前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第9章

135 翌朝

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「…うーん……ん?」


暑さと寝苦しさのあまり…ゴロリとベッドの上を転がったレティシアは、とてつもない違和感を感じて目を開けた。


(…動けない…)


それもそのはず。ミノムシのように毛布に包まれていて手も足も動かせず、身体はしっとりと汗をかいている。
こういった“す巻き状態”は初めてではない。おそらく、風邪をひかないようにとアシュリーが気を遣ってくれたのだろう。


「殿下?」


室内のどこかにアシュリーがいるかもしれないと声を出してはみたものの、辺りはシーンと静まり返っていた。


(…お願い、放置しないで…)


まだ、朝の七時過ぎだ。ここで大声を出して誰かが飛んで来たとして、アシュリーのおかしな性癖が噂になってはレティシアとしても困る。
どうにかして毛布の締めつけを緩められないものかと全身を必死に動かすが、全く変化なし。


(…どんな特殊な包み方をしているのよ!)



    ♢



毎朝、最低二時間は練武場などで身体を動かしているアシュリーは、今朝もレティシアが寝ている間に部屋を抜け出し、ラファエルやルークと手合わせをしていて不在だった。

眠りの深いレティシアが起きているとは思わず、起こさないように音もなく部屋へ入り、ベッドの上でクネクネと踊っている愛しい恋人の姿にしばし目を点にした後…大爆笑する。




──────────




「…フッ…」

「思い出して笑うのヤメて」

「ハハッ…すまない…可愛かったから」


レティシアがふくれっ面をして恨みがましい視線を向けて来るのすら、アシュリーはうれしい。

汗びっしょりで戻って来たアシュリーと、無駄に?寝汗をかいたレティシアは現在混浴中。
室内の浴室を使うためにロザリーを呼んだところ、汗を流すだけならば『一緒に入浴してはどうか』と勧められた。
何か誤解をしているか、企んでいる…そんなロザリーの不敵な笑みが気にはなったものの、時間の無駄と手間を省けるのだからよしとする。


「それにしても、その“水着”というのは初めて見る」

「異世界のものですからね。私、聖女宮で入浴中にお世話をしていただくのが少し恥ずかしくって…これは、サオリさんが作ってくれたんです」


パジャマや下着、ドレスに続いて、サオリが作った黒いビキニを身に着けたレティシアは、湯船の縁に肘を乗せて頬杖をついた。

思ったよりすんなりと混浴を受け入れたアシュリーは、やはり肌を見せることに抵抗がない。
湯着をざっくりと羽織り、鍛え抜かれた美しい肉体を惜しげもなく披露する。ギリシャ彫刻ばりの裸体を直視できず、やや距離を取っているのはレティシアのほうだった。

ロザリーがレティシアに用意してくれたのは、アシュリーのものより薄くて柔らかな白い女性用の湯着。
肌着のような軽さで、濡れると下に着ているビキニの形が透けて見えるとはいえ…膝丈の上着一枚、これがあるのとないのとでは大違いだと思っている。


「布の面積が少ない分、入浴には適しているのか」

「因みに、男性用はパンツだけです。私のいた世界では、この格好で大勢の男女が水辺で戯れます」

「…随分と破廉恥な世界があったものだ…」

「そういう文化ですから」

「いつもその格好で?」

「ロザリーが付き添う時は普通に裸で入っていますよ。彼女がいない時に着ているんです、まだ慣れなくて」


気心の知れたロザリーの前では裸でも平気になっていた。毎日、ロザリーが側にいれば水着は必要ない。しかし、剣術の稽古をするようになって少々事情が変わる。

ラファエルの都合に合わせて、剣術指導は週に三日か四日。その内、使用人としての仕事もあるロザリーが稽古に付き合えるのは半分程だった。稽古が終わった後、ロザリーは住み込み侍女専用の共同浴場へ、レティシアは部屋の浴室へと…それぞれ別々に入浴タイムを取る。
その結果、ロザリーと稽古をした日は他の侍女に入浴の世話を頼むことになってしまった。


「あぁ…そういえば、昨日はロザリーがいなかった…」


昨夜は見知らぬ侍女が部屋にいて、バスローブからは黒い布地が見えていたなと、記憶を思い返したアシュリーが渋い顔をする。


「殿下?」

「…つまり、私はロザリーに負けているのか…」

「負けるって……何が?」

「…………」


アシュリーは黙って湯の中に手を泳がせ、離れていたレティシアの腰を強引に引き寄せた。
油断していたレティシアは、ザバッと大きく波立つ湯に攫われるようにしてアシュリーの膝上に捕えられる。


「…ちょっ…で、殿下?!」

「私は、レティシアにとって…どれ程の存在だ?」

「え?」


突然の質問に目を瞬いて首を傾げたレティシアの頬に、アシュリーが手を伸ばす。


「ロザリーだけじゃない、君が心を許し…親しくする者には負けたくない。…私は、一番で…特別でありたい」

「…一番…特別…」


レティシアから見たアシュリーは、煌めく美しい容姿に恵まれ、高い魔力、黄金と黒の王族色を纏う権力者。それだけで、特別だと言える存在。加えて、傲らず他人に優しくて質実剛健な素晴らしい人。そんな…非の打ち所のない彼が、余裕のない表情でひたむきに愛を乞う。
なぜこんなにも愛してくれるのか?レティシアのほうこそ確かめたいくらいだ。


「レティシアが私の恋人なのは夢じゃないかと…今でも信じられない時がある。だから、昨夜は私を求めてくれてうれしかった」


アシュリーは、レティシアの頬に触れていた手で首筋を撫でる。そこには、淡いピンク色をした所有印キスマークが二つ。胸の谷間にも同じものが見えていた。アシュリーの手がピタリと止まる。


「…甘い囁きと香りに舞い上がって、私はこういった経験がないのに…君への気遣いを忘れていた…」


レティシアは傷ついても治りが早い。鬱血痕キスマークもあっという間に消えるかと思えば…アシュリーの与えるものはどうやら認識されにくく反応が鈍い。まだわずかに薄い痕が残っていた。


「強く肌を吸い上げると…こうして痕が残ってしまうんです。愛の証というものですね。この程度ならお化粧で隠せますよ」

「…証?…そうか…ごめん…」

「私もごめんなさい。恋愛は二人でするものなのに、私だけが安心しきっていて…殿下の気持ちに応えたつもりが、言葉が足りていませんでした…」


(そうよ…殿下は私に何度も気持ちを伝えてくれていた)


黄金色の瞳が、期待と不安に揺れている。レティシアはゆっくりと、アシュリーの唇に心を込めてキスをした。


「大好きです、殿下。私は…あなたが一番好きです」

「……レティシア……」

「夢ではありません。私が消える悪い夢は、もう二度と見させない。ずっとずっと、側にいます」


そう言い切って、レティシアがキリリと青い瞳を向けると…アシュリーは蕩けるような甘い笑顔を見せる。


「君は、いつも私の心を癒し…愛情で満たしてくれる。唯一で…最愛の女性ひとだよ」


所有印キスマークに触れていたアシュリーの指先が、鎖骨を伝って胸を撫で…脇腹から背中へと、レティシアを慈しむような動きで滑っていく。
最後に強く両腕で抱き締め、心の底から安堵したように…ホウッと深く息を吐いた。



    ♢



しばらく抱き合い…うっとりと幸せに浸っていたレティシアは、アシュリーが湯着をずらしてビキニの肩紐に指を掛けたところで、ハッとする。


「…あっ…ま、待って…」

「ん…駄目?…昨夜は、暗かったから…」

「駄目とかじゃなくて……んんっ…!」


パクリと柔らかな胸を食まれて、小さな声と共に身体が跳ねた。


「ち、違うの…時間、やぁっ……朝食…のっ」

「……朝食…?」










────────── next 136 翌朝2









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