か…こりゃあ焦げるね」

「大公、何だか…男っぷりが上がったわね」


スカイラとサオリは、同時にそれぞれ違うことを言いながら…『ね』の部分で、互いに顔を見合った。




全員から大注目される中、ミノムシ姿で目を覚ましたレティシアは…心臓が爆発したとかしなかったとか…。




──────────




「大魔女殿は、感謝祭へ参加されていたんですね」


それで、この若い姿なのかと…アシュリーは納得をする。

幼いころ、会う度に違う姿で登場するスカイラに困惑し、魔力の強さや流れを覚えて見分けていた記憶が蘇った。


「そうさ、大公とはとんだご挨拶になったね」

「体調不良を起こしてしまって…大失態です」

「ふむ。覚醒したばかりですまないが、私の話を聞いて貰えるかい?」

「勿論です」

「楽な姿勢で聞いてくれればいい。長い話になるよ」

「はい」


上半身を起こして、ゆったりとヘッドボードに寄りかかる。

レティシアは、側付きのメイドに呼ばれて治療室を出ていて不在。おそらくは、この場から席を外したのだろうと…アシュリーは思っていた。


スカイラとサオリの真剣な表情に、緊張感が否応なく増す。



    ♢



「…呪い?…私は、夢で呪われていたと…」


今回倒れた理由は呪いの暴走であり、全ては過去の忌わしい事件が始まりであったことを…アシュリーは知った。

思いも寄らない話の内容に、俯いて黙り込む。


「だが、呪いは解いた。気分はどうだい?」

「…呪いが解けた……気分…」


呆然としながら…長い前髪を掻き上げて頭に触れた手は、小さく震えている。

幼かったあの日の辛い記憶を掘り起こそうとすると、必ずと言っていい程アシュリーの頭は割れるように痛んだ。
それが恐怖となって刷り込まれ…考えてはいけないものだと思っていた。それなのに、今は何ともない。

呪いが消え去ったからなのか?言われてみれば、頭の中身が半分空っぽになったみたいに軽く感じる。


「私たちは、ほら…女性だからねぇ?」


アシュリーが顔を上げると、すぐそこにはスカイラとサオリの笑顔。こんなに近くにいても、重苦しく纏わりついて絡む不快感はゼロだ。


「…視界がスッキリとして…お顔が明るく光って見えます…」


夜会で感じていた違和感の正体が、やっと分かった。


「もう嫌悪感はありません。とても不思議な気分です。
私がおかしいと思っていた…その感覚こそが…所謂普通・・というものだったんですね。全然…気付きませんでした」


ぼんやりと視線を彷徨わせる。
黄金色の瞳は、濡れてキラキラと光り輝き…アシュリーの視界を歪んだものにした。










────────── next 125 脱・期間限定

ここまで読んで下さいまして、誠にありがとうございます。


(この先、次話の公開に時間がかかることがあるかもしれません。頑張って書いておりますので、お許し頂けますと幸いです)







    
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